久しぶりの一人大学
翌日伊織は寝苦しさと共に目を覚ます。
首元に圧迫感を感じており、何事かと見てみるとシアナが首に抱きつきながらスヤスヤと寝ていた。
「す~」
「こりゃ苦しい訳だ。シアナ~、朝だぞ」
「ん~...」
シアナを揺すりながら起こそうとするが、未だ眠いのか伊織の首元でモゾモゾと顔を動かす。
それが非常にくすぐったいものであり、笑い声をあげてしまう。
「あはは、くすぐったいよシアナ」
「あと五分...」
「はいはい、五分経ったら起きるからな?」
実は最初に伊織に体を揺すられた時にシアナは起きたのだが、まだ伊織と一緒に居たかったのでそんなことを言った。
そして五分間伊織の温もりを堪能する。
「よし五分経ったから起きるぞ?」
「ん...、おはよう主」
「おはようシアナ」
名残惜しそうに伊織から離れながら挨拶を交わす。
一緒にリビングへ降りていき、日課になっているコーヒーを飲む。
伊織は一つ伸びをしながらテレビを付ける。
『明朝に都内高校で三人の女生徒の遺体が発見されました』
「ん?」
ニュースを見ていると見覚えのある高校が映し出されていた。
その高校は伊織の通う東帝大学の近くにある高校であった。
『死因は不明となっており、事件の可能性も含めて警察が調査を続けています』
「そんな事があったのか...」
そのニュースをみて伊織は少し悲しい気持ちになった。
それがシアナにも伝わったのか心配される。
「主、大丈夫?」
そう言いながら伊織の手をそっと握る。
その心づかいに嬉しさを感じた伊織がシアナの頭を撫でながらお礼をいう。
「ありがとうシアナ、大丈夫だよ」
「ん、よかった」
しばらくシアナの頭を撫でていると、クシナがリビングへ降りてきた。
「おはよう主様、シアナ」
「おはようクシナ」
「ん、おは」
リビングに来てみると、伊織がシアナの頭を撫でている所を目撃し羨ましいという気持ちが沸き起こる。
そして無言で頭を差し出す。
「はいはい...」
「うふふ~、朝から良いことがあったわ~」
仕方なさげにクシナの頭を撫でると尻尾がバッサバッサと振られ機嫌が良さそうにしていた。
程よいところで撫でるのを切り上げ、大学へと向かう。
いつもであれば歩いていると白雪や紅葉と遭遇するのだが、この日はどちらとも会わなかった。
『今日は誰とも会わないわね』
『そうだな、何か依頼でもあったのかな?』
基本的に朝白雪と会わないときは、彼女に依頼が発生した時だ。
今までも何度かそういったことがあったので、そう予想する。
『じゃあ今日は主様を独り占めね?』
『ん、私もいる』
『そうね、じゃあ二人占めよ』
『ん』
大学へたどり着いた伊織は久しぶりに一人で時間を過ごしていた。
そして周りに白雪や紅葉が居ないので、二人は遠慮なく伊織と話すことが出来る。
『ねぇ主様?』
『なんだ?』
『これから定期的にマッサージをして欲しいわ』
『ん?なんでだ?』
ちょうど今は十二時あたりで、昼食を食べているときにクシナからそう提案される。
『二回目のマッサージの時も霊力が増えたでしょ?』
『確かに増えたな』
『どこまで霊力が上がるか分からないけど、多いに越したことはないわ』
『なるほど、だから限界になるまでマッサージは続けた方がいいと』
『そういうことよ』
そもそもマッサージをするだけで霊力が上がるなんて聞いたことがないし、どこまで上がるのかクシナにも分からなかった。
ただ霊力が上がればそれだけ力が強くなることを意味しているので、伊織の安全に繋がらる。
さらに言えば伊織との触れ合いも出来るので、是非続けるべきだと伊織に伝える。
『分かった、じゃあクシナのタイミングが良い時にでもやるか』
『ありがとう主様。今は増えた霊力を制御する練習をしているから、落ち着いたらまたお願いするわね?』
『了解』
その話しが終わると、次はシアナが話し出した。
『ねぇ主』
『なんだ~?』
『今日ブラシ買いに行く?』
前日にクシナのブラッシングを見ていたシアナは自分もして欲しいと伊織に頼んだのだが、毛が短いシアナにはブラシが合わないと伊織から言われていた。
近いうちにシアナ用のブラシも買いに行くと伊織は言っていたのだが、待ちきれなかったシアナはそう問いかけた。
『そうだな~、確かに今日は予定ないし大学が終わったら買いに行くか』
『ん、ありがと』
今シアナはクシナと一緒の部屋で生活しているので、よく伊織の話を聞かされていた。
まだ彼女が子ぎつねの姿をしているときによくブラッシングをしてくれ、それがとても気持ちよかったと聞かされていたので期待が高まる。
『主様のブラッシングはとっても気持ちがいいわよ』
『ん、楽しみ』
『あんまりハードルあげるなよ...』
伊織としては普通にブラッシングをしているだけなので、あまりハードルをあげられてしまうと残念に思われてしまう可能性があったのでそう言うが、既にシアナの耳には入っていなかった。
そんな話をしているときに伊織のスマホへ組合から一通の連絡が入る。
『組合からだ』
『また依頼の連絡かしら?』
連絡を確認してみると、それは依頼の連絡ではなく注意喚起であった。
『えっと、近くで強力な妖魔が確認されたので二等星以下の退魔士は注意せよ。って書かれてる』
『へぇ、なるほどね?』
そしてその連絡には現れた妖魔の情報も記載されていた。
『現れた妖魔は妖狐であり、六本の尻尾を持っている。え?クシナみたいな奴が現れたって事か?』
『そうかも知れないわね、それにしても六尾ねぇ...』
クシナ以外にも妖狐が存在する事を知った伊織は少し驚く。
『既に被害が出ているので遭遇した場合は即刻逃げるように。だってさ』
『ん、クシナと同じ?』
『多分そうだと思うわよ』
『ん...』
そしてクシナと同じ存在だと聞いたシアナは少し悩んでいる様子であった。
『どうしたんだ?』
『ん、もしクシナと同じだったら、主を守り切れないかもしれない』
『え?』
今までどんな妖魔が現れても伊織を守り、あの一等星である紅葉さえ倒したシアナの弱気な言葉を意外に感じた。
『それは問題ないと思うわ』
しかしその言葉をクシナは否定する。
『連絡にも六尾と書いてあるし、私と同じ強さではないと思うわよ』
『ん、ならなんとかなるかも?』
妖狐は尻尾の数によって大まかな強さが決まる。
その中でもクシナの尻尾の数は九本であるため、単純に考えるならば強さはクシナの方が上であった。
『それでも会わないほうが良いわね、しばらくは注意して過ごしましょ?』
『分かったよ』
その言葉を聞いたところでちょうど時間が来たので、伊織は午後の講義に向かった。




