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初ブラッシング

講義を終えた伊織はその足でペットショップへと向かう。

以前クシナ用のブラシを購入した時にも訪れた店だ。

その時親切にブラッシングの仕方や、ブラシの種類などを説明してくれたことを思い出したので、またその店で買うのが良いだろうと思い向かっていた。


『ん、楽しみ』

『帰ったら直ぐにやるか?』

『ん、やる』


シアナの頭は既にブラッシングの事でいっぱいであるようだ、いつにもまして言葉が少ない。

しばらく二人と話しながら歩いていると店にたどり着いたので中へと入る。

中に入ると沢山の子犬や子猫、小鳥などが販売されていた。

新しく店に入ってきた伊織を見ると、動物たちは誰だ誰だと好奇心旺盛に観察している。


『やっぱり可愛いよな~』

『主様には私たちがいるわ』

『ん、小動物には負けない』

『いや二人はペットじゃないからな?』


可愛いものを見る目で動物を眺めていると、二人が少しズレたことを言い出した。

そんな二人をなだめながら伊織はブラッシングの置いてあるコーナーに向かう。


『ショート用のブラシは...。あった、この辺かな?』


伊織は目当てのブラシを見つけたのだが、そのコーナーには沢山の種類が置かれている。

せっかくシアナの尻尾をブラッシングするので、出来れば一番綺麗になるやつを買いたいのだが伊織にはあまり違いが分からない。


『色々あるけど、どれが良いんだろうな』

『ブラシだけでもこんなに種類があるのね~』


どのブラシが一番シアナに良いか悩んでいると、店員が話しかけてきた。


「ブラシをお探しでしょうか?」

「あ、はい。そうなんです、ショート用のブラシを探してて、何かお勧めはありますか?」

「そうですね~ショート用のブラシだと最近出たこちらがお勧めですね」


それを聞いた店員が一つのブラシを伊織に勧める。

差し出されたそれを持ってみると、かなり持ちやすい取っ手になっており、ブラッシングしてもあまり負担が掛からないような作りになっていた。


「これはあまり力を入れないでもよくブラッシング出来るんですよ」

「なるほど、それは良いですね」

「それに他のブラシに比べても毛並みが良くなるので、お勧めです」


そう言われた伊織はブラシの値段を確認してみると、やはり良い商品だからか値段が少し高かった。

しかし楽しみにしているシアナのため、伊織は購入を決める。


「それじゃあこれ貰います」

「お買い上げありがとうございます!」

『ありがと主』


無事にブラシを購入した伊織はその後家に向かった。



家に着き中へ入ると玄関でさっそくシアナが姿を見せる。

伊織を見つめるその瞳は期待に溢れており、早くブラッシングをして欲しい気持ちが伝わってくる。


「主、早く早く」

「はいはい」


余程早くして欲しいのか、伊織の手を引きながらリビングを目指す。

その様子を微笑ましく見ながらついて行った。


シアナがソファーに座り、隣をポンポン叩いている。


「主、ここ座って?」

「はいよ。よし始めるか」


ソファーに座った伊織は買ってきたブラシを取り出した。


「痛かったらごめんな?」

「ん」


ショートにするのは初めてだった伊織がそう問いかけながら、シアナの尻尾を優しく手に取ってブラッシングを始めていく。

そして購入したブラシは余程良いものだったらしく、一梳きするごとにシアナの毛並みが良くなっていくのが目に見えて分かる。


「おぉ、凄いぞこのブラシ」

「ん...、ほんと?」


シアナは尻尾を梳いてもらう度に、言いようのない心地よさを感じていた。

以前クシナから気持ちいいとは聞いていたが、これはやみつきになる気持ちよさだと感じている。

目を閉じながらその気持ちよさに身を任せていると、あっという間に時間が経った。


「よし、これで終わりっと。やっぱり毛が少ない分早く終わるな」

「ん、終わった?」

「あぁ、めっちゃ綺麗になったぞ」


あまり毛並みなどに敏感ではない伊織であるが、ブラッシングする前とした後では明らかに毛並みが違ったので流石の伊織でもいい出来だと自信を持っていた。

そしてシアナが自分の尻尾を前に回して触ってみると感嘆の声をあげる。


「おぉ~、すごい」


尻尾を撫でる手の滑りがいつにもましてよく、心なしか輝いているようにも見える。


「流石主様ね、随分と綺麗になっているわ」

「ん、大満足」

「そりゃよかった」


しばらく自分の尻尾を触っていたシアナであるが、一旦満足したのか伊織の方を向いて一言。


「ありがと主」

「いいって事よ、いつも助けられてるしな。そのお礼だよ」

「ん...」


伊織はそう言いながらシアナの頭を撫でる。

するとシアナの中に、また温かな気持ちが沸き起こる。

何故か恥ずかしくて伊織の顔を直視できなくなり、少し下を向いてしまう。

だが嬉しい感情の方が大きいのか耳がピコピコとせわしなく動いていた。


その後伊織が夕飯の支度をしているとき、クシナとシアナは尻尾の見せあいっこをしていた。


「ん、すばらしい」

「私の尻尾もモフモフよ?」


未だに自分の尻尾を触りながら満足げな瞳をしているシアナに対抗して、自分の尻尾のボリューミーさを伝えるクシナ。


「ん、確かにモフモフ。でも私の艶やかさには勝てない」

「そんなことないわよ、主様も私の尻尾の虜なんだから」


伊織が聞いたらおそらく控えめに否定するであろう言葉をいうが、残念ながらこの場に伊織は居ないので止めるものはいない。


「ん~?」

「なによそのとぼけた顔は」


首を傾げながら見つめてくるシアナに対して半眼で見つめ返す。


「おーい、夕食出来たぞ~」

「ん、一時休戦」

「そうね、そうしましょうか」


放っておいたらいつまでも尻尾自慢大会を開いていそうな雰囲気であったが、伊織の鶴の一声でそれが行われることはなかった。



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