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紅葉の宣言

二人の戦いが終わったことで白雪が結界を解いた。

周りで見学していた退魔士達はシアナが勝利したことに驚きを隠せないでいる。


「い、伊織様の妖魔が勝ったわよ!」

「まさか紅葉様が負けるなんて...」

「伊織きゅん、凄すぎぃ...」

「紅葉様が負けるところを初めて見たわ」


そんな騒めきの中、シアナがトコトコと伊織の方に歩いてきて頭を差し出す。


「ん、主。私頑張った」

「今回もありがとうシアナ」


伊織は笑顔を向けながらいつもしているようにシアナの頭を撫でる。

すると先程より大きな騒めきが起こる。


「伊織様の頭撫で!?」

「なにそれ羨ましい...」

「いいな~」


その様子を白雪も羨ましそうに眺めていたが、今度伊織にしてもらおうと思い直し話しかける。


「お疲れ様シアナちゃん、まさか紅葉さんに勝つとは思わなかったよ」

「ん、らくしょー」


そう答えるシアナの表情は相変わらず無表情であるが、ゆらゆらと尻尾が揺れており少し誇らしげな雰囲気が伝わってくる。

そんな様子を微笑ましそうに見ながら話を続ける。


「シアナちゃん、結構余裕そうに戦ってたけどまだ余力があったりするの?」

「ん?ん~、ボチボチ」


実際のところシアナにはかなり余力が残っていた。

シアナが全力で力を振るうと、訓練場そのものを壊してしまう危険があったのである程度力はセーブしている。

しかしそれは紅葉にも同じことが言えた。それでもお互い同じ条件で戦いシアナが勝っているので、本気も本気で戦ったとしても結果は変わらないであろう。


「紅葉さん起きないけど大丈夫かな」

「大丈夫だと思うよ、退魔士の中でも体がかなり頑丈な方だし」


白雪は全く心配する素振りを見せずそんなことを言う。

そしてその言葉通りに紅葉がちょうど目を覚ました。


「む?あぁそうか...」


起き上がりながら当たりを見回し何かを考えている様子であったがシアナの姿を見たことで一人納得をする。

そして立ち上がると伊織の方へ足を進める。その様子が初めて紅葉とあった時を連想させるのでまた何か言われるかもしれないと少し伊織は警戒していた。


「久遠伊織、すまなかったな」


しかし紅葉が発した言葉は全く別の物であった。

少し頭を下げながら謝罪の言葉を口にする。


「あ、いえ、えっと...」

「紅葉さん、戦って満足しましたよね?これからは伊織君に近づかないでください」


突然の謝罪の言葉にどう返せばいいか迷っていた伊織であるが、今までの紅葉の言動に不満が溜まっていた白雪は強気な言葉を返す。


「ふっ、それは出来ない相談だな」


その言葉を聞いた紅葉であったが、関係ないとばかりに言ってのける。


「はぁ?どういう事ですか?」

「そのままの意味だ」


白雪と会話している紅葉であるが、視線はずっと伊織を見つめ続けている。

先程までは伊織を見ているようで見ていない紅葉であったが、今はしっかりと伊織を見ておりその瞳からは何か別の熱のような物が感じられる。

その様子に白雪はかなり嫌な予感がしていた。


「冬木の娘、久遠伊織の契約している妖魔がどれほど貴重か分かるか?」

「それはまぁ...分かりますけど?」

「最初は運だけで契約したのかと思ったが、二人の間には確かな絆が見える」


紅葉は目が覚めたとき伊織に頭を撫でられているシアナの姿を見ていた。

シアナの後ろ姿しか見えなかったが、嬉しそうに撫でられているのを見て伊織に心を開いているのが分かった。

通常シアナレベルの妖魔は長い時を生きているためここまで個人と密接に関わることは無い。

そのことを知っている紅葉だからこそ、その光景は中々に衝撃的であった。


「しかもそんな貴重な妖魔と契約しているのが男の退魔士ときている」

「だから、何が言いたいんですか?」


既に白雪の危険度センサーは上限を振り切っており警鐘が止まらない。

未だ不敵な笑みをしている紅葉が話を続ける。


「そんな男に誰が相応しいかという話しだ」

「なんでそんな話しになるんですか、もういいです。伊織君、そろそろ行こっか」


このまま紅葉と話を続けていたらややこしいことになると感じた白雪は強引に話を切り伊織を訓練場から連れ出そうとした。

しかしそれは一歩遅く、紅葉が告げてしまう。


「久遠伊織、お前は私の夫にする」

「え?」


その言葉が木霊する訓練場は一瞬の静寂の後、黄色い悲鳴が沸き起こった。


「キャー!紅葉様が言ったわよ!」

「これは伊織君レースに一歩リードかしら!?」

「伊織君はどう答えるのかしら?」


盛り上がる外野の退魔士達とは対照的に、白雪やシアナは紅葉を睨みつける。


「そんな勝手が許されるとでも?」

「ん、もう一回ボコボコにする」

『いいわよシアナ、私が許可するからこの女は殺しましょう』


二人は伊織を守るように紅葉との間に立ちふさがり牽制する。

一方伊織は突然の展開に混乱の極致にあった。


「(え?夫ってあの夫か?今日会ったばっかりなのに?なんで?)」

『ねぇ主様、許可をくれないかしら?あの女をこの世から消し去る許可を』

『いやダメだからな?確かに言ってることはよくわからないけど流石に殺すのはダメだからな?』


この中で一番殺意の高いクシナをなんとかなだめながら紅葉に尋ねる。


「どういうことですか?」

「そのままの意味だ、莫大な霊力量、強大な妖魔と心を通わせる才能、全てがこの安倍紅葉に相応しい」

「いや全然相応しくありませんけど?むしろ二度と伊織君に近づかないで欲しいんですけど?」

「ん、主はお前なんか番にしない」


既に一触即発の雰囲気であり、いつ二人が爆発してもおかしくない。

しかし紅葉に取ってはそれすらも面白いのか楽しそうに笑っている。


「いいな、やはりこういったことに障害は付き物だ。まずはその壁を壊してやろう」

「貴女なんかに絶対伊織君は渡さない」

「ん、同感」


三人が戦闘態勢を取り、ついに衝突するかといった所で美月がその場に姿を現した。


「とんでもない霊力が三つもあるから来てみれば、これはどういう騒ぎかしら?」

「む、美月さんか。今良いところだから邪魔をしないで欲しい」

「そういう訳にはいかないでしょ?事情を説明して頂戴」

「ふぅ、分かった」


そう言い紅葉は戦闘態勢を解きながら美月に事情を説明する。

シアナと戦ったこと、自分が負けたこと、そんな妖魔と契約している伊織が貴重な存在である事、また本人にも莫大な霊力量がある事、それを美月に説明していく。


「ということで、久遠伊織には私が相応しいので私の夫にすることを決めた」

「はぁ...そういう事ね」


少し頭が痛そうにしながら紅葉の言葉をなんとか飲み込む。

それぞれの様子を眺めてみると、このまま話しがまとまるようには絶対に感じられない。


「分かったわ、三人とも支部長室に来なさい。そこで話の続きをしましょう」


長い話しになりそうだと予感したので、美月はそう切り出す。


「良いだろう」


そう言い紅葉は一人で歩いて行ってしまった。


「ごめんなさいね?二人もお願い出来るかしら?」

「まぁ、美月さんがそういうなら...」

「分かりました」


穏便に話しが済めばいいなと思いながら伊織たちも支部長室へ向かった。


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