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意外な退魔士の事情

伊織が助手席に乗り込むと楓が車を発車させる。

楓はいつもスーツを着ているので、運転する姿はまさしく出来る女性といった感じであった。


「一応今回の依頼の注意点などを説明しておきます!」

「分かりました」

「まずは不用意に呪物に近づかないようにしてください」

「はい、了解です」


呪物というものは、込められた願いを叶えるために様々な現象を引き起こす。

そのため危険な想いの籠った呪物であった場合、不用意に近づいてしまうと取り返しの付かないことになってしまう場合がある。


そういったことが起こらないように、様々な対策を行うことが一般的であった。


「そして安全が確認できてから、呪物の回収を行ってください」

「分かりました」

「それと極稀にですが、呪物は想いを叶えるために具現化し周囲を巻き込むことがあります」

「そうなんですか?」

「はい、特に酷いものだと周囲の環境ごと巻き込んで魔境と化してしまうこともあります」


呪物は力が強くなれば強くなるほど、現実に与える影響も大きくなる。

そのためトップクラスの力を持つ物はそういった被害が出てしまうこともあった。


「まぁそういう呪物は一等星の依頼になりますのでまず今回は無いでしょう」

「なるほど、覚えておきます」


注意点についての説明が終わると、楓がそわそわと落ち着きのない様子で尋ねてきた。


「そういえば、伊織さんは白雪さんと仲が良いんですか?」

「そうですね、まぁ幼馴染みたいなものなので仲はいいですね」

「そうなんですね、美月さんも言っていましたが白雪さんは組合ではあまり話す方ではないので、私もあまり関りが無いんですよ」


実際白雪が組合で話す相手は仕事で一緒になる相手と事務的に話すか、美月に話すかの二択であった。

そもそもあまり組合にも顔を出さないので、組合の中で親しい人は居ない。


「そうなんですね。そういえば一つ聞きたいことがあるんですけど」

「はいなんですか?」

「東京支部に男の退魔士って居ないんですか?いつ行っても女性ばかりなので...」


伊織はこれまで何回か組合を訪れているが、未だに一人も男の退魔士を見ることは無かった。


「そうですね...白雪さんから聞いてるかも知れないんですけど、そもそも男性の退魔士は凄く貴重な存在なんです」

「はい、神秘的な力は女性の方が宿りやすいって白雪から聞いた事があります」

「そうなんですよ、霊感は男女共に才能があれば身につくものなんですけど、霊力を操るといった技術については女性の方が圧倒的に有利なんですよね」


霊感であれば男も女も関係なく身につくことがある。

しかし霊力を操る技術については何故か女性の方が優れていた。


「それで退魔士の間で子供が出来ると、ほとんどが女の子として生まれてくるんです」

「え?そうなんですか?」

「はい、それも退魔士の男女比が偏っている原因の一つになります」


これも女性の方が神秘的な適正が高いため起こる現象であった。

退魔士の間で子を成すと女性の力の方が強く、より良い遺伝子を残そうと性別が引っ張られてしまう。

そのため生まれてくる子供も女の子が多かった。


「そうなんですね」

「ただそうなると、退魔士の数がドンドンと減って行ってしまうので、退魔士の世界限定ですけど一夫多妻制が採用されてるんです...」

「え?一夫多妻ですか?」


ちょうど信号で車が止まった時、恥ずかしそうにしながら楓がそう言った。


「はい...。その、実は退魔士の男性は複数の女性を娶ることが義務付けられている事もあります」

「え?でもそんなこと聞いたことないですよ?」

「実は最初に書いて頂いた契約書に載っていたのですが、気が付きませんでしたか?」


どうやら伊織が退魔士になるときに書いた契約書にそのことが書いてあったらしい。

注意深く読んでいたはずだが伊織は見落としていた。


「き、気が付きませんでした...」

「そ、そうなんですね」


少し気まずい沈黙が降りる。

伊織は白雪とクシナの二人からアタックされており、現在そのことについて悩んでいた。

それは日本が基本的には一夫一婦制のため、想いに答えられるのは一人に限られていた為だ。

しかしここで別の選択肢が発生した。それは伊織が退魔士になったことで両方の想いに答えられるようになっていたのだ。


「そ、それで東京支部に退魔士の男性が居るかという話ですけど、数人在籍しています」

「そうなんですね、じゃあ僕のタイミングが悪くて会ったことがないだけですかね?」

「それもありますが、やっぱり凄く貴重な存在なので危険が無いように手厚く保護されている側面もあります」


退魔士の仕事は常に危険が付きまとう。

そして退魔士の男性は基本的に能力で劣ってしまうので、危険が無いように保護されていた。


「え?じゃあ僕もそうなったりするんですか?」

「伊織さんの場合は強力な妖魔と契約しているので、そこまで過保護に保護される事は無いと思いますよ?」

『ん、主は私たちが守る。ケーキの為に』


どうやらシアナはケーキにハマったようだ。今の彼女の原動力はケーキが一番であった。


「話は戻りますけど、僕も将来的にはその、複数人の女性と結婚しなければいけないんですか?」

「そ、そうなりますね...」


そう問いかける伊織に対し、恥ずかしそうにしながら楓が答える。

美月もこの事を知っていたので、明らかに白雪と仲のいい伊織に対してアピールをするように助言していた。


「その、伊織さんは今お付き合いしてる人とかっているんですか...?」

「いや、彼女とか居たことが無いですね」

「そうなんですか?(不思議です、こんなに素敵な男性なのに...)」


実は伊織は今まで女性に告白されたりなどしたことが無かった。

これは白雪が裏で手を回し、伊織から女性の影を遠ざけていた為である。

ただ例え告白されたとしても伊織の気持ちは硬いので断っていただろう。


「そういう楓さんはいい人居ないんですか?」

「わ、私はその、あまりモテないのでそういったことは...」

「意外ですね」

「い、意外ですか!?」

「はい、楓さんは凄く綺麗な方なので相手が居ると思っていました」


ここで伊織の無自覚発言が楓を襲う。

気になっている男性に綺麗などというストレートパンチを受けた楓は混乱していた。


「(こ、これは脈ありなのですか!?分かりません、助けてください美月姉さん...)」


ちなみに今のところ伊織にその気は無く、単純に綺麗な人だと思ったのでそう言っただけだった。


「ち、ちなみに伊織さんのタイプの女性ってどんな方ですか?」

「タイプですか?そうですね、明るくて笑顔が素敵な女性がタイプですかね?」


伊織に全くそんなつもりは無いのだが、答えた女性のタイプはモロに白雪が該当していた。


「そ、そうなんですね...」


その言葉を聞いて楓は少し落ち込んだ。

楓はあまり明るい性格ではなく、昔は良く根暗だとイジられたことがある。

その時良く美月が楓の事を助けてくれたので、美月のことを今でも慕っている。


ただでさえ数少ない男性の退魔士で、伊織は楓の好みにかなり合致している。

そのため伊織の好みがそういった女性なら、自分も変わらなければならないと楓は考えていた。


「伊織さん。私、頑張りますね」

「...? はい、頑張りましょうね今回の仕事」


少しずれた回答をした伊織であった。


そのまま車は進んでいき、今回の依頼現場となる一軒家に到着した。

その家は傍から見る分には普通の家に見える。


「さて、こちらが今回の現場になります」

「普通の家ですね」

「そうですね、今回はランクの低い呪物なので外まで気配は漂ってこないかと思います」


時刻は日が傾き始め、夕日が差し込んでいる。

車から降りた伊織と楓は玄関へと足を進めていると、楓が助言をする。


「伊織さん、妖魔を召喚しておいた方がいいかと思います」

「あ、分かりました。シアナ」


伊織がシアナに呼びかけると、左腕から風が吹き荒れる。


「きゃっ」


その風に驚いた楓が小さな悲鳴を上げるが、風はドンドンと強さを増していく。

伊織の前で風が渦巻いていく。そしてパッと風が晴れるとそこにシアナが姿を現していた。


「今日はよろしくな」

「ん、頑張る(ケーキの為に)」


耳をピコピコと動かしながらやる気満点のシアナ。

その様子を驚きながらも楓は見つめていた。


「(式札からの召喚ではないんですね...。彼女は私が思っているよりずっと強い妖魔なのかも知れません。それと契約している伊織さんは一体...)」


通常、妖魔と契約するときは式札というものを媒介して契約を交わす。

式札を交わさずに契約することも出来るのだが、そうすると契約主の霊力が常に妖魔に流れ続けることになる。

これにより霊術の威力が落ちてしまったり、札術を上手く使えないと言った弊害が発生する。

そこで式札を媒介にすることにより、召喚時だけ霊力が流れ込むような契約を結ぶ事が出来る。

そのため基本的には式札を使った契約が一般的であった。


ちなみに契約する妖魔の格によって消費される霊力は桁違いに増えていく。

そのため楓はシアナレベルの妖魔と契約している伊織に驚いたのである。


「それじゃあ行きましょうか」

「は、はい。そうですね、行きましょう」


二人は呪物の眠る家に足を踏み入れる。


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