クシナ
『いいのか?白雪に姿を見せることになるけど』
『えぇ、構わないわ。それより主様の安全の方が大事だもの』
『そっか、分かった。ちょっと白雪に説明するから待っててくれ』
クシナは今までその姿を伊織以外に見せないようにひた隠しにしてきた。
シアナと契約していることだけでも既に注目を集めているのに、さらにクシナまで加われば今まで以上に囲われてしまうことは目に見えている。
伊織の周りに余計な煩いが発生するかもしれないが、それでも伊織の安全には変えられない。
それにクシナは一度白雪と話したいと思っていた。
伊織の身近にいる女性で一番仲が良いのも白雪だし、伊織が現在想いを寄せているのも白雪だ。
クシナは白雪に宣戦布告をするつもりであった、伊織は誰にも渡さないと。
「なぁ白雪、実は一つ秘密にしてたことがあるんだ」
「え?ちょっと待って伊織君、その話今じゃないとダメ?」
突然伊織からそのような事を言われた白雪は混乱する。
今もシアナが果敢に攻めているが、妖狐の足は止まらない。
白雪が覚悟を決めて妖狐を止めようとしたときに、そのようなことを伊織から言われたら流石の白雪であっても後でにして欲しいと少し思ってしまった。
「あぁ」
「そうなんだ...それで?どんな秘密なの?」
しかし伊織の表情は真剣そのものであったため、ひとまず話しを聞いてみることにする。
「実は、俺が契約してる妖魔はシアナだけじゃないんだ」
「はい?え、本当?」
「うん、今からその妖魔を呼ぼうと思ってる」
「そ、そうなんだ...その妖魔はシアナちゃんより強いの?」
「う~んどうだろう、俺も詳しいことは分からないんだけど、少なくともシアナと同じくらい強いよ」
「へ、へ~...(噓でしょ?シアナちゃんと同じくらい妖魔と契約してるって)」
伊織から伝えられたその秘密は、白雪の予想以上のものであった。
だが、今この状況でシアナレベルの実力者が加われば如何に妖狐といえど倒せるかもしれないと瞬時に考える。
一体どんな妖魔なんだろうかと白雪が考えていると、伊織が右腕を少し前に出しながら名前を呼ぶ。
「クシナ、頼んだ」
すると、伊織の右腕から炎が噴き出した。
「えぇ!?」
「なんだと!?」
先程までは全く感じられなかった莫大な霊力が出現する。
その霊力量はシアナよりもかなり大きいもので、白雪と妖狐は目を見張る。
「(伊織君!?どんな化け物と契約してるの!?!?)」
白雪からしても、ここまでの霊力量を持つ存在は今まで出会ったことがない。
あまりの霊力に体が無意識に震えていた。
轟々と炎が燃え盛る中、鈴の鳴るような声が聞こえてくる。
「もし貴方が主様に手を出さないなら、同じ種族のよしみで見逃してあげたわ」
妖狐は他の妖魔に比べても数が少ない。その理由として尻尾の数が関係していた。
尻尾の数が一本の場合、その力は最下級の妖魔にすら劣る。
現世に顕現する力もない弱い妖魔は他の妖魔の食い物にされる。
しかし長い年月を生きることで、一本、また一本と尻尾を増やしていき力を増していく。
そうして力を付ける事の出来る妖狐は稀な存在であり、面識はなくとも多少の同族意識が存在していた。
次第に炎が晴れていき、クシナのシルエットが浮かび上がる。
「でも、貴方が主様を傷つけるのであれば」
しかし同族より大事な存在がクシナには出来た。
狭間に戻ることも出来ず、徐々に霊力は失われていき、死を待つクシナの前に現れた一人の少年。
優しい笑顔が似合い、頼んでもないのに毎週欠かさずクシナの元へ訪れた奇特な人間。
普通とは姿の違う自分に対して全く怯える事もなく、対等に接してくれたただ一人の存在。
そんな人間に、何万年と生きてきたクシナは、初めて恋をした。
炎の中から一歩、一歩と足を進め、伊織を守るように妖狐との間に立ちふさがる。
「私が貴方を殺すわ」
そしてクシナの姿が完全に現れたとき、白雪と妖狐は驚愕した。
「九尾...だと!?」
「(妖狐...それに尻尾が九本!?嘘でしょ伊織君!?九尾と契約していたの!?)」
今回現れた六尾の妖狐でさえ組合からは注意喚起が回ってきており、一等星しか相手に出来ない存在であった。
白雪も奥の手を使わない限り厳しい戦いになるだろう。
そんな六尾の妖狐さえ嘲笑うかのように九本の尻尾を携えたクシナの存在は白雪を驚愕させるには充分であった。
静かに妖狐を見据えていたクシナであるが、ちらりと白雪に視線を向ける。
その視線を受けた白雪は先程まで驚きで頭がいっぱいだったのにふと思ってしまった。
あぁ、なんて綺麗な女性なんだろう...と。
この世の美を凝縮したようなその姿に、思わず見とれてしまった。
「何故、何故九尾ともあろう者が人間に下っているのだ!?」
クシナの姿を見た妖狐は足を止める。
そして自分より圧倒的上位の存在が何故人間と契約しているのか理解できなかった。
「何故って、それは主様が大切な存在だからよ」
「大切な存在だと!?」
「えぇそうよ、私にとっては世界のなによりも...大切な存在なの」
「(あぁ、この人も伊織君の事を...)」
そう言ったクシナは笑みを浮かべた。
その表情は愛する人に向ける笑みであり、それを見た白雪は確信する。
この妖魔もまた自分の敵であると。
最近伊織の周りには結衣、楓、紅葉と多数の女性が寄ってきていた。
この三人には決して負ける気がしなかったが、クシナを見た白雪は初めて負けるかも知らないという気持ちが沸き起こる。
「ふ、ふざけるな!世界の頂点の一角である九尾が、たかだか人間如きを大切な存在だと!?」
「それ以上主様を侮辱するのはやめてくれないかしら?不快よ」
先程から妖狐の話しを聞いていたクシナであるが、その言葉の端々から伊織を侮辱するような言葉が見えていた。
「シアナ、後は任せてちょうだい」
「ん、まかせた」
妖狐が足を止めたことで、足止めする理由のなくなったシアナが伊織の近くへ戻ってきていたのでそう伝える。
そしていつの間にかクシナの両手には二つの扇子が握られていた。
「お喋りは終わりよ。さぁ、私と踊りましょ?」
そして伊織にすら見せたことのないクシナの本気が今披露される。




