レイルート 後日談
レイと結ばれたルートの後日談です。
ジェンダーなどについて触れているため、これは差別用語だよなどありましたらすぐに教えてください。
「うーん……」
スズエがうなっている声が聞こえ、レイは振り返る。
「どうしたの?」
「あ、えっと……ほら、最近ジェンダーレスとかあるでしょう?うちもそれに取り組まないと、と思って……」
その答えに、レイは「あー……」と納得する。
「ホープライトラボ」はやる気さえあれば、どんな人でも受け入れる姿勢だ。そのために研究職以外も配置出来るようにしている。
そんな職場だが、最近言われている「ジェンダーレス」について悩んでいた。
「正直、私も乏しいからね……どこまでハラスメントになってしまうかも難しいよ……」
「そうだね……俺も分からないよ……」
こればかりは、その人の主観になってしまうので本当に難しい問題なのだ。さすがの二人も頭を抱える。
「下手すれば、上司からのパワハラになるし……」
「俺も、男からのセクハラになるし……」
この二人、かなり真面目なのである。
そんな中、一人の男性社員が怜に声をかけた。彼はソラと言った。
「す、すみません。所長さんをお話しできないでしょうか……?」
「あー、ごめんね。今、所長さんは大学に行ってて……昼休みの時には来るからその時まで待ってくれる?俺の方からも連絡するから」
「は、はい。大丈夫です。お願いします」
その人が頭を下げて仕事に戻ると、レイはスズエに連絡した。
『講義中にごめんね。ちょっと話したいって言っている社員がいて……昼、空けられる?』
『もちろん。だったらお昼休み、昼食を持って所長室に来てって言ってて。早めに行くから』
『了解。無理だけはしないでね』
そうして昼休み時間、ソラは社食を持って所長室に来た。
(なんで昼食持ってきてだったんだろ……?)
その理由はすぐに分かった。
「ごめんね、ご飯を食べながらで。君も食べていいから」
そう、スズエもレイも食べていたからだ。ちなみにスズエは兄お手製の弁当である。
「それで、何かな?話って」
スズエが本題を切り出すと、ソラは「あ、その……」と口どもる。
実は彼、身体は男だが心は女という、いわゆる「性同一性障害」というものだ。しかし親からも学校の担任からも、それは異常だと否定され続けてきた。
(ここで言ったら、もしかしたら私は……)
クビにされてしまうかもしれない。いや、所長さんは優しい方だと聞いているからもしかしたらクビにはされないかもしれないけど……なんて考えがよぎる。
「……?どうしたの?」
レイも心配そうに見てきた。
「言いたくないなら、無理して言わなくてもいいよ。でも不平不満があるなら教えてほしいかな?私としても、社員に過ごしやすい環境を維持したいからさ」
スズエの言葉に、ソラは意を決して話した。
「いえ、そういうわけでは……その、お願いがありまして……私に、女子トイレの使用許可を出してほしくて……」
さすがにこのお願いには驚いたのか、二人は目を丸くしたが、
「一応聞くけど、なんで?お願いするっていうことは、盗撮狙いではないと思うけど……」
「……実は、私、性自認は「女」なんです。だからどうしても、今のままだと苦しくて……」
男として生まれながら、女だと認識してしまう自分。それが、ソラにとって苦しいことだった。
どんな反応されるだろうかとビクビクしていたのだが、
「なるほど。分かった、それなら許可を出すよ」
なんと、あっさりと許可を出されたのだ。そのことにソラは驚く。
「それなら、男物のスーツもきつかったでしょ?明日からは私服でいいよ。何か言われたら私を召喚していいから」
(いや、召喚って)
「いっそのこと、規定を変えようか。ユウヤ達にも相談してさ」
「そうですね。早速今日にでも会議を開きましょうか」
なぜか二人の間で話が進んでしまい、ソラはオロオロするが、不意にこちらに目を向けられ、
「ねぇ、その時は君の意見も参考にさせてくれないかな?私はこの後大学だから帰ってくるのが夕方になるけど、その間にレイさんに話してくれたら会議に使わせてもらうからさ」
「え、でも、私なんかの意見なんて……」
「むしろ、君の意見だからいいんだよ。君みたいな人のことは、俺達はなかなか理解出来ないところがある。だからこそそんな人にも寄り添って、過ごしやすいようにするのが俺達の役目だ」
その言葉に、ソラは涙が出そうだった。
その夜、研究所内で会議が行われた。
「……ということがあって。彼らが過ごしやすい環境にするためにほかに意見がほしい」
レイが言うと、
「社員みんな私服でも構わないというのはいいかも」
「トイレを何か所か男女兼用にするとかは?」
「男女で分けているこの社員証をみんな同じものにするとか」
みんなでそんなふうに話し合い、ある程度まとまってきた。
「じゃあ、新しい社員証は明日オレが発注するよ」
「オレ、資料にして明日までに社員全員に配れるようにするな!」
「君達、大学生でしょー?ラン君の方は俺がやるよー」
「シルヤ君の方も、ボクがやるよ」
「え、いや、私がやりま」
「休みなさい」(全員)
「えー……」
自分でやろうとした所長を止め、代わりにケイとユウヤが引き受けてくれて、解散する。まぁ、みんな同じ家なのでそのまま帰るだけだが。
「初めての会議、緊張しました……」
「キナとナコはまだ高校生だからね。あまり長時間の会議は大変だよ、学業もあるし」
「スズエさんも大学生でしょ……?」
ナコが小さく笑う。それに「まぁ、そうだけど」と反論出来なかった。
次の日、私服で来たソラが女子トイレを使おうとすると、
「やだー、あの人、女子トイレ使おうとしているわよ」
そんな声が聞こえてきた。
「しかも私服だし。何考えているのかしら?」
「変態かしらね?所長さんも人見る目ないわぁ」
それを聞いていたソラは唇をかんだ。
――私のせいで所長さんに迷惑を……。
やっぱり、やめた方が……なんて考えていると、
「もしもし、君達?」
「キャッ!しょ、所長さん?」
女子社員の後ろから、スズエが声をかけた。これ幸いと彼女達はソラのことを訴えた。
「あの人、女子トイレに入ろうとしていたんです!」
「しかも、男性なのに私服っていけませんよね!」
スズエはそれを黙って聞いていた。しばらくして「はぁ……」とため息をつく。
「……「彼女」に関しては、私が許可を出した」
そして、はっきりとそう言った。それに彼女達は目を丸くする。
「昨日、相談を受けたのよ。それに、近いうちに規定も変わる。いつまでも昔のお堅い考えでいたらダメでしょ?」
そして、スズエはにっこりと笑った。
「それで?なんであなた達はここにいるのかしら?今は仕事の時間じゃないかな?他人のことを言う前に、まずは自分のことを見直しなさい。今回は見逃してあげるけど、今度やったら相応の処分を下すことを覚えておいてね」
その笑顔は真っ黒だった。それを見て、彼女達は慌てて仕事に戻った。
スズエはソラのところに来て、
「ごめんね、ああいう人は気にしなくていいから」
「あ、ありがとうございます。……あの、さっき、私のことを「彼女」って……」
「あ、嫌だった?気を遣わずにごめん」
「いえ、うれしかったです」
スズエが慌てて謝ってきたところを見て、ソラは少し笑ってしまう。
――初めて、自分のことを受け入れてくれた。
そう思うと、胸が温かくなった。
「私、この会社に来てよかったです」
「それはうれしいね。何か困ったことがあったら相談してね」
スズエが微笑むと、ソラも同じように返した。
それから、規定が代わり男性も私服で出勤が認められた。
「所長さん、お堅い人だと思っていたけど本当に社員に寄り添ってくれてんだなぁ」
一人の男性社員がそんなことを呟いていた。
「男女共同トイレも作るってさ。防犯面は結構気を付けるみたいだ」
「それに、女の人にも好きなことをさせてくれるものね。本当に過ごしやすいわ」
皆からの評価もよくなっている。スズエの人望がなせる業だろう。
「エレンさんやユウヤさんやレイさんの気迫がやばいけどな……」
「所長さんに近付けさせないようにしているからな……」
……所長のガードも強固になっているらしい。
それから二年後、ソラはスズエと話をしていた。
「あ、所長さん。私、生涯のパートナーが出来たんです」
ソラが報告すると、「そうなの?おめでとう」と祝ってくれた。
「どんな人?」
「その……年上の男性です。でも、同性だから籍とかは入れることが出来なくて……」
あー……とスズエはコーヒーを飲みながら思う。今の日本は外国と比べてどうしてもそう言ったところに遅れている。
「困ったことがあったら何でも言ってね。私に出来ることなら、やってあげるから。保証人とかね」
「はい。……そう言えば、薬指のその指輪、もしかして……」
「あー……私も結婚したんだ」
スズエが頬を染めると、ソラは「おめでとうございます!」と拍手を送った。
「どなたなんですか?」
「レイさんだよ。つい最近籍を入れてさ、結婚式は近いうちに行う予定だよ」
「その時は呼んでくださいね!」
「もちろん。……あぁ、そろそろ解散しようか。レイさん、あぁ見えて結構嫉妬深い人だからね」
フフッ、と笑っているスズエの後ろに、レイが立っているのが見えた。
(所長さん後ろ!)
ソラがそう言う前に、スズエの耳元で「嫉妬深くて悪かったね、スズエ」とレイが告げた。
「れ、レイさん!?いたんですか!?」
「うん。仕事が終わったからね」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「いいよ、これぐらい。それから、君が魅力的だから他人に取られるんじゃないかってこっちはひやひやしているんだよ。今夜は覚悟してね?」
「なんで!?」
目の前でのろけられ、ソラは苦笑いを浮かべると同時にうらやましいとも思った。
――自分達も、こんなふうになれたらいいな。
仲のいい、この二人みたいに。
家を借りたいと相談すると、スズエは保証人になってあげると快く引き受けてくれた。
しかし、
「うーん……ここ、夫婦専用のマンションなんですよね……」
「ですが、彼女も……」
「籍を入れているわけではないので……」
ソラが希望していたマンションは入居不可と言われてしまった。
「ごめんね、力になれなくて」
帰り道、スズエが謝ってきた。
「いえ、いいですよ」
「やっぱり、日本は少し遅れてるからね……社員寮とかも考えた方がいいかな……」
ろくでもないことを考えてそうな所長に「き、気にしなくていいですよ」と慌てて止める。
「ほかのところもちゃんと考えていますから」
「そう?それならいいけど」
そう言ってスズエはソラを見た。
「本当に、君みたいな人が過ごしやすい世の中になればいいね」
「そうですね」
ここまで気にかけてくれる所長にソラは笑った。