認識の違い
伊織と白雪は講義が一段落した後、食堂で食事をしていた。
「それでシアナは良くテレビを見てるんだけど、それでケーキに興味を持ったらしくて昨日食べさせてみたんだ」
「ふ~ん、そうなんだ。どうだったの?」
「本人曰く昔はお供え物の和菓子が唯一の楽しみだったらしくて、めちゃくちゃ喜んでた」
「へ~、お供え物ね...(つまりシアナちゃんはお供え物をされるくらい信仰されてた存在ってこと?)」
冬木家は古い家系である。そのため妖魔についての情報はかなり多い。
白雪も幼い頃からその知識に触れていたので、一般の退魔士と比べて知識が多い。
しかしその知識をもってしてもシアナのような存在に心当たりは無かった。
「いつもは無表情なんだけど、ケーキ食べた時だけは目を輝かせててさ、今後も買ってあげたほうが良いかなって思ったんだ」
「確かにこの前シアナちゃんを見たときかなり無表情だったね、あれが通常なんだ」
その話を聞きながらも、伊織とケーキを食べたという話に嫉妬せざるを得ない。
私も伊織君とケーキデートしたい、そんな思いが白雪の中で膨らんでいた。
「なんか私も話を聞いてたらケーキ食べたくなってきたよ」
「お、じゃあ帰りに寄ってくか?結構美味しかったんだよあそこのケーキ」
「うん!寄ってこう!」
そうなったら良いなと思いながら言葉を口にすると、その通りに話が進んだので白雪は神に感謝する。
『主、私のも』
『私のも欲しいわ主様』
『はいはい、分かったよ』
「なに食べようかな~。ねぇねぇ、伊織君は何を食べたの?」
「俺か?俺はチョコレートケーキだったんだけど、かなり美味しかったな」
「あ~、その選択も捨てがたい...」
そんな話をしながら時間は過ぎていく。
あっという間に帰る時間となり、伊織と共に近くのケーキ屋へ寄る。
「いらっしゃいませ~、あら?昨日も来てくれましたよね?」
「えぇ、凄く美味しかったのでまた来ちゃいました」
「ありがとうございます!今後とも御贔屓に」
「むぅ」
傍から見てもその店員はかなり美人だった。
そんな店員とやり取りをしている伊織を見て白雪は少しムッとする。
内心自分はこんなに嫉妬深かったかと疑問に思う。
「ねぇねぇ伊織君、このケーキとか凄く美味しそうじゃない?」
そういいながら伊織の手を掴み、白雪は自分の方へ注意を向ける。
「お、どれだ?このケーキか、確かに美味しそうだな」
「そうだよね?私これにしようかな~」
白雪が指さしたのはチーズケーキだった。
昨日これは買ってないなと思ったので伊織はチーズケーキを買っていく候補に入れておく。
「俺はショートケーキにしようかな」
『私は昨日主が食べてたやつがいい』
『私もそれが食べたいわ』
『りょーかい』
二人からどのケーキが食べたいかも聞けたので、伊織はそのケーキたちを注文する。
「ショートケーキ一つとチョコレートケーキを二つお願いします」
「はいかしこまりました、少々お待ちくださいね?」
「うん?なんで三つも買うの?」
伊織とシアナの分であれば二つでいいはずなのに、何故三つも買うのか少し疑問に思った。
その言葉を聞いて、伊織はクシナの存在を秘密にしていたことを思い出す。
「え?あ~、シアナがケーキを凄く気に入ってたから少し多めに買おうと思って?」
「ふーん?伊織君はそんなにシアナちゃんの事を気に入ってるんだ」
何故だか白雪の言葉から棘を感じる。
その表情は何かを訝しむような表情をしており、半眼で伊織の事を見つめている。
「気に入ってるというか、シアナにはいつも助けられてるからそのお礼だよ」
「ふ~ん?」
未だに白雪の機嫌は直らない。
不機嫌そうな表情をしながら、白雪は違うことを考えていた。
「(私だって伊織君のことを守れるのに...てか伊織君の気が付かないところで良くお祓いとかしてたし、少しくらい積極的に行ってもいいよね?)」
「そ、それより白雪は決まったのか?」
「うん、私も決まったから買ってくるよ。すみませーん!このチーズケーキください!」
「はーい、少々お待ちください」
ケーキを無事に購入した二人は店を出る。
そして店を出たとたん、白雪は伊織の腕を抱きしめた。
「し、白雪?何してるんだ?」
「ん~?ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど...」
さっきまでの不機嫌そうな顔はどこへやら、満面の笑みを浮かべながら足を進めている。
何故こんな上機嫌なのか分からない伊織は、女心は難しいなと考えていた。
電車に乗り、伊織の住む八王子まで向かう。
二人はたわいない会話をしながら伊織の家に向かって歩いていると、空間に歪が走った。
「んにゃ?こんなところで珍しいね、妖魔かな?」
「あぁ、多分そうだろうな」
白雪からしてみれば、このように何の前触れもなく妖魔が現れること自体が少ないので少し驚いていた。
伊織はもう日課となっているその光景を落ち着いて眺めている。
「なんか落ち着いているね伊織君」
「まぁ、毎日襲われてるからな」
「え?毎日襲われてるの?」
伊織から妖魔に襲われる話は聞いていたが、まさか毎日襲われているとは夢にも思わなかった。
「そうだぞ、大体この辺の道でいつも妖魔が出てくるんだよ」
二人がそんな会話をしていると、空間が割れ中から妖魔が現れる。
今回現れたのは青い肌をした鬼であった。
「うわ、青鬼だ。またちょっと強いのが出てきたね」
「シアナ、頼めるか?」
伊織がそう口にすると、左腕から風が吹き荒れシアナが姿を見せる。
「ん、らくしょー。ケーキの為に頑張る」
「(うそ、前見た時より明らかに霊力が上がってる?)」
伊織からマッサージの話は聞いていたが、まさか感知で分かるほど霊力が上がっているとは思わなかった。
そしてシアナの姿が消えると、轟音が鳴り響く。
そちらの方に目を向けると、シアナが足を振りぬいた状態で静止していた。
青鬼はどうなったのかと言うと、上半身が吹き飛んでいた。
「一撃って...うそでしょ?」
「ありがとうシアナ、助かったよ」
シアナの頭を撫でながら、お礼をいう。
気持ちよさそうに撫でられていたシアナであるが大事な事は忘れない。
「ん、その代わりケーキ」
「はいはい、帰ったらな?」
そして満足したのか、シアナはブレスレットに戻った。
「伊織君、青鬼ってね?凄く防御力に特化した鬼なの」
赤鬼はいわゆるオーソドックスな鬼だ。小鬼は赤鬼と同じ攻撃力を持ちながら速さに特化してる。
そして青鬼は赤鬼と同じ攻撃力を持ちながら、非常に硬い皮膚を持っており防御力に特化している。
そのため攻撃を通すことが難しいのだが、シアナの前では力不足であった。
「へ~、そうなんだ。初めて見たよ」
「あんまり出てこないタイプだからね。それでシアナちゃん一撃だったよね?」
「あぁ、気が付いたら終わってたな」
シアナの姿が見えなくなったと思ったら既に戦闘は終わっている。
伊織にとってはいつもの光景であるが、白雪には衝撃が強かったらしい。
「いつもこんな感じなの?」
「うん、大体こんな感じかな?」
「そ、そうなんだ(私が思っていたよりとんでもない妖魔なんじゃないかな?それと契約できる伊織君って一体...)」
初めてシアナを見た時から、強い妖魔なのだろうと思っていた白雪だが、まさかここまでだとは思わなかった。
それに白雪の目を持ってしてもシアナの動きは見えなかったので見えなかったので、戦ったら間違いなく負けるだろうなとも考えていた。
「それよりほら、妖魔も倒したことだし家に行こうか」
「それよりって...まぁ行くけど」
どうやら白雪と伊織の間で妖魔の認識が異なっているようだった。
伊織の中では妖魔とは毎日襲われる存在であるが、今ではクシナやシアナが倒してくれるのでそこまで脅威に感じていない。
それに対して白雪は、妖魔は危険な存在でミスを犯せば自分でも怪我をするリスクのある相手である。
すこし釈然としない気持ちもあるが、今は伊織のマッサージの真相を探るべく白雪は足を進める。




