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クシナと美月

伊織の右腕から炎が噴き出し、正面で燃え続けている。

ただこの炎は見た目だけなので、伊織に熱さは伝わらないし炎が当たっている床やテーブルは燃えていない。


そしてクシナが現れる時に毎回発生している炎は、クシナ自身で操る事が出来る。

実は炎を出さなくても現れる事が出来るのだが、クシナは炎の中から現れた方がカッコいいからと言う理由で毎回炎を出していた。


もちろんそんなことを伊織は知るわけがないので、真剣な表情で炎を見つめている。


「(なんなの、この霊力は...まるで押しつぶされそうな感じがするわね...)」

「(あわわわわわ!い、一体どんな化け物が出てくるんですか!?)」


時間が経つごとにドンドンと炎が激しく燃え盛る。

時間にして10秒ほど激しく燃えたあと、パッと炎が消え去った。


そして今まで炎が燃えていたところにクシナが立っていた。

いつもよりピンと背筋を伸ばしながら綺麗に立ち、これ見よがしに尻尾を広げている。


「っ!まさか、九尾...?」

「ほぇ~」


クシナの姿を初めて見た美月はこれでもかというほど驚き目を見開き、楓はぽかーんと口を開けながらアホっぽい顔を晒していた。


「初めまして、現代の退魔士さん。いつも主様がお世話になってるわ」

「あなたは、九尾合ってるかしら?」

「そうよ?この尻尾が見えないかしら?」


クシナはそう言いながらこれまた尻尾をわざとらしく揺らす。


「い、いえ、ちゃんと見えてるわ、でも、まさか伊織くんが九尾と契約していたなんて思わなかったの」

「それは随分と主様を過小評価してるのね?」

「そうかもしれないわね...でも何故九尾が人と契約をしているのかしら?」

「そんなのは簡単な話しよ、主様が主様だから、私たちは契約をしているの」

「そ、そうなのね(どういうことかしら?)」

「ほへぇ~...」


クシナの口調には少しトゲトゲしいものがあった。

以前初めて依頼を受けたときに、何故か化け物が出現した。

そして今回は六尾の妖狐を取り逃したことで、伊織に危険が迫った。


退魔士組合に所属してから、伊織はそこそこの確率で危険な状況に陥っている。

仕事だから仕方ないとはいえもう少しどうにかならないものかと思っている。


「そ、それじゃあ貴女が六尾の妖狐を倒したのかしら?」

「えぇそうよ、私の主様を狙ってきたのだもの、許す訳がないでしょう?」

「そうね...(これは、伊織くんの扱いを間違えたら組合が消し飛びかねないわね...他の退魔士達に周知させておかないと)」


さて、ここでクシナの立ち位置を思い出して欲しい。

クシナは現在伊織の前に立ち、威嚇する目的なのかは分からないが尻尾を広げている。

そして時折ユラユラと揺らしていた。


その結果どうなるか?

実はクシナのキュートな尻尾が伊織の顔を優しく撫でていた。

鼻を中心に。


「は、ハックション!」


その結果、伊織のくしゃみがシリアスな雰囲気の中炸裂した。


もちろん伊織も我慢をしようとした。

滅茶苦茶真面目な話しをしてるし、自分がくしゃみをすることでどんな空気になるかわからなかったので、凄く我慢した。


しかし、連続的に襲ってくるクシナの尻尾に伊織は敗北してしまった。


「ご、ごめんクシナ」

「あ、あら?ごめんなさいね主様、くすぐったかったかしら?」

「ちょ、ちょっとだけ」


伊織のくしゃみを聞きふり返ったクシナは申し訳なさそうな顔をしながら伊織を伺う。

伊織も伊織で凄く申し訳なさそうな顔をしていた。


「(なるほど?契約は伊織くんが上位に位置づけられてるっぽいわね)」

「ほへぇ~」

「はぁ、楓ちゃん。そろそろしっかりしなさい。そのアホ面を伊織くんに見られちゃうわよ」

「はっ!わ、私そんなアホっぽい顔してましたか...?」

「えぇ、とってもね。あと涎も拭いておきなさい」

「は、はいぃ...」


美月もクシナに対して凄く真剣な考察をしていたのだが、楓が余りにもアホっぽい顔をしていたので少しやる気がそがれてしまった。


「伊織君、ごめんね?上手く誤魔化せなくて」

「いや、大丈夫だよ。クシナもそろそろ良いだろうって言ってくれたし」

「そうよ、貴女が気にすることはないわ」

「ありがとう...」

「さて、そろそろ話しを戻しても大丈夫かしら?」

「あ、はい。すみません大丈夫です」

「いいわよ」


それでも組合の長として、話しを進めないわけには行かないので美月は無理やり話しを進めた。


「それで、クシナさん?はいつから伊織くんと契約しているのかしら?」

「そうね~、4月から主様と契約しているわ。でも主様とはもう5年くらいの付き合いになるわね」

「な、なるほど?(どういうことかしら?でもこれ以上聞いて欲しくなさそうな雰囲気があるわね...)」


美月はそこそこの年数退魔士組合で組合長として働いているので、人の機微を読むことに長けていた。

その観察眼でクシナが何故かこれ以上その話題について触れてほしくなさそうなのを見抜いたので聞かないことにする。


クシナが話したくなかった理由は説明するのがめんどくさいのと、伊織との大切な思い出なので話したくないというものであった。


「伊織くん、クシナさんの事を話してくれてありがとう」

「いえ、大丈夫です」

「それと申し訳ないのだけれど、クシナさんの事は極力内緒にしてくれるかしら?」

「えっと、それは...」

「嫌よ」


最近退魔士組合は妖狐に襲われたため、同じ妖狐であるクシナの姿は少し混乱を生む可能性があった。

なので美月は伊織に対してクシナのことを秘密にして欲しいとお願いしたのだが、クシナ自身からそれは嫌だと否定されてしまった。


「ど、どうしてかしら?」

「だって隠れてしまったらパンケーキが食べられないじゃない」

「パンケーキ...?」


実は伊織が思っているより、クシナはパンケーキの事を楽しみにしていた。

今までシアナが食べたいと言ったものに関しては伊織が家で準備できたので、クシナも一緒になって食べていたのだが、パンケーキに関しては組合のカフェで食べたのでクシナは食べれなかった。


「そうよ、ここのカフェであれば私が姿を見せても大丈夫なのでしょう?だから食べてみたいのよ」

「この部屋に運ぶことも出来るのだけれど、それじゃダメかしら?」

「そうね~、あのカフェで主様と食べたいわ」

「そう...」


正直なところ、クシナが実力行使に出た場合美月では止めることが難しい。

だから渋々ではあるがクシナの要望を飲むしかなかった。


「分かったわ、その代わり騒ぎは起こさないように注意してもらえるかしら?」

「ん~、そうね~。主様に迷惑を掛ける人がいなければ何もしないわよ」

「も、もしそんな人がいたら?」

「私が灰にしてあげるわ」

「(ふ、不安だわ...特に紅葉ちゃんとかすっごく不安だわ...早く連絡しておかないと...)」


美月は人生で初めて胃痛というものを感じていた。




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