シアナのお願い
組合を後にして家に帰ってきた伊織は疲れからかソファーに深く座る。
「あぁ、疲れたな...」
ソファーに座ってくつろいでいると、直ぐにクシナとシアナが姿を現した。
そして伊織の両端に陣取り、それぞれが伊織に抱きつく。
いつもであればクシナだけが伊織に抱きつくのだが、この日は何故かシアナも抱きついてきた。
「ちょ、二人とも!?」
流石に二人から抱きつかれた伊織は慌てふためく。
しかし悲しいことに力では二人に全く勝てないので無駄な抵抗に終わってしまう。
「あぁ主様、無事でよかったわ...」
「す~」
クシナは伊織の体を怪我が無いか確認しているという体でまさぐりながら体を寄せ、シアナは癖になってしまった伊織の匂いを楽しむ。
しばらく二人に好き勝手されていたが、クシナはひとまず満足したのか伊織から少し離れる。
「主様、本当に怪我はしていないのよね?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「ん、私の仕事は完璧」
「よくやったわシアナ」
シアナは伊織の体に顔をくっつけた状態で喋るのでかなりくすぐったい。
「主、約束は忘れてない?」
「もちろん、着物とケーキパーティーだろ?今日は遅いから早速明日買いに行こうか」
「ん、分かった」
以前シアナが着物を欲しいと口にしたとき、少し値段について調べたことがあった。
そこで分かったのだが、着物はかなり高い。しかし最近はクシナやシアナのおかげでかなり稼げているので、一着シアナに買うくらいなら問題ないくらい貯金が出来ていた。
「ねぇ主」
「なんだ?」
「今日は一緒に寝てもいい?」
「え?」
驚くべき言葉をシアナが口にする。いつもは一人で寝ているし、今まで積極的に接触をしてこなかったシアナであるが少し心境に変化があったらしい。
「あら?どうして主様と一緒に寝たいのかしら?」
「ん、なんとなく?」
実はなぜ伊織と寝たいと思ったのかシアナは自分でも分かっていなかった。
それがただ好きな匂いに包まれて寝たいという想いなのか、恋心が芽生え始めているのかは誰にも分からない。
「そう、まぁいいわ。今日のシアナは頑張ってくれたし譲ってあげるわ」
「いや、そもそも俺とクシナも一緒に寝てないだろ?」
「そうだったかしら?」
クシナは頻繁に伊織の寝室に忍び込むので、いつも一緒に寝てる感覚でいたがそれはただ不法侵入しているだけだ。
伊織としては一緒に寝ている感覚はない。
「まぁ良いよ、今日は一緒に寝ようか」
「ん、ありがと」
伊織としてもシアナの見た目は幼いため、妹が居たらこんな感じなのかなと思っていた。
その後はご飯を食べお風呂に入り寝る時間となる。
寝間着に着替えた二人は伊織の寝室へ向かう。
「よし、じゃあ寝るか」
「ん」
伊織が布団に入ると、シアナも迷わず入ってくる。
そして伊織に抱きつきながら顔を擦り付けている。
「暑くないか?」
「ん、全然平気」
5月も中旬に差し掛かっているので、夏に向けて少しずつ気温が上がってきている。
シアナの体温をしっかりと感じ取れるので、少し暑いなと伊織は思っていたがどうやらシアナはそうでは無いらしい。
「そっか、じゃあ寝るぞ?」
「ん、おやすみ」
「おやすみシアナ」
シアナの頭を撫でながら、伊織は眠りについた。
翌朝目が覚めると、寝る前は伊織の右側に居たはずのシアナが何故か伊織の上に乗っていた。
どういう寝相でそうなったか疑問であったが、ひとまずシアナを起こすことにする。
「シアナ、朝だぞ」
「ん~...」
シアナを揺すりながら起こそうとするが、中々起きない。
そもそもシアナはあまり朝が強い方ではない。伊織家でも大体一番最後に起きてくる。
とりあえずシアナを横に置いてベッドから抜け出そうと思う伊織であったが、シアナは伊織の寝間着を握りしめており中々離れない。
「ちょ、シアナ、寝間着離してくれるか?」
「ん~、や」
短く拒絶の言葉が放たれる。
時間を確認してみると、まだ少しだけ猶予があったのでゆっくりとシアナを起こすことにする。
「シアナ、あと五分だけ寝てていいぞ?ただ五分経ったら起きるからな?」
「ん」
伊織はその五分間で今日の予定を考えていた。
まずは着物を買いに行ってその後ケーキを買う予定だ。しかし伊織は着物を買う店など知らないのでまずはそこから調べる必要がある。
スマホを手に取り近所の着物店を調べてみると、意外なことに何件か存在していた。
「へ~、意外にあるもんだな」
ただどの店が良いかまでは分からないので、やっぱり全部行ってみるしか無いかなとも思っている。
そんなことを考えていると五分が経過した。
「シアナ、五分経ったぞ~」
「ん~、起きる...」
モゾモゾと動き出し、体を持ち上げる。
そして伊織の上に座りながら目を擦っていた。その様子がまさに猫っぽくて少しなごむ。
シアナの脇に手を入れ自分の上から降ろした後伊織も起き上がる。
「よし、じゃあ下に行くか」
「ん」
歩き始めるとシアナが手を握ってきたので少し驚くが、妹を引っ張る兄のような気持ちになりながら手を繋ぎ二人でリビングに向かった。
リビングに到着した伊織がいつものようにコーヒーを入れているとクシナが降りてくる。
「ふわ~、おはよう主様」
「おはようクシナ」
そして未だにソファーでこっくりと船を漕いでいるシアナの隣に座る。
三人分のコーヒーを入れた伊織もソファーの方へ近づき二人に渡す。
それを飲んでいるとシアナの目が段々と覚めてきたようだ。
「主様と寝てどうだったかしら?」
「ん、快眠」
「分かるわ、主様と寝ると次の日の目覚めが凄く良いのよね」
「ん、いつもより目覚めが良かった」
どうやらシアナの中ではあんなに眠そうでも目覚めが良い方らしい。
「ん、これからは毎日一緒に寝たい」
「ダメよ?次は私の番なの」
「いやクシナの番では無いからな?」
「もう、けちんぼね主様」
クシナは唇を尖らせながら不満そうな顔をする。
シアナはまだいいが、クシナと一緒に寝るとなると伊織は寝付けない可能性があったのでここは断固として譲らない。
まぁ一緒に寝なかったとしてもクシナは勝手に忍び込んでくるのだが...。
朝の準備を整えて大学へ向かっていると白雪の姿が見えた。
「伊織君っ!」
そして白雪が走り出し、そのまま正面から伊織に抱きつく。
「うおっ、白雪!?」
流石に正面から抱きつかれるとは思っていなかった伊織は少し仰け反りながらもその衝撃を堪える。
伊織の首に回された白雪の腕は震えていた。
「あぁ伊織君...良かった...」
「どうしたんだ?」
「組合から伊織君の依頼のこと聞いたの...」
少し様子のおかしい白雪であったが、依頼のことと聞いて納得する。
「ごめん、心配かけたみたいだな」
「うん、話を聞いたとき倒れそうになったよ...」
白雪は伊織の存在を確かめるように、キツく抱きしめ続ける。
実際に組合で話を聞いたとき、白雪は凄まじい恐怖に襲われた。
もしかしたら伊織が死んでいたかもしれない状況、そしてその場に居ない自分を許せなかった。
「一緒に行けなくてごめんね?」
「いや、仕方ないよ。白雪にも仕事があったんだろ?」
「うん、でも次伊織君に依頼があるときは絶対についていくから...」
ちなみに二人は駅前の往来で抱き合っている。そのためかなり注目を集めていた。
「見て、青春の一幕よ」
「あらあら、若いわね~」
「ちっ、爆発しろよ...」
「いいな~、私もあんな恋がしてみたいな~」
二人の事を眺めながら通行人はひそひそと話している。
そのことに気が付いた伊織は少し焦りながら白雪を促す。
「し、白雪、そろそろ大学に行かないと」
「うん、分かった...」
渋々といった様子で伊織から離れた白雪であるが、手はしっかりと握りながら歩き始める。
そしてしおらしい白雪の態度にグッと来ながらも伊織は大学へ向かった。




