シアナの弱点?
呪物のある家まで歩いていると、シアナが呟いた。
「ん、臭い?」
「どうしたんだ?」
「ん、なんか変な匂いがする?」
スンスンと鼻を鳴らしながら臭いと伊織に訴える。
伊織の真隣でそんなことをするものなので、一瞬自分が臭いのかと伊織は思ってしまった。
「ん、あの家が臭い?」
「そ、そうか、あの家か(俺じゃなくて良かった...)」
シアナは家の方から漂ってくる妙な匂いを嗅ぎ取っていた。
心なしか耳に元気が無く、その足取りは重い。
「大丈夫か?」
「ん、がんばる」
「無理はするなよ?」
シアナの言葉を聞いた伊織たちは再び足を進める。
その家のドアノブに手を掛けると鍵は掛かっていないのかすんなりと開いた。
そして足を踏み入れると何ともどんよりとした空気が立ち込めている。
伊織はこの中に入るのは嫌だなと一瞬思ったが、仕事の為に頑張って一歩進む。
すると伊織の腰に衝撃が走った。何事かと思い目を向けてみると、シアナが伊織の腰に抱きついて来ていた。
「し、シアナ?」
「ん、臭い...凄く臭い...」
先程まではなんとか気持ちを保てていたが、家に入った途端それが崩れてしまった。
シアナの鼻には何かが腐ったような酷い匂いが感じられ、とてもではないが普通に立っていられない。
耳や尻尾も元気がなく、嘘には見えなかった。
ちなみに伊織や楓には匂いなど全く分からなかった。シアナ特有の感覚だろうと考えられる。
「辛いか?」
「ん、辛い。でもこうしてる分にはまだまし」
伊織の腰に抱きついたことで、その優しい匂いによってある程度悪臭が紛れる。
「だ、大丈夫ですかね?」
「どうでしょう?でも凄く辛そうなので早く済ませてこの家から出ましょう」
今までシアナがここまで弱った姿を見せたことはない。
その姿を見て早急にこの依頼を片付けて家を出たほうが良いと考えた伊織は足を進めるが、一歩進むごとにシアナの足取りは重くなっていく。
玄関から廊下に入ると、リビングへ続く道と二階へと上がる階段が現れた。
伊織がリビングから見ようかなと思っていると、シアナが階段を指さした。
「ん、あっちから凄い匂いがする」
「二階から?そっちから行ってみるか」
シアナは妖魔の為独特の感覚を持っている、ここはシアナの言葉に従った方が早く呪物を発見できるかもしれないと考えた伊織は階段を登ることにした。
階段を登っていくと、伊織にも分かるレベルで空気が澱み始めた。
「なんだか嫌な空気ですね...」
「そう...ですね...(おかしいですね、低ランクの呪物でここまで空気が澱んでいるなんて...)」
「ん、あっち」
二階へ登るといくつかの部屋があったが、シアナが一つの部屋を指さした。
その部屋の方へ向かうに連れてドンドン空気が重くなる。
最初は遠慮がちに抱きついていたシアナだが、部屋の前に着くころには全身で伊織に抱きついていた。
伊織が部屋のドアノブに手を掛け開ける。
そして部屋の中を確認すると、そこには所狭しと日本人形が並んでいた。
「これは...ちょっと怖いな...」
「ん」
部屋を開けたとたん抱きついていたシアナの力が強まる。
あくまで伊織に痛みは無い程度の力であるが、どうやら限界が近いらしい。
「伊織さん、早く呪物を回収してしまいましょう」
「そうですね、分かりました」
楓に促されたので部屋の中へ入り呪物を探す。
ぐるっと部屋の中を見回していくと、部屋の奥にお札の張られた人形が目についた。
「あれですかね?」
「多分あれだと思います」
その人形を見た伊織はとても嫌な感じがした。
人形を指差しながら楓に確認すると、どうやら楓も同じ考えだったようだ。
「シアナ、分かるか?」
「ん、あれ、絶対あれ、とんでもなくくしゃい...」
呪物の特定が出来たので伊織は回収しようと人形に近づく。
近くでその人形を見てみると、全身にお札が張られており書かれている術式も禍々しいものであった。
伊織は持ってきた封印用の袋を広げて早く入れてしまおうと人形を掴んだその時。
キャハハッ
何処からともなく笑い声が聞こえてきた。
「?楓さん、今何か言いましたか?」
「はい?何も言っていませんよ?」
不思議に思ったが気を取り直して人形を袋に入れようと持ち上げると、再び声が聞こえる。
キャハハッキャハハッキャハハッ
「なんだこの笑い声...」
「どうしたんですか?」
「いや、何か笑い声がずっと聞こえていて」
楓と話しているときも伊織の耳にはずっと笑い声が聞こえていた。
ただ最初は少女の様な笑い声だったのが、段々と声が変質してきている。
キャハハッキャハハッキャハハッキャハハッキャハハッ
「笑い声が聞こえる...?いけません!直ぐにその人形を仕舞ってください!」
段々と激しくなっていく笑い声を聞いていると、楓から鋭い声が飛んでくる。
その声にしたがって封印袋に人形を仕舞おうとしたその時。
アハッ!
既に少女の物とは思えない不気味な声と共に、人形の髪が伊織に襲いかかった。
その髪が伊織を捕らえようとしたその時、一瞬にして伊織の視点が切り替わった。
つい先程までは部屋の中に居たのに、いつの間にか部屋の外へと移動していた。
「え?」
「伊織さん!?あれ?どうして部屋の外に居るんですか!?」
伊織が呪物に襲われて直ぐに助けに入ろうとしていた楓であったが、伊織の姿が消えいつの間にか自分の後ろに居ることに驚いた。
「多分シアナが助けてくれたんだと思います」
「よ、良かったです...あれに取り込まれてしまったのかと...」
そう楓が言ったので部屋の中を見てみると、人形から髪が伸び続けている。
髪の毛が壁を這いまわり周囲の人形を取り込んでいく様は非常に不気味であった。
「伊織さん、直ぐに家の外へ行きましょう」
「分かりました」
伊織たちは走って家の外を目指す。シアナは未だに伊織に抱きついていて走り辛い為、伊織はシアナを抱きかかえた。
「ちょっと抱えるぞ?」
「ん」
走りながらであるが楓が状況を説明する。
「すみません伊織さん、これは緊急事態です。本来であれば低ランクの呪物があのような事をするはずが無いのですが...」
「やっぱりそうなんですね」
外を目指している間もギシギシと嫌な音が家の中を鳴り響いている。
「はい、本来であれば回収して終わりなのですが、今回は呪物を鎮める為に戦闘になるかもしれません」
「わ、分かりました」
「でもお任せください。こういう時の為に私が居ますので」
そこまで話したところで伊織たちは外へたどり着いた。
そして楓は懐から四枚のお札を取り出し宙に投げる。
「四点結界」
そう楓が唱えるとお札が燃えだし、家の四隅を囲むように動き出した。
そしてお札の動きが止まると、家を囲む結界が完成した。
「これは?」
「これは四点結界と言って、物理防御、霊術防御、認識阻害、人避け、以上四つの効果が付与された結界になります」
「なんか凄いですね...」
「そうですね、そして退魔士が街中や人目がある場所で戦う時に張る基本的な結界になります」
そんな説明を受けていると、ひときわ大きな音が鳴った。
音の鳴る方へ目を向けてみると、次の瞬間屋根が砕け散り中から髪が現れ何かを形作っていく。
「すみません伊織さん、あのレベルの呪物は明らかにランクが高いですね...」
「そ、そうなんですね」
「初めての依頼なのにこんなことになってしまい申し訳ありません...」
「い、いや仕方ないですよ、退魔士の依頼は何が起きるか分からないと聞いていましたし、覚悟はしています」
伊織と楓が話している間も髪はドンドン姿を変えていき、ついには大きな右腕に姿を変えた。
指を足代わりに屋根に立つその姿は、まさしく化け物であった。
「でも安心してください、貴方は必ず私が守ります」
その言葉と共に化け物を見据えながら楓は胸の前で印を結ぶ。
そして霊力を練りながら世界に告げる。
「顕現「八岐ノ剣」」
その言葉と共に楓の背後の空間が歪み、八振りの剣が姿を表した。
「伊織さんはここで待っていてください」
そのうちの一つを自分の手に持ち、剣を構える。
残りの七本の剣は楓を守るように宙に浮いていた。
「『八剣』薄 楓、参ります」
そして楓は化け物に向かって走り出した。




