冬木家で
白雪視点です。
SIDE:白雪
私は帰り道で増えた霊力について考えていた。
「まさか本当に霊力が増えるなんて思わなかったよ」
私の霊力量は一流と言ってもいいくらい多い、でも超一流には後一歩届いていなかった。
それが伊織君のマッサージを受けることで増えたので、今ではその領域に足を踏み入れている。
「まぁ霊力が増えた分、制御の訓練は念入りにしないと行けないけど。でも霊力の目標は達成できた」
霊力が増えるということはその分制御が難しくなると言う事。
伊織君が霊力を操るのが苦手な理由は多分元々の霊力が多すぎる為だと私は思っている。
そんなことを考えていると、いつの間にか家に到着していた。
私の家は純和風の家なので、大きい門をくぐって敷地に足を踏み入れる。
「お帰りなさいませ、白雪様」
「あ、ただいま~奈々水さん」
この人は水十菜々水さん、私の家で女中をしてくれている人だ。
ちょうど菜々水さんはお庭の掃除をしていたらしく、バッタリと出くわした。
「凄く上機嫌ですね白雪様」
「ん?分かっちゃう?」
「はい、それはもう。いつもより三割増しで笑顔ですよ?」
「えへへ~そっか」
どうやら浮かれているのが顔に出ていたようだ。
でも仕方ないよね?私の夢に一歩近づいたんだもん。
「お母さんは?」
「六花様は既に御帰宅なさっていますよ」
「へ~、今日は早いんだね」
「白雪様の帰宅が遅かっただけですよ」
呆れたような顔で言われてしまった。
「ありゃ、そっか、確かにいつもより大分遅いもんね...怒られるかな?」
「さぁ、それは六花様次第かと...。しかし怒られる可能性は高いですね」
「うぅ、やだな~」
そんな話をしながら玄関を開けて家に上がる。
靴を脱いで廊下を進んでいく。我が家ながら大きすぎるのでこうした移動が若干面倒くさいと感じる。
そして廊下を歩いていると...。
「おや白雪、今日は随分と遅い帰りですね」
この家の大魔王と出くわしてしまった。
「あ~、うん、ちょっと伊織君と遊んでて」
伊織君の名前を出すと、お母さんの目が鋭くなる。
「ふむ、また伊織さんですか。白雪、いつも言っていますが退魔士ではない男性はいけませんよ?」
伊織君の名前を出すといつもこの言葉をお母さんは言う。
しかし今日の私には秘策があった。
「ふっふっふ、実はね?伊織君は退魔士になったんだよ!」
「うん?どういうことですか?」
「まぁ少し長い話になるし居間に行こうよ」
「そうですね、分かりました」
お母さんと居間に移動して話を続ける。
今日こそお母さんに伊織君を認めさせて見せる。いつもは退魔士ではないことを盾にされてきたけど、もうその盾は通用しない。
「それで?その伊織さんとやらが退魔士になったとはどういうことですか?」
「うん、実は...」
私は依頼を受けたことから、その依頼で保護した野良の退魔士が伊織君であることをお母さんに話した。
「なるほど、実は妖魔と契約していたと...そして妖魔を退治していたのですね?」
「そういうこと、美月さんからも直々に退魔士にならないかって誘われてたよ」
「ふむ、そうですか。美月から...」
お母さんは何かを考えている様子だ。
いつもは伊織君の話をすると有無を言わさずダメだと言われるけど、今日の私はスーパー白雪だ。たとえお母さんが相手でも負ける気はしない。
「白雪、あなたは伊織さんの事が好きなのですよね?」
お母さんからそんな当り前の質問が飛んできた。しかし私の答えは違う。
「ちっちっち。お母さん、そんな好きとかいうちゃちな感情じゃないよ。私は伊織君を愛してるの」
「そうですか」
渾身のドヤ顔でそう伝えたけど、お母さんの表情は一ミリも動いていない。
だから絶氷の女帝とか言われるんだよお母さん...。
「あなたの目から見て、その伊織さんとやらの将来性はどうなんですか?」
「全てにおいて無限大だねっ!」
伊織君の将来性など考えるだけでも凄まじいものがある。
今日初めてシアナちゃんが戦闘しているところを見たがとんでもないものだった。
シアナちゃんだけでも凄いのに、そこに伊織君の札術で強化とかしたら凄いことになるだろうと予測できる。
もしかしたら、最短で一等星まで行けるかもしれない程の可能性を秘めてると私は思っている。
「あなたに聞いた私が馬鹿でした」
「むぅ」
どうやらお母さんは私の惚気と受け取ってしまったらしい。
まぁいつもいつも伊織君の話ばっかりしているので仕方ないかもしれない。
「まぁでもそうですね、退魔士の男性は非常に貴重なので、認めましょう」
「ん?何が?」
「ですから、あなたと伊織さんとの交際を認めますと言っているのです」
「え?本当に?」
あまりにもあっさりと言われたので驚いて聞き返してしまう。
幻聴じゃないよね?
「えぇ、本当です。そもそも退魔士の男性であれば断る理由がありません」
「え、じゃあ伊織君とお付き合いしてもいいの?」
「だからそう言っているではないですか」
「...っ、ありがとうお母さん!」
言葉の意味を理解した私はお母さんに抱きついてしまった。
やっと、やっとだ。やっと私はこの大魔王を倒すことに成功した。
「ふぅ、幸せになるのですよ?」
「うん!もちろんだよ!」
お母さんの顔を見ると穏やかな笑顔を浮かべている。
これで伊織君との間にあった最大の障害が取り除かれたことになる。
後は私の実力が伊織君を守るのに足りるものになった時、この溢れる想いを伝えよう。
さてそろそろお母さんから離れて部屋に戻ろうかなと考えているとき、お母さんが腕に力を込めた。
「それと白雪、なぜあなたの霊力がこんなにも上がっているか説明してもらえますよね?」
どうやらお母さんの目は誤魔化せなかったらしい。
流石冬木家の現当主、感知能力が鋭い。
「あー、そのー、なんか突然増えたんだよね?」
「ありえませんね」
先ほどの柔らかい笑みはどこへやら、とても冷たい目で私を見下ろしている。
その目で見つめられていると何故か冷や汗が出てくる。
「あなたもわかっているでしょう?霊力は普通そんな急激に伸びないことを」
「えーと、うん」
「しかし不思議なのが、増えた霊力が完全にあなたに馴染んでいること、これが一番不思議なのですよ」
流石お母さんだ、そんなことまで分かるんだ。
実は霊力を急激に増やす方法は二つ存在する。
一つは危険なクスリを飲むこと、これを飲むと一時的に霊力が増加する。
しかし同時に無理やり霊力を上げるので寿命を消費してしまう。
そしてもう一つは呪物を己の体に取り込むことである。
こうすることで呪物に宿る霊力を自分のものに出来る。しかしこれは諸刃の剣で、呪物によってはその意思を乗っ取られてしまうことがある。
まぁこの方法を使って強くなる化け物家系もあるんだけど...。
「それで白雪?あなたは何に手を出してそんなにも霊力を伸ばしたのですか?」
「う~ん、こればっかりはお母さんでも内緒」
「...」
私がそう言うと、お母さんから冷気が発せられる。
これは比喩ではなく本当にお母さんから冷気が出ているのだ、お母さんがブチ切れる寸前の合図だ。
「で、でも本当に危ないことはしてないよ!?クスリも飲んでないし呪物も取り込んでないよ!」
「では何故それほど霊力が増えたか説明出来ますよね?」
「それは...ごめんなさい」
例えお母さんであっても伊織君の事は少し内緒にしていた方が良いだろうと思っている。
まぁ伊織君をお母さんに紹介して、仲良くなった後なら全然話してもいいと思うけど。
「でも絶対、絶対近いうちに話すから...」
「はぁ、分かりました。本当に危ないことはしていないのですね?」
「うん、冬木家に誓って」
「そうですか...ではひとまず聞かない事にします」
そう言いお母さんから冷気が消えた。
危なかった。あのままだと私は氷漬けになってたかも知れなかった。
「それはそうと、今度その伊織さんを家に連れてきなさい」
「ん?うん分かったよ、ちゃんとお付き合いしたら連れてくるね?」
「あなた、まだ付き合っていなかったのですか?」
「え?うん、付き合ってないよ?」
「そうですか、私はてっきり隠れて付き合っているものだと思っていましたが...」
どうやらお母さんは私と伊織君が恋仲だと思っていたらしい。
流石の私も冬木家の事を考えると、そんな半端な真似は出来ない。
まぁ、伊織君以外の男と付き合うなんて死んでも嫌だけど。
「伊織君とお付き合いするなら、ちゃんとお母さんに認めさせてからだと思ってたしね」
「そうですか、ではちゃんとお付き合いしたら連れてきてください」
「うん、分かったよ。絶対お母さんも伊織君の事気に入ると思うんだよね」
「楽しみにしておきます」
こうして私は居間を出て、自分の部屋に向かった。
そしてこの時の私は思いもしなかった、近い未来であんなことになるなんて...と。
最後不穏な終わり方でしたが、別に暗い展開があるわけではありません。
まぁ白雪にとっては衝撃的な展開かもしれませんが...。




