何故か上がった妖術の威力
本日二話目です。
次の日、伊織は久しぶりに一人で大学まで歩いていた。
伊織が退魔士になってからは毎日のように白雪と登下校していたのだが、どうやら依頼が入ったらしく今日は一緒に行動できないとスマホに連絡が来ていた。
最近白雪との距離が近づいていたこともあり、少し寂しいという想いを感じながら伊織は足を進める。
『今日はあの女はいないのね?』
『前から思ってたんだけど、クシナは白雪に対して当たりが強くないか?』
クシナは伊織以外の人間を呼ぶとき、少し冷たい印象を受ける。
『そうかしら?もしかしたら価値観の違いかも知れないわね』
『価値観の違い?』
『そうよ、私たち妖魔は長い時間を生きるわ。だから自然とそういった人付き合いも希薄になっていくのよ』
クシナにこの事を伝えると怒るが、クシナも長い時を生きてきた妖魔である。
そのため今まで数えきれないほどの出会いと別れを繰り返してきた。
『私たち妖魔と同じ時を過ごせるのは、同じ妖魔か化け物レベルの人間だけよ。だから普通の人間に対してはあまり深く関わらないようにしているの』
『なるほどな、そんな事情があったのか。シアナもそうなのか?』
『ん、概ねクシナと一緒』
クシナたちのそんな事情を聞いた伊織は少し悲しい気持ちになったが、あまり無理強いすることではないなとも思う。
『それで白雪だけど、退魔士組合から依頼が入ったらしくて今日は一緒に行動できないらしい』
『そうなのね、そのうち主様にも依頼があるのかしら?』
『そうだな~、ちょっと受けてみたい気持ちもある』
伊織は以前説明を受けた退魔士の依頼について興味があった。
ただ積極的に受けたいと言ったほどではなく、機会があれば経験してみたいなといった程度だが。
『その時は任せてね主様?たとえ神格を持った妖魔が現れたとしても私とシアナが守ってあげるわね?』
『ん、任せて』
『頼りにしてるよ』
そんな話をしながら大学へと向かった。
講義を受けた後は食堂で食事をする。
今日のメニューは豚の角煮だった。家で作るのは時間がかかるのであまり食べられない料理だ。
『主、それなに?』
『これは豚の角煮っていう料理だな。豚肉を長い時間煮込むんだよ』
『ん、美味しそう...』
シアナから凄く食べたそうな感情が伝わってくる。
『家で作るのは難しいけど、店で買うことは出来るから今度買おうか』
『ん!ありがと』
そんなことがありながら食事を進め、講義が終わった後は帰宅する時間になる。
前日にシアナからケーキが食べたいと言われていた伊織はケーキ屋さんに寄っていくことにした。
コンビニで買ってもいいのだが、シアナは初めてケーキを食べるのでなるべく美味しいものをご馳走してあげたいと伊織は考えていたのである。
大学近くにあるケーキ屋さんへ足を運ぶ。
「いらっしゃいませ~」
『凄い、ケーキが沢山』
『どれが食べたい?』
『ん、迷う...』
久々に伊織も食べたくなったので自分の食べたいものを選んでいくことにした。
『クシナも選んでいいよ』
『あら、いいのかしら?』
『確かクシナも食べたことなかったよな?』
『そうね、まだ食べたことないわね。それじゃああのイチゴの乗っている物が食べてみたいわ』
『ショートケーキだな、分かった』
伊織はオーソドックスなチョコレートケーキを選び、クシナはショートケーキを選んだ。
『ん、決まった。あの沢山果物が乗ってるやつが良い』
『このタルトか?』
『ん、それ』
『りょーかい』
伊織は三人分のケーキを購入し、帰路に就く。
家の最寄り駅に到着し歩いていると、再び空間の歪が現れた。
もうすでにお馴染みの光景となりつつあるその歪を眺めていると、今回は着物を来た女性が現れた。
ただその女性は髪が以上に長く、顔を覆い隠している。
そしてその動きは非常にカクついたもので、非常に不気味であった。
「ア、アァァァ」
「うわ、こわっ」
ゆっくりとだが伊織に近づいてくるその妖魔を見ていると、伊織の右腕から炎が噴き出しクシナが姿を表した。
「久しぶりに私が相手してもいいかしら?この妖魔は私の方が相性が良いのよ」
「あぁ、大丈夫だよ」
クシナと話していると、その妖魔は息を吸い込む動作をしていた。
そして吸い込んだ息とともに瘴気を吐き出す。
「アァァァァァァァアアアアア!!!」
「無駄よ」
クシナが指を一つ鳴らすと、炎の壁が現れ瘴気を防ぐ。
「この妖魔は叫瘴女といって、その名の通り瘴気を吐き出してくる妖魔なの。そして瘴気で弱った相手を食べてしまうのよ」
「中々怖いな存在だな...」
叫瘴女は瘴気を吐き出し続けているが、全てクシナの炎に阻まれていた。
そして叫瘴女の攻撃が終わるころ再びクシナが指を鳴らす。
「これで終わりよ」
その言葉と共に放たれた炎が叫瘴女を包み込む。
いつも見ている光景だがこの日は少しだけ違っていた。
炎は勢いをドンドンと増していき、止まるところを知らないようだ。
「なぁ、なんか炎の勢い強くないか?」
「あ、あら?」
そして次の瞬間、炎は爆音と共に柱となって天を貫いた。
「やばっ」
「うおっ!」
クシナが咄嗟に防御の妖術を張り巡らせ、伊織たちの周りに炎が渦巻く。
その妖術に守られながら、未だ天を貫く炎を二人は呆然と眺めていた。
「なぁクシナ、あの妖魔に何か恨みでもあったのか?」
「いえ、そんなことないわよ?おかしいわね...私が術を誤る何て...。いえ、でもこれは術を誤ったというよりも力が強くなっている?」
クシナは自分の掌を眺めながら何事かを考えている。
しばらくすると炎も落ち着いてきたので、クシナは術式を解いた。
「まぁちょっとしたアクシデントはあったけど、ありがとうクシナ」
「...えぇ、ひとまず早く帰りましょ?」
そういいながらクシナはブレスレットに戻り、伊織はいつもより足早に自宅を目指した。
家に到着しリビングへと入ってくると、クシナとシアナがブレスレットから姿を見せる。
「それでさっきの件なのだけど、私なりに仮説を立ててみたわ」
「お、そうなのか。そんな仮説なんだ?」
「まず、改めて私の霊力を見てみたのだけれど、気が付かないうちに凄く霊力が上がっていたの」
「ふむ?なるほど?」
どうやらクシナの霊力は身に覚えは無いが上がっているらしい。
何かあったかと伊織は考えるが、特に心当たりは無かった。
「それで私自身に何かあったのか考えていたのだけれど、一つだけ心当たりがあったわ」
「俺も少し考えてたけど、俺には心当たりは無いな」
「主様、昨日私にマッサージをしてくれたでしょう?多分あれが原因よ」
「え?マジで?」
クシナは伊織のマッサージが霊力上昇の原因だと語る。
まさか自分のマッサージが原因だとは思わなかった伊織は驚いている。
「でも本当に?ただマッサージしただけだぞ?」
「今思うと、主様にマッサージをしてもらっているとき、何かが流れ込んでくるイメージがあったの。多分それが原因かも知れないわ」
「俺は何も意識してなかったけどな~...」
未だに自分のマッサージでクシナの術があれほどパワーアップしていたことが信じられない伊織。
「それじゃあ試してみましょうか?」
「試すってどうやって?」
「シアナにマッサージをしてみましょう。多分直ぐに効果は出るはずよ」
そうクシナが提案すると、机の上に置いてあったケーキを眺め続けていたシアナが反応する。
「ん、私?」
「えぇそうよ、主様にマッサージをしてもらっても良いかしら?」
「...。分かった、私も胸が大きくて肩が凝ってるからちょうどいい」
一瞬だが何か悩んだ様子であるが、特大の爆弾と共にシアナは了承した。
「ぶふっ」
「主?今笑った?ねぇ主?」
「いや、笑ってないぞ?うん、笑ってないよ」
「主こっち見て?ねぇ主?」
「そ、それよりマッサージをしようか!ほらソファーに座って」
「むぅ、不服」
伊織は腹筋が破壊される前に、マッサージを始めることにした。
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