決着
白雪がそんな事を考えている一方で、クシナは未だに扇子を振り続けながら妖狐と戦っていた。
戦っているのだが、その展開は些か一方的なものであった。
クシナの放つ白炎は触れた箇所が消滅してしまうため、妖狐は一度たりとも攻撃を食らわせることが出来ない。
「もっと貴方の踊りを見せて?」
「クソっ!!」
余裕のあるクシナに対して、妖狐はもうほとんど余裕がなかった。
幸い白炎はそこまで速度が早いわけではないので回避は行えていた。
しかし一度でもその炎に触れてしまえばそこで命がなくなってしまう緊張感があるため、妖狐には徐々に疲労が蓄積していた。
もちろん妖狐もただ回避するわけではなく自分の妖術を使ってクシナに攻撃を仕掛けているのだが、それも全て白炎で阻まれてしまう。
「(ふざけるな!いくら九尾が頂点の存在だとしても、これは聞いていた話しと違いすぎるぞ!?)」
この妖狐もそこそこに長い年月を生きているので、九尾の存在は他の妖魔から聞いたことがあった。
曰く、圧倒的な霊力量で消費などお構いなしに妖術を行使してくる。
曰く、その尻尾を自在に操り近接戦を仕掛けてくる。
曰く、その瞳を見たものは傀儡となってしまう。
全て他の妖魔から聞いた話であるが、尻尾が増えれば霊力量も増えるのであり得ない話ではないと思っていた。
現にクシナは莫大な霊力を消費しながら妖術を使い攻めてきている。
だが、その内容が問題だった。
「(存在を消滅させる炎だと!?そんなもの例え九尾であってもこんな容易に使えるものではないはずだ!!)」
そもそも妖狐は基本的に似たような性質に成長するため、この妖狐もまた妖術に特化している。
そして尻尾を一本失ったとはいえ元々は六尾であった妖狐は、九尾の実力についても何となくは予想することが出来た。
だが妖狐の想像する霊力量と、今クシナが行使している妖術は消費量が全く見合っていない。
「(間違いなく契約者である人間から霊力を供給されている......ならば、今狙うべきは九尾ではなく背後にいる人間!!殺してしまえば回収できる霊力が半減してしまうが、今は仕方ない!!)」
そして妖狐は逃げながら必死に妖術を組み上げ、狙いを伊織に定めた。
これが誰を怒らせてしまうかも考えずに。
「(霊力を練っている?それも今までとは違う系統の妖術を使うつもりね、私の背後から攻撃を仕掛けるのかしら......っ!?)」
妖狐が何かしらの妖術を使ってくることを察知したクシナは注意深く感知していると、突如伊織の背後から妖術の気配を感知した。
クシナはすぐさま背後に待機させていた九つの白炎のうち、五つの白炎を伊織を守るために向かわせる。
そして白炎が伊織に到達すると同時に、伊織の背後から炎が噴き出し襲い掛かってきた。
「うぉ!ビックリした。ありがとうクシナ」
「えぇ、いいのよ......」
だがクシナの白炎が伊織を取り囲むことで、伊織に炎が到達する前に消滅した。
「(ちっ、失敗したか。やはり俺と同じように感知もお手の物か、だが隙はできた!)」
伊織へ奇襲攻撃をしたことで、クシナの意識がそれて扇子の舞が止まる。
クシナの扇子が止まれば今まで妖狐を襲っていた白炎も止まるので、その隙に妖狐はクシナへ一気に接近した。
未だ伊織の方を向いているクシナの心臓に向かって妖狐が貫手を放つ。
「(獲った!!.......っ!?)」
そして妖狐が目にしたのは心臓を貫かれたクシナではなく、爛々と輝く白炎であった。
貫手を放った場所に白炎があるということはどうなるか?
それは妖狐の左腕が消滅したことで証明されていた。
「ぐあぁぁぁぁ!!」
遅れてやってくる腕を失った痛みに妖狐は絶叫する。
その声を聞いてクシナがふり返った。
痛みに耐えている妖狐の目にクシナの姿が映る。
先程まで笑みを浮かべながら戦っていたクシナであるが、今は無表情で佇んでいた。
「(何故だ!?確実に隙を見せていただろう!?)」
妖術を得意とするクシナの弱点として、シアナのような接近戦を得意とする者や、妖術の隙をついて攻撃してくる事があげられる。
当然クシナはそれを良しとせず、その弱点が無くなるような妖術を編み出していた。
それが、今もクシナの背後に浮かんでいる九つの白炎である。
この白炎はクシナが対処できない攻撃や、死角からの攻撃を自動で迎撃する妖術だ。
本来であればただの炎であるのだが、伊織と契約したことで九つの炎全てを白炎に置き換えていた。
その防御力はまさに鉄壁であり、誰がこれを突破できるのかといった所である。
だが当然妖狐はそんな妖術の事は知らないので、反撃を受けてしまった。
「(それになんだこの殺気は!?)」
「貴方、主様を狙ったわね?戦っている私ではなく、主様を......」
そしてクシナが先程までとは違い無表情である理由は、後ろにいた伊織を狙われたからである。
伊織を狙われたところで守ることは容易であるが、狙われたという事実がクシナを怒らせた。
殺気を振りまいているのは単純な話で、クシナがぶち切れた為である。
「ん....クシナ、怖い....」
「な、なんかヤバそうだな....」
「だ、大丈夫かな?」
その殺気に当てられたシアナは怯え、耳をペタンとさせながら伊織に抱きつく。
シアナほど敏感に殺気を感じ取れていない伊織や白雪であるが、なにかヤバいことが起きるのではないかと思っていた。
「遊びは終わり、貴方のことは直ぐに殺してあげるわ」
「あ...あぁ....」
直接殺気を向けられていないシアナでさえ怯えているのに、それを全身に受けた妖狐はどうなるか?
あまりに濃い殺気に妖狐はその場から動けなくなっていた。
そしてクシナは新たな妖術を行使する。
「炎狐」
クシナが静かにそう唱えると背後に浮かんでいた残りの白炎が徐々に姿を変えていき、一つ一つが狐の姿を取った。
炎狐たちは妖狐の方を向きながら、今か今かとクシナの命令を待つ。
クシナが右手で持っていた扇子を閉じて妖狐へゆっくりと向け一言。
「行きなさい」
クシナがそう命じると、待っていたとばかりに炎狐達が飛び出した。
殺気に当てられまともに動けない妖狐へに炎狐が直撃する。
腕を炎狐が通り抜けたことで消滅し、両足を炎狐が通り過ぎたことで妖狐は立っていることが出来なくなり地面へ崩れ落ちる。
「(ここで俺は終わるのかっ!嫌だ、まだ終わりたくない...俺は六尾まで成長したんだぞ!まだ、終わりたくな...)」
地面へ倒れた妖狐が顔をあげ最後に見た光景は、まるで道端の石を見るかの如く冷たい目をしたクシナと、眩い光を放ちながら迫ってくる炎狐であった。




