伊織、退魔士になる
白雪は伊織にも状況が分かりやすいように、最初から報告を始める。
「伊織君にも分かりやすいように最初から話すね?」
「あぁ」
「最近、八王子付近で妖魔が沢山出てね?でも現場に退魔士が行っても妖魔の姿は確認できなかったの」
「うん」
「そのことから、私に調査の依頼が来たの」
白雪は伊織の方を見ながら説明を続ける。
ちなみにこの間も白雪は伊織の腕を抱きしめ続けている。
「それで私が調査を続けていると、退魔士組合に所属していない野良の退魔士が妖魔を退治しているんじゃないかって疑いが出てきたの」
「そうなのか」
実際に白雪は白鴉からの報告で、妖魔の近くに二人の男女がいると報告を受けていたため、野良の退魔士がいることを確信していた。
「それで妖魔が出てくる場所もある程度絞り込めてきたから、その近くで待機してたら伊織君を見つけたってわけ」
「そういう事だったんだな」
「何か質問とかある?」
白雪にそう問いかけられた伊織は少し考える。
伊織は退魔士組合に向かう途中で、退魔士について軽く説明を受けていたが詳しくは知らないのでそのことが気になった。
「結局退魔士ってどういう存在なんだ?」
「それは私から説明するわね?」
伊織が疑問を口にすると、美月が答えてくれる。
「退魔士はね?悪霊や妖魔といった悪い存在から一般市民を守る仕事をしているの」
「やっぱり被害が出てるって事ですか?」
「そうね、力のある存在を放っておくと被害が出てしまうわね」
その説明を聞いた伊織は妖魔に襲われたことを思い出していた。
伊織にはその存在が見えているが、見えない人たちからすると気づかないうちに殺されているだろう。
「退魔士は行ってしまえば世界のバランスを守る仕事なの」
「世界のバランスですか?」
「そうよ、悪霊や妖魔が世界に溢れてしまえば普通の人たちがまともに生活できなくなってしまうわ。それを阻止するために日夜戦っているの。」
「なるほど、分かりました。ありがとうございます」
退魔士がどういった存在なのかを理解した伊織は納得する。
「それで伊織君の契約している妖魔だけど、中々強い子と契約しているわね」
美月の視線がシアナに向くが、シアナは机の上にあるお菓子に夢中なようだ。
「食べていいわよ?」
「ん、頂きます」
シアナはお菓子を頬張り満足げな表情をしている。
その様子を眺めながら美月は思案する。
「(この子、本当に格が高いわね。姿だけではなく食べ物を食べられるなんて...。強さとしては私の契約している存在と同格かしら?そうだとしたらかなり貴重な戦力になるわね)」
「美味しいか?」
「ん、甘くて美味しい!」
「そっか、良かったな」
「む~」
伊織がシアナの頭を撫でていると、白雪が不機嫌そうな表情をする。
そんな三人を眺めながら美月は提案をした。
「伊織君、是非退魔士組合に入ってくれないかしら?」
「え?俺が退魔士組合にですか?」
「そうよ、それに退魔士組合に入ればお得な事もあるわよ?」
「お得なこと?」
美月にそう提案され少し驚いた伊織だが、お得な事があると聞かされ少し興味が沸く。
「なんと退魔士組合に入るとね?妖魔を倒すだけで報酬が貰えるのよ」
「え、そうなんですか?」
実際のところ伊織はクシナやシアナと生活するようになってから食費が増えていた。
今後の事を考えると何かバイトをした方がいいかなと考えていたこともあり、食い気味に話を聞く。
「そうなの、退治する妖魔の格にもよるのだけれど大体このくらいの報酬が貰えるわよ」
「こ、こちらに金額が書かれています...」
「え?倒すだけでこんなに?」
そうして楓から渡された書類には5桁から7桁の数字が書かれていた。
その金額の多さにビックリした伊織だが、かなり前向きに考え出す。
「実際の仕事内容とかはどんな感じですか?」
「そうね~、基本的な仕事は悪霊や妖魔の退治になるわね。他にも危険な呪物の回収または破壊といった依頼が組合から発生することがあるわ」
「なるほど...」
妖魔の退治については日頃から妖魔に襲われ、クシナやシアナが退治してくれているので問題ない。
呪物に関してはよくわからなかったので質問をする。
「その呪物というのは?」
「この世界には人の想いや霊的存在が憑依した危険な物体が存在するの、それを総じて呪物と呼んでいるわね。呪物は存在するだけで周りに影響を与えてしまうの」
「そんな物があるんですね」
呪物の説明を聞き、回収くらいなら自分でも出来るだろうと思い伊織は退魔士組合への所属を決めた。
「分かりました、退魔士組合に入りたいと思います」
「本当に!?」
「良かったわ、じゃあ早速手続きを進めるわね」
伊織のその言葉を聞いて一番喜んだのは白雪であった。
退魔士組合に所属するための書類を楓に渡されたので記入していく。
記入が終わったので書類を楓に渡すとそれが美月の手に渡る。
「問題なさそうね、それじゃあ判子を押してっと...」
美月は書類を確認した後に机から取り出した判子を押すと、書類が青い炎に包まれて燃え上がる。
そして炎が晴れると、そこには一枚のカードがあった。
「これが退魔士組合に所属していることを証明するカードになるわ」
「ありがとうございます」
伊織がカードを確認すると、そこには名前や階級が書かれていた。
「この五等星というのは?」
「それは退魔士の階級ね、五等星から一等星まであるの。妖魔の退治や依頼をこなすことで階級が上がっていくわ」
「なるほど、分かりました」
「それじゃあ今日はもう帰っても大丈夫よ。白雪ちゃんも今回は依頼ありがとうね?」
「いえ、むしろ私に依頼してくれてありがとうございました!失礼します」
「ありがとうございました」
美月にそう言われたため伊織と白雪は退出する。
SIDE:美月
「...。凄い子が入ってきたわね~」
「そうですね、かなり強い妖魔でしたね」
白雪ちゃんたちが退出した後、部下の楓と話す。
「確かにあの妖魔ちゃんも凄かったわね」
「はい、私でも勝てるかどうか分からないですね」
「確かに今の楓ちゃんだと少し厳しいかも知れないわね」
楓ちゃんには分からなかったかも知れないけど、あの妖魔ちゃんからは少しだが神格が感じられた。
もし本当に神格を持っているとしたら格が高いどころの話ではなくなってくる。
「(それにしても久遠...ね)」
私には少しだけ彼の苗字に心当たりがあった。
もし私の予想通りなら彼が妖魔と契約したことも納得できる。
「それにしても新しい男の子が入ってきてくれて良かったわね~」
「そう...ですね...」
「楓ちゃんはどうだったかしら?」
「とてもいい子だと思いました」
私がそう問いかけると少し的外れな答えをしてきた。
違うのよ、私が聞きたいのはそういう事じゃないの。
「そうじゃ無いわよ、楓ちゃんの好みだったのかって話をしているの」
「え!?そ、そうですね...。はい、実は凄く良いなって思ってました」
「やっと楓ちゃんにも春が来たわね~」
退魔士の世界は男女比が凄く偏っているため、男の子が少ない。
その少ない男の子の中から自分の好みの人を見つけるとなると凄く難しかったりする。
伊織君を見た楓ちゃんの様子からも、彼女か彼を気に入ったことは直ぐに分かった。
「私は応援するわよ」
「でも白雪さんと凄く仲が良さそうでしたね」
「伊織君は白雪ちゃんと幼馴染らしいの」
「え、そうなんですか?」
私は白雪ちゃんと話すことも多いから、少しだけプライベートな話も聞いていた。
その話の中で、好きな男の子がいるけど彼は退魔士の世界には居ないので付き合うことが出来ないと悲しそうに話していたことがあった。
おそらく伊織君がその男の子なのだろう。
「多分正妻は白雪ちゃんになりそうだけれど、それ以降は狙えるかも知れないわよ」
退魔士の世界では男性が少ないので一夫多妻が認められているため、楓ちゃんにもチャンスがある。
「そ、そうでしょうか...」
「そうよ、楓ちゃんは美人なんだから沢山アタックしてゲットするのよ」
「わ、分かりました。頑張ります!」
そんな楓ちゃんの様子を見ながら少し考え事をする。
「(凄く優しそうな男の子だったし、東京支部は荒れそうね~。でも面白くなりそうだわ)」
私はそんな予感を感じながら仕事を再開した。