タカシルート 後日談
タカシと結ばれたルートの後日談です。
多分唯一、プロポーズを書いたカップリングでもあります。なんで肝心なシーンほとんど書いてないんだこの作者(言い訳すると、スズエの方が基本まだ大学生なので……)。
休み時間、スズエが大学で仕事をしていると、男子が声をかけてきた。
「なぁ、森岡。今度飲み会行かね?」
「ごめん、ちょっと忙しいから無理かな……」
毎回こうやって断っているのだが、この男子は何度も誘ってくるのだ。
「森岡も、たまにはハメ外そうぜ?」
「仕事が忙しいの。ほかの人を誘って」
「合コンも興味ねぇの?」
「ないよ」
絡まれているスズエは小さくため息をつく。
「いつも振られてるのに、よくやるわね……」
「あいつ、森岡のことが好きらしいぞ」
周囲からはそんな会話が聞こえてきた。
――一応、恋人がいるんだけどなぁ……。
皆には秘密にしているため、知らないのも無理はないが。相手は八歳も年上のタカシだし、公にするものでもないだろう。
――それに、私が何かしたらすぐにニュースになるから嫌なんだよなぁ……。
それが、公表しないもう一つの理由だ。数年で立て直した天才研究所長というだけで有名になっているのに、恋人が出来ましただとかメディアにとってはいいネタだろう。
などと思っているが、要はめんどくさいのである。ただでさえ目立っているというのに、さらに目立つような行動はしたくない。
「とにかく、私はやりたいことをやってるから。お酒とか飲んで実験に失敗したとか目も当てられないの」
きっぱりと断った。これでもう来ないだろうと思っていた。
の、だが。
「なぁなぁ、森岡ー」
なおも絡んでくる男子に、いよいよ耐えられなくなる。
「……分かったよ。今回だけね」
頭を抱えて、スズエは了承する。実は今月中に終わらせないといけない仕事があったのだが、そこは明日大学が休みだし、そこに詰め込もうと誓う。
だが、スズエはどうしても腑に落ちないところがあった。
(多分、うちに入りたいんだろうな……)
スズエの研究所は超ホワイト企業で有名だ。その分、入れる人数も限りがある。しかも、この間ニュースで取り上げられたばかりだ。
そんな中、こうやっていい機会が出来ているのだ。好印象を与えていたら内定をもらえると思っているのだろう。もしくは既成事実を作りたいのか。
(そんなに簡単なものじゃないんだけどな……)
あくまで研究施設、研究の一つも出来ない人はあまり引き入れたくないのだが。
説得力はないけどさ。
事務員に料理人、保育士など、いろいろな人を雇っているのだからそれを言われては何も答えられない。
なんて、そんなことを考えている暇はない。学校が終わり、一度研究所に向かう。
「兄さーん……今日友人を飲みに行くことになったー……」
「そうなんですか?珍しいですね」
めんどくさーい……と言いたげな妹の声に、本当は行きたくないんだなぁとエレンは苦笑いを浮かべる。
「それに、男の人からだからさ……本当に嫌なんだけど」
「それは……危険ですね」
「うん。一応、GPSはつけておくから、何か異変が起こったらすぐに来てくれる?」
「スズエ、一体どういうことだ?」
ポンッと肩に大きな手が置かれ、スズエはビクッと震える。しかし、褐色を認識して安堵した。
「タカシさん。いえ、最近ウザ絡みされるのが酷くて。かといって恋人公表とかすると面倒なので」
「まぁ、そうだな。俺の方も今の段階で公表はあまり好ましくないからな」
タカシはすでにいつ結婚報告するかというのは決めているが、まだタイミング的によろしくない。
(せめてスズエの卒業が決まった段階で公表するべきだもんな……)
スズエももう大学四年で、近いうちに卒業出来るかも分かる。そしてそこでタカシも試合がある。
(あんま凝ったプロポーズなんて出来ねぇけど……)
割と考えているのだ、こう見えても。
「とりあえず、行ってきますね。何かありそうなら連絡するなりどうにかしますけど、GPSを付けていますから飛び込んできてもいいので」
「了解」
まぁ、恋人を手放すつもりなど毛頭ない。怪しい動きがあった時点で飛び込もうと一人計画立てる。
スズエが行った後、エレンに肩を叩かれた。
「タカシさん」
「おう」
ガシッと手を握る。思っていることは同じらしい。
数時間後、エレンのスマホが鳴り響いた。これは危険を伝えてくれる機能だ。ちなみにスズエが自分で作った。
「行きましょうか」
「そうだな」
二人はユウヤ達も連れて即車に乗り込む。ちなみに運転はエレン。
着いた場所はホテルだった。スズエがこんなところに自ら来るわけがないので、無理やり連れてこられたのだろう。
「はいはーい、スズエを連れ込んだ馬鹿どもはどこのどなたー?」
ユウヤはスズエが連れ込まれたであろう部屋に蹴破って入る。その顔は笑顔だが、思いっきりどす黒い何かが出ていた。
「う、うーん……ここは……?」
ベッドにはスズエが転がっていた。タカシが駆け寄ると、男子達は逃げていこうとする。しかし、
「逃げられると思わないでね?」
アイトがしっかりホールドしていた。そのまま、どこかに連れていかれてしまう。
「大丈夫か?スズエ」
「大丈夫……お酒に睡眠薬が入れられていたみたい……」
大きなあくびをしながらスズエは答える。それは犯罪なのだが、エレンあたりがどうにか対処するだろう。
キョロキョロと周囲を見渡したスズエは目を丸くした。
「それで、ここどこですか?ホテルみたいですけど」
「あー……スズエは知らなくていいことだぞ」
タカシが顔を赤くしながらそう答える。スズエは首を傾げながら「分かりました……?」と頷いた。
そのまま、家に帰る。ちなみに帰りは歩きだったのだが、スズエはふらふらしていたのでタカシが背負って帰った。
「まったく……やっぱり下手に行くものではないですね。助かりました、タカシさん」
「スズエが無事だったら、別に構わない。……一応、もう卒業資格はあるんだよな?」
「そうですね。よほどのことをしない限り、絶対に卒業出来ますよ」
それなら……とタカシは考え込む。
「どうしました?」
「……なぁ、今度の試合、絶対に見に来てくれ」
「もちろんそうしますけど……どうしたんです?いきなり」
「当日までの秘密だ」
タカシが笑うと、スズエは「うー……」とうなった。
ボクシングの試合当日。スズエはなぜか来賓席に座らされた。
「あの、なんでここに……?」
「スポンサーになってくれていますから」
まぁ、それなら分かるが。
スズエはタカシの試合をジッと見ていた。やはりかっこいい、なんて思いながら。
数日経ち、決勝。タカシがリングに立つと、歓声が上がった。
(おー……モテモテ……)
そのことに少しモヤモヤしたが、それを押し殺す。
試合が終わり、表彰式というところで、
「スズエさん、どうぞ前に」
「え?え?」
急に呼ばれ、スズエはわけが分からずタカシの前に出た。
タカシはスズエの前に立ち、左手の薬指に指輪をはめた。
「スズエ、結婚してください」
まさかここでプロポーズされるとは思っていなかったスズエは目を丸くした。しかし、
「……はい」
華やかな笑顔を向けた。タカシがスズエを抱き上げると、大歓声が上がる。
このことはニュースでも大きく取り上げられた。もちろん大学内でも話題になっていて。
「残念だったな、お前」
「彼氏さんがいたんなら当たり前ね」
慰められていたり、納得していたりしていた。
帰り道、迎えに来てくれたタカシとともにデートに向かった。
「でも、まさかあそこでプロポーズされるとは思っていませんでした」
スズエが笑うと、タカシは「まぁ、実際もう少し後でやろうと思っていたからな」と答えた。その顔は真っ赤だった。
「でも、ほかの奴らが狙ってるって思い知ったからな。あそこでした方がいいと思ったんだ」
「あー……」
この人、案外嫉妬深いんだなぁ……とスズエは小さく微笑む。
その腕に抱き着くと、彼は驚いた顔をした。
「籍はいつ入れましょうか」
「お前、結構乗り気だな」
「そりゃあ、好きな人と一緒になれるんですから」
一度は死んだ命。それを好きな人に捧げるのならこれほど幸福なことはない。
二人の幸せそうな影は、夕陽に伸びていた。