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深夜の出来事

深夜、伊織が寝ているときある人物が部屋へ近づいていた。


「うふふ、今日はどうやって主様と寝ようかしら?」


伊織の部屋へ向かいながらクシナがそう呟く。

今まで朝起きたらクシナが何故か隣にいることが多々あった。伊織はそれをクシナが寝ぼけて入ってきていると勘違いしているが、実際は伊織を起こさないよう慎重にクシナが忍び込んでいたのである。

そして伊織を起こさない程度に好き放題していた。


今日伊織から白雪に対する想いを口にされかけたクシナは、今まで以上に伊織にアタックしようと心に決めていた。

その一歩として、今日からは毎日伊織の部屋に忍び込もうと画策している。


「あら?」


部屋に入ろうとドアノブに手をかけ開けようとしたところ、鍵がかかっていた。

いつもは鍵なんてかかっていないのだが、伊織が念のためを思ってかけていたのである。


「うふふ、鍵をかけたのね主様?でもこんなものは私に通用しないわよ」


そう呟いたクシナは次の瞬間、火の粉になる。

そしていつの間にか伊織の部屋の中に侵入していた。


スヤスヤと眠る伊織を確認しそっと近づく。そして起こさないように布団に潜り込んだ。

布団の中に入ると伊織の香りに包まれ、とてつもない多幸感をクシナに与える。


「す~。あぁ、最高よ主様...」


クシナにとって伊織は特別な存在だ。

消えかけた自分を助けてくれ、四年間もの間毎週欠かさずクシナの所へ訪れ、そして何をしても優しい笑顔で語りかけてくれる。

そんな伊織と接しているうちに惹かれていき、いつの間にか自分より大切な存在になっていた。


だから何に変えても守りたいし、手に入れたい存在だった。伊織の首元に顔をうずめながら考え事をする。


「(今の主様の一番はあの女だけど、絶対に譲らないわ。例えどれだけ時間が掛かっても、一番になるのは私よ)」


これは比喩などではなく、本当にどれだけ時間が掛かっても、例え生まれ変わったとしても必ず伊織の一番になることを決意する。


「愛してるわよ主様、んっ」


伊織の頬に口づけを落とし、クシナは眠りについた。



翌朝伊織が目を覚ますと、クシナが横で寝ていた。


「す~、す~」

「鍵掛けたはずなんだけどな...」


クシナを起こさないように布団を抜け出し、扉の前まで歩くと確かに鍵は掛かったままだった。

一体どうやって部屋に入ったのか疑問に思うが、とりあえず鍵ではクシナを止められないことが分かった。


リビングに向かいながらクシナについて考える。

最近アピールの激しいクシナに白雪に対する想いを告げようとしたところ、私が一番になると宣言された。


今のところ伊織の気持ちは硬いが、しばらくクシナと一緒に生活する中で彼女が凄く良い女性なのは間違いないと感じている。

どちらかというと、伊織の好みにバッチリと合致していた。


「はぁ、どうするべきなんだろうな...」


クシナとは契約を交わしているので、これから長い付き合いになる。

そんな状態で無理にクシナを拒絶し関係が悪化するのは憚られる。


リビングに到着すると、珍しくシアナが目を覚ました状態でソファーに座っていた。


「おはようシアナ」

「ん、おはよう主。考え事?」


伊織の表情には何かを考えている事がありありと浮かんでいた。


「いや、実は...」


そして伊織は先ほどまで考えていたことをシアナに話す。

自分は白雪を想っていること、クシナのアピールが激しいこと、関係を悪化させたくないこと。

それを時々相槌を打ちながらも大人しく聞いている。


「って感じなんだ、どうすれば良いのかなって」

「ん、それなら簡単。どっちも一番に愛せばいい」

「はい?」


シアナからはそんな回答が飛んできた。


「どっちも一番にってどういうことだ?」

「ん、そのままの意味。二人とも主の番にすればいい」

「それって不誠実じゃないか?」


シアナの言葉は白雪とクシナの二人と付き合うことを指していた。

伊織の済む日本では一夫一婦制が採用されているため、あまり良い感情は抱かない。


「ん、優れた雄が複数の雌を娶るのは当然の事」

「いやでも...」

「ん、大丈夫。耳元で愛を囁けば一発」


そんなシアナのアドバイスになるのかならないのか分からない言葉を聞いていると、クシナがリビングに姿を見せた。


「ん~、主様~」


寝ぼけた様子で伊織に抱きつこうとする。それを伊織は避けようとしたのだが、意外にも尻尾が機敏な動きを見せて伊織の腕を捕まえる。

そしてそのまま尻尾に引っ張られクシナの腕の中に収まる。


「え!?」

「あら避けようとしても無駄よ?私からは逃げられないの」


そうしてクシナに抱きかかえられると、彼女特有の甘い香りがして頭がくらくらしてくる。

伊織は咄嗟にシアナに助けを求める。


「ん~、主様~」

「し、シアナ。助けてくれ」

「ん、ケーキ一つ」


伊織の要求に対してちゃっかりと自分の願いを込める。


「分かった!」

「ん、快諾」


その言葉を聞いた次の瞬間、伊織の視点は変化していた。

先程まではクシナに抱きかかえられて居たが、今はシアナが腰の当たりに抱きついて伊織を退避させていた。


「あら?私の邪魔をするのかしら?」

「ん、これは正当な依頼。ケーキのために」


伊織を取られたクシナは不機嫌さを隠そうとしないで問い詰める。

対するシアナは全く動じることはなかった。


睨み合いを続ける両者の間で霊力が高まっていく。

あまりに濃い霊力が漏れ出ているため、周囲の景色が蜃気楼のように揺らめく。


流石にこれはマズイと思い伊織が声を掛けようとしたとき、ふっと霊力が消えた。


「ま、やめておきましょう。貴女と私が戦ったら大変な事になってしまうわ」

「ん、同感」


無事に?二人が落ち着いたため伊織はホッとする。


「ごめんなさいね主様、感情が高ぶってしまったわ」

「あぁいや、これからは落ち着いてもらえると助かる」

「善処するわ」


色々な意味を込めてそういうがクシナにはあまり届いていないようだった。

こうして少しドタバタした朝を迎えながら伊織は大学へ向かった。





大学の講義が何事もなく終わり、伊織は依頼に行くために退魔士組合を目指して歩く。

組合前までたどり着くと、そこには車をバックにして楓が立っていた。


「すみません、お待たせしました」

「い、いえ!私も今来たところですので!(また恋人みたいなやり取りです!?)」


伊織は気になっていた車について尋ねる。


「この車は?」

「そこまで遠いわけではないので、車で向かおうかと...」

「なるほど了解です」


こうして車に乗り込み、依頼に向けて出発した。


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