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遊びに行こう

口元を拭かれた伊織が恥ずかしさを隠すようにコーヒーを飲んでいるとき、白雪はある考え事をしていた。


どうすれば今の行動を超えることが出来るだろうか?と。

白雪も今クシナがやったことをやろうとすれば出来なくはない。


ただそれはクシナの二番煎じでしかないので、何か自分にしか出来ないアピール方法をしたいと考えていた。


今この場に居る中で自分が勝っている部分は伊織との付き合いの長さだ。

瞬時に今までの伊織との思い出を思い返していきヒントを探っていく。


「(考えるのよ白雪、今までの思い出にヒントがあるはず。何かなかった?伊織君がキュンと来るアピールは?)」


白雪の頭脳は過去最高速で回転していた。


ただいくら思い返しても自分がキュンとしたことはあっても伊織がキュンとしている場面は出てこない。


ドンドンと記憶を遡っていき、ついには小学生の頃の記憶に到達する。


『ねぇねぇ、伊織君はどんな人が好き?』

『うん?そうだなぁ、母さんみたいな人が好きかな』

『そうなんだ~、私もお母さん大好き!』


そんな話をした記憶を思い出した白雪は思った、これだ!と。

母親、それは母性の塊だ。

つまり伊織は母性の強い女性が好きなのかもしれない。


そう導き出した白雪は行動を開始する。

この間僅か0.3秒であった。


「伊織君、組合に入ってからどう?疲れてない?」

「うん?そうだなぁ、入る前と比べると忙しいけどそれでも楽しいよ」

「そっか、でも頑張りすぎちゃダメだよ?たまには休まないと」

「確かにな、そういえば最近遊び行ったりしてないからどこか遊び行きたいかも」

「そうなんだ、じゃあ近いうちにどこか行こうよ」

「お、いいね。久々に遊び行くか!」

「うん!」


果たしてこれが母性なのか疑問が残るところであるが、白雪は伊織と遊びの予定を取り付けることに成功していた。


当然ながらこの場には楓もいるので今の話をバッチリと聞いていた。

そしてふと思った、私も伊織君と遊びに行きたい…と。


楓は生まれてからずっと退魔士の世界に身を置いてきた。

それはつまり男性と接する機会が少なく、男性と遊びに行ったことなど一度もない。

それなのに目の前の白雪はいとも簡単に伊織と遊ぶ約束をしていた。


楓の中に僅かな嫉妬心が生まれた。

そして時に嫉妬心とは人を突き動かす動力源になる。


「あ、あの!」


嫉妬心というガソリンを入れた楓号が今発進する。


「どうしました?」

「そ、その…私も…」


だが男性を遊びに誘ったことのない楓には馬力が足りなかった。

最後の重要な言葉がどうしても口から出てこない。


「わ、私…も…」


私も一緒に遊んでもいいですか?

ただこれだけの言葉のはずなのにどうしても口から出てくれない。


こんな簡単な言葉さえ言えない自分に嫌気がさして楓の目には涙が溜まる。


「うん?あぁ、いいですよ。楓さんも良かったら一緒に遊びに行きましょう」


しかしその言葉を聞いているのは久遠伊織である。

普段無口で無表情なシアナの意図を完璧に読み取っている久遠伊織である。


そんな伊織からしたら楓の言いたいことを読み取るなど呼吸するより簡単な事だった。


「い、いいんですか…?」

「えぇ、楓さんには色々お世話になっているので良かったら一緒に行きましょう」

「は、はい!!」


その言葉を聞いた楓は満開の花を咲かせた。

先程まで泣きそうになっていたのはどこへやら、今はだらしない笑顔を浮かべている。


「(え、えへへ。やりましたよ美月姉さん!楓は伊織さんと遊ぶ約束を結んでしまいました!はっ!これはもしやデートなのでは…!あわわどうしましょう何を着ていきましょう!?)」


だが当然男性と遊びに行ったことのない楓は当日どんな服を着ていけばいいかという問題にぶつかった。

楓は一人で百面相を始めた。


そんな様子を見ていたクシナがある言葉を放つ


「ねぇ主様、その遊び私も行っていいかしら?」

「うん?あぁ、変化しないで付いてきたいってこと?」

「そうよ、ダメかしら?」


クシナは伊織が移動するとき常にブレスレットに変化して付いて来ていた。

ただ今まで変化しない状態で付いてきたことはほとんどない。


以前コンビニへアイスを買いに行ったことはあったが、それ以外に伊織と外を歩いた記憶はあまりない。


「クシナが変化しなくても楽しめる場所か~何かあるか?」

「あ、それじゃあ鹿児島に行かない?」

「鹿児島?」


どこか遊びに行ける場所はないか考えていた伊織に白雪がそう提案した。


「うん、鹿児島県には夏空家の本家があるんだよ」

「夏空家?あぁ、あの退魔士名家の?」

「そうだよ」

「でも俺夏空家の知り合いなんか居ないぞ?」

「うん?伊織君はもう夏空家の人と会ってるよ?」

「え?」


鹿児島県は夏空家が守護している場所になる。

ただ遊びに行こうにも知り合いの居ない伊織はどうしたもんかと思っていたのだが、白雪曰くどうやらもう会ったことがあるらしい。


伊織は退魔士になってから知り合った人たちを思い返してみたのだが、一人として夏空という苗字を持った人はいなかった。


「朱炎結衣、会ったことあるでしょ?」

「えぇ!?結衣さんって夏空家の人なの!?」


白雪から伝えられたのは結衣の名前であった。

まさか結衣が夏空家の血筋であったとは思わなかったので伊織は非常に驚く。


「そうだよ。正確には分家の人だけど夏空家の若い人の中で朱炎結衣が一番強いから遊びに行きたいって言えば招待してくれると思うよ」

「そ、そうだったんだ…」


だが思い返してみれば結衣は非常に所作が美しく、まるでお嬢様みたいな人だなと伊織は感じていた。

だから改めて考えると結衣が名家に連なる出だとしても納得のいくものがあった。

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