一人で寝ようとしたけれど
白雪との電話を終えたところで二人がお風呂から上がってきた。
「気持ち良かったわね~」
「ん」
二人で入っていたためかいつもより長い時間お風呂に入っていたのでそろそろ寝るには良い時間であった。
「よし、じゃあそろそろ寝るか」
「分かったわ」
「ん、寝る寝る」
階段を登り一人で寝室へ向かおうとした伊織であったが、腕をクシナの尻尾で掴まれる。
「何か忘れてないかしら主様?」
流れに乗じて寝室へ向かえばクシナと一緒に寝なくても済むのではないかと考えていた伊織であったが、そんなものはクシナに通用しなかった。
しっかりと覚えていたようで腕を掴みながら笑顔を向けている。
「はぁ、分かったよ」
「それじゃあ一緒に寝室へ行きましょう?」
ため息をつきながら寝室へ向かう伊織たちをシアナはじっと見つめていた。
深夜:退魔士組合前
大きな霊力反応が集中していた方向へ向かい続けていた妖狐は一つの建物にたどり着いた。
「ふむ、ここか」
改めてその建物を見上げながら感知をしてみても、かなりの量の霊力を感じ取れている。
さらに霊力以外にも妖狐からしたら面白い反応がその建物からはしていた。
「うん?これは...」
この建物を制圧すれば霊力も回収できるし、愉快な事が起きると感じた妖狐は建物の扉を壊し侵入しようとする。
掌に炎を浮かべ発射しようとしたその時、妖狐の周りを結界が囲い込んだ。
「あらあら、こんな夜更けにどちら様かしら?」
妖狐の後ろから声が聞こえてきたのでふり返ってみると、複数の人間がその場に佇んでいた。
数人は胸の前で印を結び、意識を集中している。
「美月さん、六尾の妖狐です。対象で間違いないかと」
「そうね、探す手間が省けたわ」
その人物たちの中には美月や楓の姿があった。
この日は出現した妖狐の対応に追われており、遅くまで仕事をしていたところ一人の退魔士が真っ直ぐ組合を目指している妖魔の反応を感知したので霊力を隠して罠を張っていたのである。
「お前たち、中々霊力が多いな」
妖狐は結界で囲まれながらも周囲を落ち着いて観察していた。
目の前の退魔士達から魅力的な霊力が感じ取れ、思わず舌なめずりをしてしまう。
「どうしてここに来たのかしら?」
「その霊力を頂きに来たに決まっているだろう」
何を当たり前のことを聞いているのかと言った風にその問いに答える。
「霊力を求めてここまで来たが、随分と面白いものがここにはあるようだな?」
「...。話しが通じるのであれば穏便に済ます方法もあったのだけれど、あなたはここで滅する事にするわ」
妖狐が霊力以外に何かを感じ取った話を聞いた美月は雰囲気がガラッと変わった。
いつもはおっとりとした優しいお姉さんといった印象のある美月だが、今は鋭い気配を漂わせている。
「ふん、この私を倒せると思っているのか?」
「そんなの簡単な事よ」
「ならば見せてみろ!」
妖狐はその言葉と共に体から炎を放出させ、結界を消し飛ばした。
「楓ちゃん、他の退魔士は下がらせて周囲に被害が出ないように結界を張って」
「分かりました!四点結界!」
美月から指示を受けた楓は結界を張りながら、周りの退魔士達が戦いに巻き込まれないように避難させる。
それを確認した美月は霊術を行使する。
「五行金「金剛呪縛」」
胸の前で印を結びそう呟くと、妖狐の周りに金色の鎖が現れ妖狐へ殺到する。
だが妖狐は意外にも機敏な動きを見せそれを飛び上がりながら避けて見せた。
「お返しだ!」
そして空中で体を回転させながら尻尾を振るい、炎の塊を美月たちのいる方向に降らせていく。
物凄い熱量を持った炎はちょうど美月と妖狐の間で何か黒い靄に阻まれて爆発した。
「む?なんだそれは?」
黒い靄の一部はドロっとした赤い物体になり地面へ落ちている。
改めて美月の方を見てみると、彼女の周りには夥しい量の靄が漂っていた。
「知らないのかしら?これは砂鉄っていうのよ」
秋月家は元々金属に関連した術を得意とした家系である。
その中でも美月は金属を動かす才能が突出しており、こうして細かい砂鉄さえ意のままに動かせる。
組合にいることの多い美月は、組合の周辺に己の武器となる砂鉄を多数隠していた。
それを見た妖狐であるがあまり脅威には感じていないようであった。
「ふん、そんなもので何が出来る?」
「意外と便利なのよこれ、その身で味わってみると良いわ。行きなさい」
美月が号令を下すと、まるで意思を持っているかのように砂鉄が妖狐へ殺到した。
その自信満々な言葉から、素直に食らうのはマズイだろうと考えた妖狐は迎撃する。
「燃え盛れ」
六本の尻尾を扇状に広げながらそう呟くと、妖狐の周辺から炎が噴き出した。
その炎を操り砂鉄を迎撃していくと、砂鉄は直ぐに溶けだしてドロドロとした溶けた鉄だけが地面に落ちていく。
「ふん、やっぱり大したことはないな」
妖狐がそう言った頃には、既に多数の砂鉄が溶けてしまっていた。
「本当にそうかしら?」
しかし美月の顔に焦りの表情は浮かんでいない。
そして次の瞬間、妖狐の後ろにあった溶けた砂鉄が鞭のようにしなり襲い掛かってきた。
ビュンッと風を切る音を耳にした妖狐は驚異的な反射神経でふり返り、自分目掛けて襲い掛かってきたそれをギリギリで避ける。
「あら?首を落とそうとしたのだけれど。案外反応が良いわね」
ただ完璧には避けきれておらず、頬に傷が付いた。
その傷を撫でながら驚いた目で美月を見つめる。
「私がいつ砂鉄しか動かせないって言ったかしら?」
対する美月はそう言いながら楽しそうにコロコロと笑っていた。




