宣言
妖狐の周りを炎狐が取り囲み、その存在を完全に消滅させた。
それを確認したクシナは全ての炎狐を自分の元まで戻し術を解除する。
「終わったわよ主様」
「あ、あぁ。ありがとうクシナ」
「いいのよこれくらい、お安い御用だわ」
今まで何度も伊織からありがとうと言われているクシナであるが、やっぱり何度言われても良いものだと感じていた。
伊織の隣で唖然とした顔をしている白雪をチラリと見た後、クシナはあるお願いをシアナに伝えた。
「ねぇシアナ、主様を連れて先に帰っててくれないかしら?」
「ん?」
「どうしたんだ?」
そのお願いの意図が読めなかったシアナは首を傾げ、伊織は疑問を口にした。
「ちょっとこの子と話したいことがあるのよ」
「わ、私?」
「そう、貴女よ。だから二人きりにしてくれないかしら?」
クシナはどうやら白雪と二人で話しをしたかったようだ。
何故かは分からないがその話を伊織に聞かれたくないらしく、その雰囲気が伊織に伝わってきた。
どうするか悩んだ伊織であるが、白雪の方を向くと彼女と目が合い頷いたのでクシナのお願いを聞くことにした。
「分かった、じゃあ先にシアナと帰ってるよ」
「ありがとう主様。シアナ、主様をよろしくね?」
「ん、分かった」
先程クシナが殺気を出した時から伊織に抱きついたままだったシアナが了承し、そのまま伊織を抱えてその場を一瞬で離れた。
「ん、着いた」
「え?あれ?もしかしてシアナが運んでくれたのか?」
「ん」
「そ、そうか。ありがとう?」
「どういたしまして」
突然景色が切り替わったことで唖然とした伊織であったが、目の前に自分の家があるのでシアナが運んでくれたのかと予想し、どうやらその予想は当たっていたらしい。
「大丈夫かなあの二人」
「多分大丈夫?」
「そうか?まぁシアナがそう言うなら大丈夫か」
「ん...(女の戦い、主は見ないほうがいい)」
あの場を離れる時、シアナはクシナの表情からおそらく伊織に関することで白雪と話すのだろうと予感していた。
どういった話し合いになるかまでは分からないが、伊織に聞かれたくないこともあるだろうと思ったので素直にクシナの言葉に従った。
「(白雪とクシナ、どっちを応援しよう?でも、もし叶うなら...)」
シアナとしては着物を着付けしてくれた白雪と、昔から知っているクシナのどちらを応援するか悩んでいた。
ただ叶うならば、どちらも幸せな結末がいいなと密かに願っていた。
★★★★★
一方シアナが伊織と共に姿を消したことを確認したクシナは、改めて白雪の方へ体を向ける。
「さて、一応初めましてと言っておこうかしら?私はクシナ、主様と初めて契約した者よ」
「は、初めまして。私は白雪、伊織君の幼馴染...です」
「えぇ、知ってるわよ?本当に、よく知ってるわ......」
そこで一度言葉が途切れ、クシナは食い入るように白雪を見つめていた。
この人間が現状、伊織の一番の存在なのかと目に焼き付けるように。
「貴女の事はずっと見ていたわ」
「ずっと?どこからですか?」
「私たちは普段変化を使って姿が見えないように主様と一緒に居るの。でも外の景色は見えるのよ、だから貴女の事を見ていたわ」
「な、なるほど...」
「そして、主様の心が今は貴女に向いていることも知っているわ」
「え?伊織君の心が...?」
突然そのような言葉がクシナから飛び出したことで白雪は少し驚いた。
何故今こんな事を伝えられたのか分からなかったが、伊織の心が自分に向いていると聞き喜びが心の中に広がっていく。
しかし、次の言葉でそれは霧散した。
「でもね?最近それは揺らいでいるの、何故だと思う?」
「え?」
クシナは凄く楽しそうに、笑顔を浮かべながら白雪にそう告げる。
「私は主様と契約している、だから私も主様と一緒の家で暮らしてるの」
「あっ...」
「そんな状況で私が何もしないと思うかしら?そんなことないわよね?私は常日頃から主様にアプローチしてるわ。主様は恥ずかしそうにしてるけど、それを一度も拒否したことがないのよ」
「うそ...」
そんなことをクシナから告げられた白雪の口から咄嗟に言葉が漏れてしまう。
だが仮に白雪が逆の立場だった場合は、クシナと同じように伊織へアプローチしていただろう。
白雪の心に苦しい感情が広がっていく。
少し楽しそうに笑っていたクシナであるが一度目をつぶり、そして再度目を開いたときは真剣な顔をしていた。
「今は確かに貴女が主様の一番かもしれないわ、でも私は諦めない...私が、主様の一番になるわ」
「っ!」
そしてクシナは白雪に向かってそう宣言した。
クシナの瞳には固い決意が宿っており、白雪もそれを感じ取っていた。
初めてクシナを見た時から、こんな綺麗な存在がこの世にいるのかと思ってしまった。
初めて負けるかもしれないと、感じてしまった。
そんな相手から伊織の一番になるという宣言を聞いた白雪は酷く心が乱れる。
それが瞳に涙となって現れそうになった時、ふと今まで伊織と過ごしてきた記憶が白雪の中を駆け抜けた。
くだらないことを言い合いながら隣で笑っている伊織。
疲れているときに、こちらを心配そうに見つめていた伊織。
例え少し喧嘩しても、しょうがないなぁとばかりに優しい瞳を向けてきた伊織。
どの記憶にも、伊織の隣には自分が立っていた。
ならクシナが伊織の一番になってしまったら、そこから自分はいなくなってしまうのか?
自分ではなく、クシナが伊織の隣に立ち続けるのか?
「ない....」
「ん?なにかしら?」
そんなの許せるわけがない、何が起ころうと伊織の隣は自分のものだと強く想い、心に火が灯る。
「負けない....!」
「あら」
伏せていた顔をあげて、クシナの顔を睨みつけ視線が交差する。
「貴女なんかに、絶対負けない!」
「そう、じゃあ勝負と行きましょうか」
先程までは弱弱しい瞳をしていた白雪であるが、今は強い光が見える。
それを面白いと思ったのか、クシナは笑みを浮かべた。
「私が主様の一番を勝ち取って見せるわ」
「伊織君の一番は絶対に渡さないよ」
こうして伊織のことを強く想う二人が邂逅し、熱き戦いの火ぶたが切って落とされた。




