昨晩起きたこと
翌朝、伊織は暑さと共に目を覚ました。
汗をかいている感覚があり、パジャマが肌に張り付いている。
いつもであればこんなに汗はかかないので、疑問に思った伊織が目を開け確認してみると全身がクシナの尻尾に包まれていた。
「こりゃ暑いわけだ...」
よく伊織の寝室へ侵入してくるクシナであるが、ここまで全身を拘束されたことはなかった。
今まではどうにかクシナを起こさないようにベッドを抜け出せていた伊織であるが、今はそれが出来なかった。
だからといって無理に起こすとまた寝ぼけたクシナに襲われることになるのでどうしたものかと悩んでいる。
うんうん唸っている伊織であるが、ふいに部屋の扉が静かに開いた。
「ん、やっぱりこうなってた」
その扉から入ってきたのはシアナである。
昨晩寝る前のクシナのテンションが高かったこともあり、もしかしたら伊織が起きて来れないのではないかと予想していた。
シアナの姿を見た伊織はまさに救世主が現れたと感じていた。
「シアナっ、助けてくれ」
以前クシナに抱きつかれた時も助けてくれたシアナに頼み込む。
「委細承知」
次の瞬間、伊織の視点は切り替わっていた。
先程まではベッドに寝ていたはずだが、いつの間にか扉付近に立っている。
急な姿勢の変化により伊織が転んでしまわないよう、シアナは伊織の腰にしがみつきながら支えている。
「ありがとうシアナ、助かったよ」
「ん」
「はいはい」
お礼を言うと頭を差し出してきたので撫でる。
改めてクシナのいる方を見ると、先程まで伊織が寝ていた場所に枕が置かれていた。
それを見た伊織は変わり身の術みたいだなと少し思う。
クシナは全く気が付いていないようで、伊織の代わりに枕を抱きしめて気持ちよさそうに寝ている。
それを確認した伊織たちはリビングへ降りて行った。
しばらく朝の支度をしているとクシナも起きてきた。
「もう主様、なんで先に起きちゃうの?」
その顔は不満そうな表情をしており、伊織の顔を見ながらそんなことを言う。
「あ~、尻尾が暑かったし汗かいてたから、先に起きたんだよ」
「あら、それはごめんなさいね?」
寝ぼけたクシナに襲われる事が怖いとは言えず、伊織はそう答えた。
ただこの答えはクシナとしても納得できるものだったので素直に謝罪する。
その後準備を整えて大学へ向かっているときに白雪と合流した。
「おはよう伊織君」
「おはよう白雪」
二人で歩きながら白雪が昨晩起きたことを伊織に伝え始める。
「昨日の夜にね?組合が襲われたんだって」
「え?誰に?」
「例の妖狐にだって」
「そんなことがあったのか、大丈夫だったのか?」
まさか組合が襲撃されるとは思っていなかった伊織は驚きながらも心配をする。
「うん、美月さんが撃退したから人的被害は無いって」
「そうなんだ、支部長が」
「ただ妖狐が最後に自爆したらしくて、その余波で組合の一部が崩れちゃったんだって」
『...』
「大丈夫なのか?」
「うん、直ぐに修復が得意な退魔士が直したらしいから今は元通りだよ」
妖魔との戦闘は建物や道路に被害が出ることが少なくない。
そう言った場合に備えて、修復が得意な退魔士が何人か組合には在中していた。
今回壊れてしまった建物もそういった退魔士達により、直ぐに修復され壊れたビルが人目につくことは無かった。
「あと妖狐は結構追い詰められて自爆したらしくて、結構ボロボロなんだって」
「じゃあ今結構弱ってるのか?」
「うん、だから組合も総動員で妖狐を探してるんだよね~。倒されるのも時間の問題かな?」
昨晩妖狐と戦った美月たちは、戦いの後に直ぐ手の空いている退魔士達に妖狐を捜索するように命令を出していた。
「なるほど、早く倒されると良いな」
「そうだね~」
そんな会話をしながら大学へ向かう。
クシナは伊織たちの会話を聞きながらある事を考えていた。
『(自爆、ねぇ...)』
同じ妖狐という種族であるクシナには例の妖狐がどうやって自爆をしたのか予想がついていた。
『(おそらく尻尾を犠牲にしたのでしょうけど、その場合は霊力を大幅に失っているはず...)』
妖狐の尻尾の数はそのまま格を意味するので、一本失うだけでも相当量の霊力を失うことになる。
霊力を失うということはそれを補給するために霊力を血眼になりながら探している可能性が高い。
そして一番手っ取り早い霊力の補給方法は人から奪うことである。
『(主様は常に霊力が出ているし、感知されるかも知れないわね...)』
クシナは意識を集中させる。
普段も伊織に危険が無いよう常に気を配っているクシナであるが、今はさらに深く周囲の情報を探っていく。
昨晩組合が襲われたと言っていたので、まだ近くにいる可能性が高い。
そんな中で伊織を見つけた場合、何が何でもその霊力を奪おうと襲ってくるであろう。
『(主様は私の物よ、それに手を出すなら...)』
例え同じ妖狐という種族であったとしても、一切の手加減をするつもりはなかった。
そしてもし伊織の前に妖狐が現れるような事があれば、自分がこの手で倒すと密かに決意した。




