ユウヤルート 後日談
もともとスズエと結ばれる予定だったユウヤの後日談です。
最初に考えていたデスゲームの話も書きたいところだけでも書いてみたいですね。そっちだとユウヤは悪役になってしまいますが。
それは、突然のことだった。
「はい、もしもし。急にどうしたの、母さん」
恋人であるユウヤが電話に出ていた。
「うん?……うん。分かった、スズエさんにも話しておくよ」
内容的に、なんか面倒なことが起こってるな……とスズエは料理を作りながら思った。
電話を切ると、ユウヤが暗い顔をしてスズエに声をかけた。
「スズエ、明日親戚が来るってさ」
「親戚?咲祈家の方の?」
「うん。……ボクがお世話になったおばさんが亡くなったんだけど、その時にちょっと問題が起こったみたいでね」
問題……ユウヤが言うぐらいだから、相当だろう。「いいですよ、多分私とも関係があるんでしょうし」とスズエは笑った。
「ごめんね、婚約中に」
「大丈夫ですよ、仕方ないことですから」
こればかりはユウヤのせいではないだろう。
次の日、玄関前で何かの言い合いが聞こえてきた。
「私はこの子を引き取りたくないわよ!」
「だからって分家にまで迷惑かけるわけにはいかないだろうが!」
「どこの馬の骨とも分からない子よ⁉本家が引き取れるわけないでしょ!」
……あー、面倒なしきたりに縛られている人達か。
しかも、子供関係。スズエは頭を抱えた。
「……申し訳ありませんが、外でそんなに騒がないでくださいませんか?近所に迷惑が掛かるので」
スズエが出ると、目の前には夫婦であろう男女と彼らの子供、それから話の中心となっているであろう桜色の髪の男の子がいた。
「あんたがユウヤの婚約者?ふん!平凡な子ね!」
一応、私、現役東大生で研究所の所長なんだけど?
会って早々失礼な……と思うが、こういう輩に常識を問うのも面倒である。「どうぞ、お入りください」とスズエは気にせずに中に入れた。
畳の部屋に案内すると、ユウヤが先に座っていた。
「暑い中ここまでご足労いただき、ありがとうございます。ご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか」
スズエが彼らに尋ねると、女性の方が「あの女が子供を作っていたのよ!まったくふしだらだわ!」と叫んだ。
「申し訳ありませんが、あの女とは……?」
「分家に嫁いだうちの親戚よ!ユウヤは分かるんじゃないかしら!」
「……ツツジおばさんですか?」
ユウヤが確認すると、「あぁ、そうだ」と男性が頷いた。
スズエは、後ろに控えていたアイトに声をかける。
「アイト、彼らにお茶をお出ししなさい」
「え、でも……」
「仮にも彼らはお客様です。それぐらいは常識でしょう。お子様にはジュースとお菓子を出してあげなさい」
主君の言葉にアイトも渋々頷いて奥に引っ込んだ。こういうところはさすがお嬢様である。
アイトが夫婦の前に冷たいお茶を、子供たちのところにはジュースとお菓子を置いた。
「失礼しました。それで、その方が子供を作っていたとおっしゃっていましたが、ご結婚はされていなかったのですか」
「えぇ、していないハズよ。だからこの子は不貞の末に出来た子なのよ!」
なんでこうも決めつけるかなぁ、とユウヤとスズエは思う。
「父親も分からないなんて、この子もそういったことをするに決まっているわ!うちの子に悪影響になるわよ!」
「……つまり、あなた達は育てるつもりはないと?」
スズエが怒気を含んだ声で尋ねる。彼女達は「えぇ、本家にそんな子、必要ないもの」と言った。
「では、もういいです」
スズエはその桜色の髪の男の子を抱え、
「この子は私達が責任を持って育てます。ユウヤさん、それでいいですか?」
「うん、ボクは構わないよ。そういった面倒ごとは「分家」であるボク達に押し付けたらいいと思っているだろうしね」
ユウヤも「分家」という言葉を強調した。ここで引き取らなければ、この子は虐待を受けたりするかもと思ったのだ。
「というわけで、今日のところはお引き取りくださいませ。この子に渡される分の遺産さえ渡してくれたら、あとはこちらでどうにかしますので」
「はぁ?なんでよ。遺産目当て?」
「それぐらい当然のことだと思いますけど?それすら嫌だというのでしたら、この子の私物だけ着払いで送っていただければいいので。この子を養えるぐらいならご心配なさらなくてもありますから」
スズエが冷たい視線を送る。それに二人は震えていた。
彼らが帰ると、スズエは「あぁ、ごめんね。君の意見も聞かずに」と男の子に笑いかけた。
「君さえよければ、ボク達と一緒に暮らさない?ボク達も近いうちに結婚するからさ」
ユウヤも微笑むと、彼は「うん……」と小さく頷いた。
「よかった。君の名前を聞いてもいい?」
「ぼ、ぼくは……壮って言います……」
「ソウ君か。いい名前だね」
二人が笑いかけると、ソウは不安げな表情を向けた。
「あ、あの。ぼくが邪魔になったら施設に入れてくれて構わないので」
そう言った彼を、二人は抱きしめる。
「大丈夫だよ、ボク達が君を立派に育てて見せるからね」
「ユウヤさんの言う通りだよ。私達じゃ役不足かもしれないけど、出来る限りのことはするから。だからそんな悲しいこと言わないで」
その言葉に、ソウは涙を流した。母親が亡くなって、初めて泣いたそうだ。
それから、二人は職場にソウを連れていく。
「ユウヤ、その子は……?」
「ツツジおばさんの子供だって。育てたくないからってボク達のところに来たんです。今日からボク達の子供ですよ」
エレンに聞かれ、ユウヤが答える。
「わぁ!かわいい子!」
マイカが顔を輝かせている。彼女は数か月前にゴウとの子供が生まれたばかりだった。
「ソウ、彼女はマイカさんだ。パンを作るのが得意なんだぞ」
「パン……?」
「あぁ、食べたことがないのか?」
「だったら、作ってあげるよー!」
言うが早いか、マイカはパンを作りに厨房に入った。
「それにしても、本当にかわいいね」
レイがソウを見ながら呟く。
「彼はレイさん。頭がいいんだ。分からないことがあったら、彼に聞くのも手だぞ」
「スズエ、俺を過大評価しすぎだよ」
「で、では、これを教えていただけますか」
ソウが本を持ってレイに尋ねる。レイは「あぁ、これはね……」と教え始めた。
「どうなるかと思ったけど、なんとかなりそうだね」
「そうですね。……でも、あの子の名字どうしようかなぁ……。私達、まだ結婚していないし……」
「ボクの名字でいいよ。そっちの方が都合いいでしょ?」
そうして、みんなの子供が出来た。
「お母さん、コーヒーをどうぞ」
「ん、ありがとう、ソウ」
数日後、研究所にかわいらしい従業員が増えた。
「お母さんは、偉い人なんですか?」
「そうだね……ここの研究所では一番偉い人になるかな。だからソウは今後のことは気にしないで、やりたいことをやっていこうね」
スズエが頭を撫でると、ソウは「うん」と笑った。ユウヤが室内に入ってきて、
「ソウ、ここで一緒に飲まない?」
ソファに座り、牛乳が入ったマグカップを机に置いた。ソウは「い、いいんですか?」と目を丸くする。
「もちろん。スズエもそっちの方が安心するかも」
「そうだね、ソウの顔を見た方が元気出るよ」
「お父さん、お母さん……」
スズエがコーヒーを持って立ち上がり、ソファに座る。二人の真ん中に、ソウは座った。
「どう?勉強ははかどってる?」
「はい!レイお兄ちゃんの教え方が分かりやすくて何時間も聞きます!」
「レイさんもそう言ってくれたらうれしいだろうね」
「ランお兄ちゃんも一緒に教えてくれるんです!」
養子の話を聞きながら、二人は笑う。
「仲がいいんだね」
「はい、みんないい人でぼくも過ごしやすいです」
それならよかったと胸を撫でおろす。
「お父さんとお母さんは、結婚されていないんですか?」
不意に聞かれ、二人はコーヒーを吹き出しそうになってしまう。
「……ま、まぁ、そうだね……スズエがまだ大学を卒業していないから……」
「大学……?そこに行っていると、出来ないんですか?」
「え、えっと……出来るには出来るんだけど……さすがに、ね……」
子供ゆえの純粋さに、二人は頬を染めるのだった。
そうして一年が経ち、ソウも慣れていった。ユウヤとスズエも結婚し、正式に家族になった。
「ソウ、今日はオレと一緒に寝ないか?」
ある日、シルヤがソウに声をかけた。
「え?どうしてですか?」
「ソウもそろそろきょうだいが欲しいだろ?」
シルヤがニコッと笑うと、ソウは「きょうだい?」と首を傾げながら考えていたが、
「弟か妹が生まれるかもしれないんですか!?」
「あぁ、結婚したからな」
「だったら、お兄ちゃんと一緒に寝ます!」
そしてソウがそのことを報告すると、スズエは驚いたような顔をする。
「別に構わないけど、急にどうしたの?」
「弟か妹が出来るかもと言っていたので!」
その言葉に、ユウヤが顔を真っ赤にした。スズエは「どうしました?」と首を傾げる。
「……スズエって、時々鈍感だよね」
「……?」
夫となった従者に言われ、スズエはキョトンとした。
それから数か月、ソウは大きくなった母のおなかに触れた。
「ここに、弟がいるんですか?」
「そうだよ。生まれてくるのが楽しみだね」
所長室にあるソファに座っていると、ユウヤがホットミルクとコーヒーと持って入ってきた。
「スズエ、そろそろ休憩しようか」
「そうですね、もうすぐ昼食の時間ですし。ソウ、何が食べたい?」
「オムライス!エレンお兄ちゃんが作ったの食べたい!」
「だったら、兄さんに頼もうか」
スズエが笑うと同時に、エレンが入ってきた。
「三人とも、何が食べたいですか?」
「ソウはオムライスがいいって。私は……何にしようかな」
「お母さんもオムライスにしましょう!」
「そうだね。じゃあ私もオムライスでいいよ」
「ボクもそうしようかな。あとコンポタ」
「フフッ、分かりました。すぐに作ってきますね」
仲のいい三人を見て、エレンは胸が温かくなった。
何せ森岡きょうだいは、今までずっと運命に奔放されてきた。そのうえで妹が幸せを掴めたのだから、本当に喜ばしいことだった。
その時、ユウヤのスマホに着信が来た。
「ごめん、母さんからだ」
これまた珍しい、と思いながらスズエは「出ていいですよ」と言った。今は仕事中なので、所長であるスズエの許可が必要になってくるのだ。
ユウヤが出ると、
「もしもし、母さん。うん、元気だよ。九月に息子が生まれる予定なんだ。ソウも元気にやってるよ」
ユウヤの声を聞いていると、
「ソウ、おばあちゃんと話す?」
不意にソウに声をかけた。
「いいんですか?お父さん」
「うん。おばあちゃんも声を聞きたいって」
ソウが父からスマホを受け取ると、祖母と話をした。
「おばあちゃん、こんにちは」
『こんにちは、ソウ君。元気?』
「はい!お父さんとお母さんがいろんなことをさせてくれるので学ぶことが多いんです!」
『そうなのね、たくさん学びなさいね』
楽しそうに話しているのを見て、二人は笑う。
「そういえばスズエ。いったん実家に戻らないといけないや」
「え?どうしてです?」
「ほら、荷物を取りに行かないといけないからさ。出て行ってからずっと戻ってなかったし、兄さんの荷物もあのままだからね」
「あー、確かに荷物は持ってこないといけませんね……」
別に構わないとスズエは笑う。もとより浮気など疑っていないし、ユウヤも絶対にしないと誓っているから。
「次の休みの日、実家に戻るね。早めに戻ってくる予定だけど、一人で大丈夫?」
「はい、何かあったら連絡してくださいね」
ユウヤがスズエの肩を抱きしめる。
次の休日、ユウヤは数時間かけて実家に戻った。
「久しぶりね、ユウヤ。結婚報告以来よね?」
「うん、久しぶり、母さん。父さんも元気だった?」
「あぁ、元気だよ。スズエちゃんがお前の嫁さんになってうれしい限りだ」
ユウヤが荷物をまとめていると、
「あの、ちょっといいかしら?」
「うん?どうしたの、母さん」
「あのね、最近咲祈家の人達がね……ひどいものだから、私達もどこかに引っ越そうかと思っているの。足腰も弱くなっちゃったし、ユウヤがスズエちゃんのところに行ったから守護者の家系もほかの分家のところが引き継ぐわけだし、いい機会だと思ってね」
それを聞いて、ユウヤは少し考える。
ユウヤの両親は六十手前だ、確かにここにいるのも大変になるだろう。特に今代はひどいもので、気に入らない人は排除したがる。こんなところにいたら両親も気労苦が絶えないだろう。
「……だったらさ、ボク達のところ来る?」
「え……?」
「別にボクは構わないし、スズエにもちゃんと言うからさ」
「でも、それこそ迷惑になるんじゃ……?」
「なら、ここで電話するよ?」
ユウヤがスズエに電話をかける。
『もしもし、ユウヤさん?』
「もしもし、スズエ。ちょっといいかな?」
『はい?どうしました?』
「実は、ちょっと相談があって、ボクの両親を一緒に住まわせてもいいかな?」
尋ねると、意外にもスズエは『私は別に構いませんよ』と即断した。
「そんなすぐに決めなくてもいいんだよ?君にとっては義両親になるわけだし」
変に気を遣うからな……と思っていると、
『あー、実は私の方から提案しようと思っていたんですよ。もうご高齢になるしって兄さん達とも相談していて』
「そうだったんだ。だったら、準備ができ次第ボクの両親も連れて行ってもいいかな?」
『もちろん。また連絡してもらえたら』
「うん。ありがとう、スズエ」
電話を切ると、「いいって。元々そうしようか考えていたみたい」と両親に伝えた。
「本当にいいの?」
「うん。ボクも仕事があるから毎回来ることが出来るわけじゃないからね。むしろそっちの方が安心するよ」
そう言うと、「……なら、お言葉に甘えさせてもらおうかね」と父は笑った。
荷物をまとめて挨拶をしてくるからと来月また来ることを約束し、ユウヤはまず、自分の荷物を持って帰ってきた。
「おかえりなさい、お父さん」
「ただいま、ソウ」
帰ってくると同時に抱き着いてきた息子の頭を撫でる。そのあとからスズエが顔を出し、
「さっき、みんなには話をして一階の畳の部屋を開けておくようにしておきましたから」
「早いね、スズエ……」
荷物、持ちますよとスズエが言うが、妊婦さんに持たせられないよと自分で部屋まで持っていく。そしてリビングに向かうと、シンヤが「やぁ」と手を挙げた。
「兄さん、母さん達が来るけど大丈夫?」
兄は一度、生贄として殺されたことがある。今はスズエがユキナと一緒によみがえらせてくれたのでここにいるが、内心複雑だろう。
「別に、いいんじゃね?」
しかし、シンヤは特に気にした様子もなく答えた。
「母さん達もああするしかなかったし、仕方ないだろ。そりゃあ、憎んでいないと言えば嘘になるけど、もう過ぎたことだしな。……それに、ボク達がそんなこと言ってたらスズエがかわいそうだろ」
シンヤは兄と料理をしている義妹を見た。
シンヤも、初めて会った時からスズエに惹かれていた。でも、スズエや弟が幸せになるならと身を引いたのだ。
「どうしたんだ?シンヤ」
「いや?相変わらずお前は美人だなって思ってただけだ」
「はいはい、お世辞はいいから」
スズエはため息をつきながら、「ちょっと手伝ってくれる?」と頼んできた。二人して立ち上がると、ソウも「ぼくも手伝います!」とついてきてくれた。
「それなら、コップを持って行ってもらおうかな?」
「はい!」
笑顔で指示に従うソウに、みんなが笑っていた。
「かわいい……!」
「ホントにね……」
「撫でたい……」
「スリスリ……」
「私達の子供になってよかったです」
「ハナの子供じゃないけどな」
女性陣はそんな話をしていた。男性陣もほのぼのしている。
それから少しして、ソウが所長室の扉を開けようとした時、
「だから、私はユウヤさんにちゃんといいって言ったんです!言いかがりはやめてください!さすがに許しませんよ!」
そんな、母の怒鳴り声が聞こえてきた。
「そもそも、それはあなた達が決めることではないでしょう!そりゃあ当人や嫁である私が反対しているのなら分かりますけど、そうじゃないんですから!それに、守護者だのなんだの言うんでしたら、ちゃんといたわってあげているんですか!」
ここまで怒鳴っている母を聞いたことがなかったソウは驚いた。
「あのですね、私だって暇じゃないんです!平日なんですから仕事だって分かっているでしょう!は?別にあなた達に頼らなくても資金面は大丈夫ですけどね?ユウヤさんを悪く言わないでくださいませんか?」
どうしたのだろうか?なんて考えていると「とにかく、ユウヤさんのご両親は私達と一緒に住むことにしますから!」と電話を切ったようだ。
「……はぁ、暇人かよ、あいつら……」
ため息をついた声が聞こえてきた。ソウが扉を開けると、「あぁ、ソウ。どうしたの?」といつもの笑顔で笑いかけた。
「その……お母さん、どうしたの……?」
「あぁ、聞こえてたの?ごめんね、うるさくしちゃって」
気にしなくていいよ、と母は優しく頭を撫でてくれた。
しかし、何度もそんなことがあったため、ソウは父にそのことを話した。
「そうなの?ごめんね、気付いてなかった……。ありがとう、教えてくれて」
ユウヤがソウの頭を撫でる。
「あまり妊婦さんがストレス溜めちゃダメなんだけどな……」
少し考えて、「……今度、スズエの調子かよかったら少し出かけようか」と提案した。
その日の夜、スズエのスマホに電話がかかった。
「……あー、ごめん。ちょっと事務所行ってくる」
そう言って、スズエはいったん研究所に向かった。帰ってきたスズエは少しキレているようだった。
「どうしました?スズエ」
エレンが尋ねるが、「あぁ、ちょっとトラブルがあってね。まぁすぐ解決するよ」と笑った。
「でも、スズ姉。最近疲れてないか?」
シルヤの言葉に、「そうかな?普段通りだと思うけど」と首を傾げる。
「いや、絶対疲れてるって!明日、気晴らしにどっか行って来いよ」
「……まぁ、そうだね。あんまりストレスを溜めるわけにはいかないからね……」
今回ばかりは、スズエもその好意に甘えた。
次の日、
「スズエ、スマホ、ボクが預かってもいい?」
ユウヤがそう言ってきた。スズエは「まぁ、特に急ぎの仕事はないからいいですけど」と電源を切ってユウヤに渡す。これで今日一日はソウが言っていた電話を気にせずにすむだろう。
「スズエ、疲れたらすぐに言うんだよ」
「分かりました。ソウ、どこか行きたいところがある?」
この日はそうやって穏やかに過ごした。
しばらくして、エレンとユウヤが両親を迎えに行った。
「お久しぶりです、祈花のおじさん、おばさん」
「エレン君、久しぶりね」
エレンが運転をしてくれたため、ユウヤは両親と話をしていた。
「エレン君が運転出来るなんてね。ユウヤも免許は持っているのよね?」
「うん。だから何かあったらすぐに連れて行くから言ってほしい」
そうして家に着くと、スズエが出迎えた。
「お久しぶりです、お義父さん、お義母さん。今日からここが家なので、どうぞゆっくりしてくださいね」
スズエが畳の部屋に二人を連れていく。
「洋室も準備していますが、どうですか?」
「しばらくはここでいいよ。ありがとうね、気を使ってくれて」
「いえ、今まで私達のために尽くしてくださったんですから当然ですよ」
その言葉に、二人は顔を曇らせる。
「……でも、私達あなたを……」
「もう過ぎたことじゃないですか。それにあの時はそうするしかなかったんですから」
嫁が笑って許してくれたことに、二人は涙を流した。
その時、扉が開いた。開けた人の姿に、二人は目を見開く。
「シンヤ、まだあとでもよかったんだぞ」
「いや、さすがに会った方がいいだろ……」
そう、もう一人の、死んだはずの息子だ。あの時、確かに弔ったハズなのに。
「あー、その……スズエが蘇らせてくれたんだよ。だから本物だ」
混乱している両親に、シンヤは頭を掻きながら説明した。それを聞いて、触れて、本当であることを確認した。
「……よかった……ありがとう、スズエさん……」
シンヤを抱きしめて、二人はスズエに感謝した。
九月になり、スズエはフウを出産した。息子や弟や初孫、甥っ子に家族一同全員が涙を流した。
「スズエ……!ありがとう……!」
「スズエ……!よく頑張りました……!」
「スズ姉……!すごいぜ……!」
「お兄ちゃんになったんだ……!ぼく……!」
「かわいい……!これが天使か……!」
「と、父さん……!ほんとにそうだよな……!」
「本当におばあちゃんになったのね……!」
「みんな、泣きすぎだよ……」
スズエは苦笑いを浮かべながら、生まれたばかりの息子を抱いていた。
ちなみに、ほかの人達も大泣きしながら祝ってくれた。
その日、ソウがベッドの上で不安げに尋ねた。
「……ねぇ、お母さん。ぼく、いらない……?」
その質問に、スズエはすぐ否定する。
「そんなわけないよ。フウが生まれて不安になったんだね。でも、ソウもお母さん達の子供なんだから、私達のところにいて」
その言葉に、ソウは母の胸の中で泣き出した。父も優しくその頭を撫でる。
「そうだよ。ボク達、ソウが来てくれて感謝しているよ。ありがとう」
そうやって引き取られた幼い少年は、幸福な家族に育てられた。
それから十数年後、ソウは東大に受かった。
「すごいよ、ソウ!」
「お兄ちゃん!おめでとうニャー!」
「今日はお祝いだね!私と兄さんで腕によりをかけるよ!」
家族に祝ってもらい、ソウは照れくささを覚えた。
その次の日、親戚がやってきて「その子を養子にしたいわ」とソウを指さして言ってきたのだ。
「東大に受かるほどなら、本家の子だもの。あなた達分家にはもったいないわ」
なんて身勝手な……とスズエがいら立つと、
「……悪いですが、今のボクがいるのは父と母がいるからです」
ソウが言い返した。
「知っているんですよ、あなたが母に迷惑をかけ続けていたってこと。でも、母はフウを妊娠していたのにボクが心配しないようにっていつも笑ってごまかしてた。それに、父と母は血の繋がったきょうだい達と同じように愛情を持って接してくれました。それすらもやってくれなかったあなた達のところになんて、絶対に行きたくありません。これ以上ボク達に関わるなら法的措置も検討しますので」
そこまで言ってソウはバタンと玄関を閉じる。
「……気づいてたんだ」
「うん。そりゃあずっと怒鳴っていたら嫌でも分かるよ」
「……ありがとう、ソウ。あなたは本当に私達の子供だよ」
スズエは息子を抱きしめて、そう言った。