次の札術
朝ご飯を食べた後伊織はいつものように家を出る。
そして駅まで歩いているとこれまたいつものように白雪と合流した。
「おはよ伊織君」
「おはよう白雪」
二人並んで駅まで歩いているとき、伊織がある事を尋ねた。
「そういえばさ、次どんな札術を試せばいいかな?」
「伊織君が今使えるのって拘束と身体強化だっけ?」
「そうだよ」
伊織は今補助系の札術を二つ覚えていた。
白雪もそのことを知っていたのでそう尋ねながら次は何が良いかと考える。
伊織にはシアナが居るとはいえ、伊織自身に何か攻撃方法があっても良いかと考えたので一つ提案をする。
「それなら何か攻撃系の札術を覚えてもいいかもしれないね」
「攻撃系か~、何があるんだっけ?」
白雪から渡された札術に関する本を読みながら練習していた伊織だが、まだ本の最初の方しか読んでおらず、そこには攻撃系の術式は登場していない。
「伊織君に渡した本だと、五行か五大元素に属する攻撃術式が乗ってるかな」
「うん?」
これまた伊織には聞きなじみが無い言葉が出てきたので首を傾げる。
そんな伊織の様子が可愛く見えたのかくすりと笑いながら白雪が答える。
「まず五行だけど、木、火、土、金、水の五種類で構成されてて古く陰陽師の間で使われてきたんだよ」
「なるほどな、陰陽師とか本当に居たんだな」
「まぁ退魔士の前身だね」
昔は妖魔や悪霊を退治する者の事を陰陽師と言ったが、時代が変わるにつれてそれは退魔士と呼ばれるようになった。
「次に五大元素だけど、こっちは日本に広く普及している仏教の考え方何だよね」
「なるほど?」
「地、水、火、風、空の五つから成り立ってるんだよ」
白雪は人差し指を立てながら得意げに解説を続ける。
「前に修学旅行で京都に行ったことがあるでしょ?」
「ん?あぁ中学の頃か、懐かしいな」
「その時に五重塔を見たの覚えてる?」
伊織と白雪の通っていた中学は、修学旅行で京都奈良を訪れていた。
ちなみにその時も二人は常に一緒に行動をしており、様々な場所を二人で巡ったのはいい思い出だ。
「覚えてるよ、なんか凄かったって印象しか無いけど」
「実はこの五重塔は今説明した五大元素を表しているんだよね」
五重塔の下から地水火風空となっており、仏教に置ける宇宙観を表している。
「そうなのか?」
「そうなのです!」
「なるほどな~」
伊織が退魔士になってから白雪と話すとき、こういった為になる話が多い。
「伊織君に渡した本の中にも、五行か五大元素の攻撃術式が乗ってるからどれか試して見るのがいいかもね、ちなみに私のおススメは水だよ!」
これは白雪自身が水の霊術を得意としているので、伊織と同じものが使いたいと言う想いが込められている。
そしてその話を聞き反応する二人が居た。
『主様?火がおススメよ?私の術を見たことがあるでしょ?』
『主、風がおススメ、風は良い、風にするべき』
どちらも伊織に自分の得意な属性を使ってほしいという願いからそう提案する。
一気に三つも提案されてどれにするか悩む伊織であったが、伊織の中ではクシナの炎が鮮明に思い出せるためまずは火から学ぶことにした。
『クシナの炎が印象に強いから、まずは火を勉強してみるよ』
『んふふ~、そうよね?そうよね?』
『主...』
そのことを告げると途端に悲しそうなシアナの声が響く。
『で、でも火が終わった後は直ぐに風も勉強するから!』
悲しそうなシアナの表情が想像できてしまったため、直ぐに弁明する。
『ん、本当?』
『本当だよ』
『水に浮気しない?』
『水はどんなのか想像できないから、シアナの使ってる風からかな』
実際伊織が見たことある霊術は少なく、その中でも想像しやすいのはいつも見ている火や風であるためそう告げる。
『ん、分かった』
その言葉を聞いたシアナの機嫌は少し治ったようだ。
そのことにホッとしながら、白雪に返答する。
「まぁ、何か攻撃系の術式を試してみるよ」
「うん!分からない事があったら何でも聞いてね?」
「りょーかい」
そこで白雪がふと何かを思い出したように話し出す。
「あ、そうだ伊織君、もしかしたら伊織君の等級が上がるかもしれないよ?」
「等級って五等星とかいうやつか?」
「そうそう、その等級」
伊織は現在退魔士の中でも一番下の五等星である。
「俺退魔士になったばっかりだけど、そんなに直ぐ上がるものなのか?」
「シアナちゃんの事とか、この前の依頼の事とかを考えると上がっても不思議じゃ無いんだよね」
実際この前の依頼でシアナの働きは凄まじい物であり、楓からの報告で美月もそれを把握していた。
白雪もそのことを簡単に想像できたのでこの話をしていた。
「そうなんだ、結構直ぐ上がるものなんだな」
「いや、本当だったら一つ等級を上げるだけでも凄く大変なんだよ?私もここ数年は上がってないし」
「そうなのか、じゃあシアナが予想以上に凄かったんだな」
「そう言う事」
なるほどと納得する伊織。
改めてクシナやシアナに感謝しつつ話を続ける。
「そういえば白雪っていつからこの仕事をしてるんだ?」
「私?そうだね~、初めてお仕事をしたのは中学二年生くらいだったかな?」
「そんな時から妖魔とかと戦ってたんだ」
そのころを思い出しても、白雪は特に変わった様子は無かったように思える。
ただ少しだけストレスが溜まってそうな日があったが、思春期特有の物かと伊織はその時考えていた。
「まぁ物心ついた時から色々勉強してたからね~」
「そうなのか、ちなみに初めての仕事はどうだった?」
「凄く緊張したのは覚えてるよ、今まで学んできた物がちゃんと出来るか心配だったし」
白雪が初めてした仕事は、ある家に住み着いた悪霊の退治であった。
流石に娘の初めての仕事だったので六花がその場には付いて来ていた。
その悪霊は力の強いものではなく、等級的には五等星級に分類されていたので意外とあっけなく終わってしまったのを白雪は覚えている。
「でも意外とあっさり倒せちゃって、なんか呆気なかったのを覚えてるよ」
「凄いな、俺が初めて妖魔と会ったときはマジで怖かったよ...」
伊織はあの鬼に追いかけられ殺されかけた事を今思い出しても身震いがしてくる。
あの時クシナが助けてくれなかったらどうなっていたかは考えたくない。
「その時にシアナちゃんが助けてくれたの?」
「ん?そうだよ」
白雪にはまだクシナの存在は伝えていないため、シアナに助けられた事にしておく。
「じゃあ本当にシアナちゃんには感謝だね。本当は私が助けて上げられれば良かったんだけど...」
「まぁあの場に白雪はいなかったし仕方ないよ」
「そうなんだけどね~、なんかこうモヤモヤする~」
眉間に皺を寄せながら思い悩む白雪の姿が可愛らしく、伊織は少し笑顔になってしまった。
そんなことを話しながら歩いていると、大学へ到着した。
いつものように敷地内を歩き講義室を目指しているとき...。
「お前が久遠伊織か」
後ろから一人の女性に話しかけられた。
「はい?」
伊織はその声に振り返ってみると、そこには長い黒髪のくせっ毛で鋭い眼光をしたまるで肉食獣の様な雰囲気を漂わせた女性が佇んでいた。
伊織は全くその女性に見覚えが無かったので不思議に思っていると、白雪が驚いたように彼女の名前を口にする。
「あ、安倍紅葉...」
「知り合いか?」
「うん...退魔士の人だよ」
何故か白雪は少し警戒したような態度で紅葉を見つめている。
しかし紅葉はそんなこと関係ないとばかりに伊織の方へ足を進めた。




