退魔士名家
二人は講義室に向かって歩きながらも、紅葉についての話を続けていた。
伊織としてもシアナと紅葉が戦うことになったので、何かシアナが有利になる情報は無いかと白雪から聞き出そうとしていた。
「安倍紅葉さんがどんな感じで戦うかとか分かるか?」
「紅葉さんはね?退魔士にしては珍しくあんまり霊術は使わないんだよ」
「ん?じゃあどうやって妖魔とか倒してるんだ?」
「実は紅葉さんは凄く霊力を操るのが得意で、その才能を使って自分の体を強化して戦うんだよ」
先程紅葉の言葉にも出てきたが、霊術の中には身体強化というものが存在する。
霊力というものは生きとし生ける者が持つ生きるための力だ。
普通であれば霊力は丹田で生成され、それが体の中を巡っている。
しかし霊力を操ることのできる退魔士は意図的にその霊力の流れを早くしたり、一部分にだけ集中させることが出来る。
こうすることで著しく身体能力が向上し普通ではあり得ない動きが可能となる。
以前楓が化け物と戦ったときも伊織には見えない速度で刀を振るっていたが、これは楓が身体能力をしていたからだ。
「なるほど、武器は何か使うのか?」
「それが紅葉さんは武器とか一切使わないで、自分の拳で戦うんだよね。だから退魔士の中では珍しいの」
「そ、そうなのか...。凄いな」
先ほど見た紅葉の姿から、彼女が殴りかかってくる様を想像すると物凄く怖いことが容易に想像できた。
そしてその戦闘スタイルはシアナと酷似していた。
「だから退魔士の中で有名なのか?」
「ん~、それもあるんだけど紅葉さんって退魔士の中では名家の生まれなんだよね」
「名家?」
伊織はまた聞き覚えのない単語が出てきたので首を傾げる。
「そう、伊織君は安倍晴明って人の名前は聞いたことある?」
「あぁ、あの陰陽師で有名な人だろ?え?まさか?」
「そのまさかだよ、紅葉さんは安倍晴明が生まれた安倍家の家系なんだよ」
安倍晴明自身も突出した退魔士であった。
最強の名を欲しいままに、古今東西あらゆる妖魔を退治していた。
安倍紅葉はそんな晴明の子孫だと聞いた伊織は驚きを露にする。
「それで安倍家は優秀な退魔士を良く輩出しているんだけど、紅葉さんはその中でもさらに優秀な人なの」
「そうなのか...」
「うん、安倍家次期当主とも言われてるね」
安倍家の中にも沢山の退魔士が存在するが、一等星についている者は極僅かだ。
その中でも一番若く直系の紅葉は次期当主として噂されている。
「凄い人なんだな...」
「うん、凄い人なんだけどあんな人だとは思わなかったよ」
先程の紅葉の言動を思い出したのか白雪はぷんすこ怒っている。
「他にも退魔士の名家って存在するのか?」
「うん...あるよ。実は私の生まれた冬木家も退魔士名家の一つなんだよね...」
白雪は恥ずかしそうにしながらそう答える。
「私の生まれた家も、昔から妖魔とかを退治してきた家系なんだよね」
「そうだったのか」
冬木家は古来よりその霊術の才能を活かし妖魔を倒していた。
特に水の霊術を得意としており、時折日本を襲う水害からも日本を守ってきた。
その言葉を聞いた伊織は驚いた。
「だから時折忙しそうにしてたのか?」
「ん~、それも確かにあるね」
白雪は冬木家当主である六花の長女である。そして白雪自身強い退魔の力を宿しているため紅葉と同様に冬木家の次期当主として噂されていた。
そんな背景もあり、白雪にはよく組合から様々な依頼が舞い込んでいた。
「名家は他にもあって、秋月家、夏空家、春名家がそうなんだよね」
「ん?秋月?」
「そう、支部長の事だよ」
秋月という言葉に聞き覚えのあった伊織が思い返していると、白雪からそう教えられた。
確かに初めて伊織が美月と会ったとき、自分は秋月美月であると自己紹介をされていたことを思い出す。
「それで冬木家を含めた四つの家が日本の東西南北を守護して、安倍家が中央を守護する。これが日本の退魔士名家の役割なんだよ」
「そうだったのか」
退魔士名家の事情を聞いた伊織はなるほどと思う。
「じゃあ白雪の暮らしてる冬木家もどこかを守ってるのか?」
「うん、私の家は北を守護してるから北海道に本家があるよ」
「北海道に?でも白雪って昔からこっちにいるよな?」
そう、伊織が白雪と出会ったのは小学生の頃でありその頃から常に一緒に過ごしてきた。
そのことを知っているので北海道に本家があると聞き疑問に思う。
「実はお母さんの仕事の関係で昔からこっちに住んでるんだよね。本家の方はお母さんの妹さんが住んでるよ」
「あ~、なるほど。そう言う事か」
「うん、深雪さんって人なんだけどすっごく優しくて、たまに会うんだけどいつも良くしてくれるんだ~」
白雪はたまにであるが北海道の本家の方に顔を出していた。
その時は深雪とも良く話をしており、非常に可愛がられていた。
というのも、実は深雪は結婚しておらず子供が居ない。そのため白雪を自分の子供のように可愛がっており溺愛していると言ってもいい。
六花からはあまり甘やかさないでくれと注意を受けた事もあるが、深雪はそんなの関係ないとばかりに白雪を甘やかしていた。
「そうしたらその、白雪もいずれは北海道に行かなきゃ行けないのか...?」
もしかしたら自分の想っている相手が遠くの地へ行ってしまうかも知れないことに気が付いた伊織は恐る恐るそう尋ねる。
「ん~、そうなるかも知れないし、そうならないかも知れないかな?」
「どういうことだ?」
「まだ内緒っ!」
白雪の中では、伊織と付き合うことが出来ればこちらに残るし、付き合えなければ北海道に帰る予定であった。
しかし伊織と付き合わないという選択肢は白雪の中に存在しない。
そのためこちらへ残ることはほぼ確定しているのだが、そのことを伝えようとすると白雪の気持ちまで伝えなければいけないので今はまだ秘密にしておく。
そんなことを話していると講義室に到着した。
「内緒ってどういう事だよ」
「内緒は内緒!それより講義が始まっちゃうよ~」
白雪は楽しそうにしながら伊織にそう告げた。
講義が始まった後は黙々と受けながら、時折伊織の顔をちらりと覗く。
「(んふふ~、最近は増えた霊力の制御も順調だしそろそろ階級が上がっちゃうかもな~)」
白雪は最近家に帰ると直ぐに霊力制御の訓練を始め、その効果が出始めていた。
彼女の使う霊術は繊細な霊力制御が求められるため、普通の霊術と比べると人一倍難しい。
それでも最近は霊力が増える前と比べても遜色ないレベルで制御出来始めているため、階級が上がる日もそう遠くないと感じていた。
「(それにしても紅葉さんの事は心配だな~)」
紅葉との戦闘自体は実はあまり心配していなかった。むしろ負けても良いとさえ思っている。
「(紅葉さん、強い人が好きなんだよね~。それだけがすっごく心配だよ)」
そう、安倍紅葉は強い退魔士を好ましく思っている。
己の才能に凄まじいものがあり、小さい頃から自分にはこれが出来て何故他の人は出来ないのかと不思議に思いながら過ごしてきた。
そして出会う退魔士のほとんどが自分より実力が下な事もあり、紅葉より実力の劣っている退魔士に対する興味が薄い。
しかしそれは紅葉レベルの実力があれば一気に興味が沸くという事になる。
「(もしシアナちゃんが紅葉さんに勝っちゃったら間違いなく伊織君にも興味が行くよね、もしそうなったら...)」
紅葉は伊織に対して興味が無かったので先程あのような態度を取った。
しかし自分と同列の存在であれば話は変わってくる。
おそらく紅葉は伊織の事を知ろうとするだろうし、自分のことを知って欲しいと思うようになる。
そして伊織との仲が深まれば、彼が良い男性である事に気が付いてしまう恐れがある。
「(それだけは絶対に阻止しないと、例え紅葉さんでも伊織君は絶対に渡さないんだから)」
白雪は決意を新たに今後に向けた作戦を練り始める。




