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伊織の秘密

元々大学へ向かう準備をしていたので、伊織はそのまま家を出た。

クシナとシアナはいつものようにブレスレットへ変化し伊織について行く。


『そういえば、妖狐が今回現れたけど同じように別の妖狐が現れることってあるのか?』

『ん~そうね~、そもそも妖狐は他の妖魔に比べて数が少ないからあの妖狐みたいに顕現する確率は少ないわね』

『なるほど、ちなみにシアナみたいな妖魔とかもいるのか?』

『ん、長く生きた猫が妖魔になることはある』

『なるほど?』

『でも、私みたいなのは少ない』

『そうね、私もシアナのような存在はシアナしか知らないわね』

『その長く生きた猫は人型じゃ無いのか?』

『ん、猫の姿のまま』


古来より長く生きた猫が強い想いを抱くと妖魔へと変貌することがあった。

その猫は尻尾が二本に分かれ獣としての力、妖魔としての力の二つを使うことが出来る。


民間の間では俗にいう猫又として伝えられている。


『そうなんだ、じゃあシアナみたいな人型は珍しいんだな』

『ん』

『まぁ正確には人に変化できる個体も居るのだけれど、長くは続かないわね』

『へ~、なるほど。じゃあシアナはどんな存在なんだ?』


これを聞いた伊織はシアナが一体どんな存在なのか気になった。

今回妖狐が現れたことで、クシナについて少し知れたと思っている。


クシナと同じような存在がいて、その中でもクシナは強い部類なんだなと思っていた。

しかし、シアナのことについてはほとんど知らない。

あの桜の木の下にあった小さな社に居たという事しか知らない。


『ん~、よくわからない』

『そうなのか?』

『ん、私はクシナと違って最初からこの世界に居た』

『なるほど?』

『だから、自分が何者なのか知らない』

『そうだったのか...』


シアナはその意識が芽生えた時からこの世界に居た。

自分が何者なのか、何故自分が人には見えない存在なのか、何故自分には強い力が宿っているのか、そんなことを考えながら長い時を生きてきた。


シアナは今もそのことについて考えているのだが、未だに答えは見つかっていない。

いつもはあまり感情を表に出さないシアナであるが、その話をしているときだけは少し声が沈んで聞こえた。


だから、伊織はある提案をする。


『じゃあ、シアナのルーツを探してみようか』

『いいの?』

『あぁ、シアナも気になるんだろ?』

『ん、ちょびっと』

『なら探していこうか』

『...。ありがと』


いつも助けられているし、もはや家族と言っていい程シアナとクシナとは濃密な時間を過ごしてきた。

だから彼女が何か悩んでいるのであれば力になりたいと伊織は考えていた。


以前までならシアナのルーツを探すのにどうすれば良いか悩む所であったが、幸い今は退魔士組合に所属しているし、退魔士名家である白雪とも仲がいい。


だから案外簡単に分かるかもしれないなと伊織は思っていた。


そんなことを考えているとあっという間に組合へ到着した。

伊織が受付に行くと話しが通っているのか、直ぐに支部長室へ行って欲しいと言われた。


伊織が退魔士になってから何回か訪れている支部長室へ向かう。

本来であればここまで短期間で支部長室へ呼ばれることも少ないのだが、何故か伊織の周辺ではよく事件が起こるので、他の退魔士に比べて呼び出される機会が多かった。


平和な日常を送りたいものだと遠い目をしながら思っていると、直ぐに支部長室の前に到着した。

伊織は扉をノックする。


「入っていいわよ~」

「失礼します」


入室を許可されたので伊織が扉を開くと部屋の中には美月、楓、そして白雪の三名が居た。

支部長席に座っている美月は、少し困ったような表情をしていた。


伊織が美月と会う時はいつもニコニコとした楽しそうな表情をしているので珍しいなと思う。


楓は何故かアワアワしていた。


「よく来てくれたわね伊織くん」

「いえ、でもなんで白雪が?」

「まぁ伊織くんを呼び出した事と関係があるのよね~、まぁひとまず座ってくれるかしら?」

「あ、分かりました」


ソファーに座りながら白雪の表情をチラリと見てみると、何故か険しい顔をしていた。


「それで今日伊織くんを呼び出した訳だけど、妖狐の一件を聞きたかったのよ」

「メッセージにもそう書いてありましたね」

「そうよ、実は本来ああいう妖魔を退治した場合は組合へ報告に来て欲しいのよ」

「あ、そうなんですか?すみません、気がつかなくて」

「いいえ、私たちもその辺詳しく説明してなかったもの、仕方ないわ」

「でも今後何かあったら報告するようにします」

「ありがとう、お願いするわ」


まさかこれを伝える為に呼び出されたのかと一瞬思った伊織であるが、それでは白雪の表情の説明がつかないので、まだ何か本題があるのかなと考える。


「まぁそれで、妖狐の一件について白雪ちゃんが報告に来てくれたの」

「あ、そうだったんですね」

「そうなんだけど、少しおかしいのよね~」


そう言いながら美月は伊織を見つめ首を傾げる。


「何が...ですか?」

「伊織くんは妖狐が組合を襲撃したことは知ってるわよね?」

「は、はい。注意喚起が回ってきたので知ってます」

「そうでしょ?その時私が妖狐と戦ったのだけれど、あの妖狐の実力を考えると伊織くんの契約しているシアナちゃんが撃退できるとはどうしても考えられないのよ」

「...」

「白雪ちゃんからは、白雪ちゃんとシアナちゃんが力を合わせて妖狐を倒したと言ってたけど、それで倒せる存在なら私だけでも倒せたわ」


白雪は美月へ報告をする際に、伊織がクシナの事を秘密にしていたことが分かったのでクシナのことを伝えないように報告していた。


だが、そのことが美月には引っかかっていた。

美月が妖狐と戦闘をしたときに、妖狐はその類稀なる感知能力を持って美月の攻撃を躱し続けていた。


そして美月自身もシアナと顔を合わせたことがある。

そこで感じたシアナの内包する霊力量や、楓から聞いたシアナの戦闘スタイルを考えると妖狐とは相性が悪いように思えた。


そして白雪も二等星最上位の力を持っているとはいえ、その相性を覆せるとは考えづらい。


「だから、白雪ちゃんが何か隠してるんじゃないかと思ったのよ、伊織君について...ね?」

「...」


ここまで聞いた伊織はどうするかと考えを巡らせる。

美月は笑顔を浮かべているが、同時に何か圧のようなものを感じる。


もしクシナの存在を隠すのであれば何か言い訳を考えなければいけないのだが、この状況を切り抜けるための良い考えが浮かばない。


どうしたもんかと考えていると、クシナが話しかけてきた。


『主様、私の存在を明かしましょうか』

『いいのか?』

『ええ、退魔士がどのくらいの実力を持っているか分からなかったから出来るだけ姿を隠したかったけど、今まで観察した感じ例え誰が主様を襲ってきても守り切れると思うわ』


クシナの中ではあの妖狐を仕留めきれなかったという話しを聞いたとき、退魔士に対する評価が一段下がった。


もしあの妖狐を余裕で倒せる存在であればまだ警戒の余地があったのだが、この程度であれば自分が姿を見せても問題ないだろうと結論付ける。


『分かった、ありがとうクシナ』

『いいのよ主様』

「それで、どうかしら伊織くん?何か私たちに隠している事ってあるのかしら?」


クシナからの提案を受けて、伊織は美月へ話す。


「そう、ですね。少し隠していたことがあります」

「そうなのね」

「はい、実は僕はシアナ以外にもう一人の妖魔と契約してます。今回妖狐を倒したのはその妖魔です」

「そうなのね、それはどんな妖魔なのかしら?(やっぱりまだ契約している妖魔が居たのね)」

「そうですね、今呼びたいと思います。クシナ」

「っ!これは...」


伊織がクシナへ呼びかけると、伊織から莫大な霊力が噴き出しクシナが姿を見せる。


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