パンケーキ
午前の講義が終わり、今二人は食堂で食事をしていた。
伊織はこの日お腹が空いていたのでボリュームの多い唐揚げ定食を食べており、反対に白雪はあまりお腹が空いていないのかパンケーキを食べていた。
普段テンションの高い白雪であるが、パンケーキをナイフで切り分けながら食べるその姿は非常に品がありどこかのお嬢様の様であった。
食事を進めながら話しをしているとき、ふと思い出したことのあった伊織は白雪に尋ねる。
「そういえば、練習してた攻撃系のお札が良い感じに出来てきたから良かったら見てくれないか?」
「そうなんだ、分かった!じゃあ大学が終わったら組合に行こっか?」
「悪いな、頼む」
「むふふ~、この白雪先生に任せなさい!」
伊織に頼られたことがよっぽど嬉しかったのか、白雪は胸を張りながらそう言った。
しかし残念な事に白雪は平原であるため、伊織の目がそちらを向くことは無かった。
『ん、主。あれ美味しそう』
ふいに脳内でシアナの声が響く。
『どれだ?』
『白雪が食べてるやつ』
いつの間にかであるが、以前はあの女としか呼んでいなかった白雪のことをシアナは名前で呼ぶようになっていた。
これは以前白雪に着付けをしてもらったこともあり、その時によくしてくれた白雪のことをシアナの中では友人枠に昇格していた。
シアナはパンケーキを見るのが初めてであり、ふわふわのパンにアイスや生クリーム、チョコレートソースのかかったその食べ物が宝石のように見えていた。
おそらくこの場にシアナがいた場合、その視線はパンケーキに釘付けになっていることだろう。
『パンケーキか?う~ん...』
一瞬食べに行こうかと思った伊織であるが、シアナは普通の人に見えないため普通の店ではシアナに食べさせることが出来ない。
また家で作れるものなのか疑問に思った伊織は白雪の食べるパンケーキを眺めながら少し悩む素振りをしていた。
「伊織君、そんなにパンケーキ食べたいの?」
「うん?」
白雪からしてみると、その様子はまさにパンケーキを食べたいけどどうしようかと悩んでいるようにしか見えなかったため伊織にそう問いかけた。
「いや、食べたいわけじゃないぞ?」
「そうなの?なんかずっと見てたから食べたいのかと思ったよ」
「あ~、シアナがパンケーキ食べてみたいって言ってきたからさ、どうしたもんかな~と思って」
「確かに普通のカフェとかじゃ食べさせてあげられないもんね。あ、そうだ!組合のカフェにもパンケーキがあったはずだからそこでなら食べられると思うよ」
『ん!』
その言葉を聞いたシアナの元気な声が脳内に響く。
シアナがこの場に居た場合、おそらく耳がピンと張り期待するような目で伊織を見つめていることが容易に想像できた。
「それじゃあお札を見てもらった後カフェに行ってパンケーキでも食べるか、なんか話してたら俺も久々に食べたくなってきたな」
「組合のカフェは専属の料理人とかが料理してるから、結構美味しいんだよね~」
『ありがと主』
『どういたしまして』
こうして予定も決まり食堂を後にした。
午後の講義を終えた伊織たちはそのまま組合へと向かっていた。
「そういえばシアナちゃんはあれから着物は着てる?」
「あ~、なんかシアナはよっぽど着物を気に入ってるのか、汚したくないからあんまり着てないな」
「気持ちは分かるけど、ちょっと勿体ないね」
伊織が買った着物は相当良いものであるため、汚したくない気持ちは白雪にも理解できた。
ただ着付けをしたときにシアナは妖精かと見紛うほど可憐だったので、少し勿体ないとも感じていた。
「まぁ確かにな」
『主はまた見たい?』
『そうだな~、あの時のシアナは本当に綺麗だったから、機会があればまた見たいかな?』
『ん...じゃあ今日着る』
『無理しなくていいんだぞ?』
『ん、私が着たくなっただけ』
伊織から綺麗だったと言われたシアナの心の中に温かなものが広がる。
そしてまた見てもらいたいといった気持ちが湧き上がってくる。
なので今日は家に帰った後クシナにお願いして着付けをしてもらおうと考えていた。
『そっか、それじゃあ楽しみにしてるよ』
『ん!』
元気なシアナの返事が返ってきたところで、組合に到着した。
中へ入り、いつものように訓練場を目指して歩く。
訓練場にたどり着いた伊織たちであるが、何故か今日はいつもより人が多かった。
人だかりのようになっており、皆何かを見ている様子だった。
その光景を疑問に思っていると、ふいに爆発音が鳴り響いた。
「ありゃ?誰か摸擬戦でもしてるのかな?」
「そうなのか?」
「多分ね。あ、あそこから見えそうだよ伊織君」
白雪が人だかりの薄いところを発見したのでそちらに向かい、訓練場の中心を見る。
するとそこでは楓と結衣が摸擬戦を行っていた。
「五行火「連炎」」
結衣が胸の前で印を組みそう呟くと、結衣の周りにいくつもの炎の塊が出現する。
そしてその炎は次々と楓の方へと飛んでいった。
「ふ~、しっ!!」
対する楓は既に八本の剣を召喚しており、飛んできた炎の塊を次々に切り裂いて行った。
それを見ながら結衣は新たに印を組み上げ詠唱する。
「五行火「炎雨」」
霊術が発動すると、結衣から爆発的な霊力が発生しその霊力が空を覆う。
そして霊力を媒介に数えるのが億劫になりそうな程の火の玉が出現した。
「す、すっご...」
結衣とは組合であった時にたまに話す関係であるが、まさかここまで凄い霊術が使える退魔士だとは思わなかった。
再び結衣の方に目を向けると、いつの間にか右手を掲げていた。
そして結衣がその手を振り下ろすと、炎の雨が降り出した。
ただ楓も負けてはいなかった。
「八剣「八閃」」
居合の構えを取っていた楓がそう呟き、手に持つ刀を振ると同時に宙に浮く七本の刀も一斉に振りぬかれる。
たったそれだけの攻撃で空を覆いつくしていた全ての炎が消え去った。
そして結衣は大技を使った反動で次の霊術を使うまでに隙が出来てしまった。
その隙を見逃す楓ではなく、一足飛び出結衣に近づきその首筋に刀を添える。
「流石です楓さん、私の負けです」
諦めたように笑いながらそう言った結衣の言葉で二人の摸擬戦は終了した。




