ランルート 後日談
本編の公式カップルであるランと結ばれた時の後日談です。
あまりランは出てきていません、ラン君ファンの方、すみません。
それは、スズエが研究所長として政治家と話していた時だった。
「え?出所した人を受け入れてほしい?」
「君にしか頼めないんだよ!社会のためと思って!」
お偉いさんから頭を下げられてはスズエも断れなかった。
「……分かりました。元々私も考えていましたし、少し時間をくだされば、来月までに入社できるようにします」
「恩に着る!」
どうやら保証金も出してくれるらしいので、まだマシだろう。
それを持ち帰り、みんなに話す。
「……なるほどな……」
恋人であるランは夕食を作りながら苦笑いを浮かべた。
「本当にお人よしなんだから……」
「まぁ、いいじゃないですか。それだけ信用を得ることが出来てるってことですから」
レイが困ったように笑うと、ユウヤがたしなめた。
次の日、大学が休みだったこともあり準備が始まった。
「事務仕事の方がいいかな……」
「どうだろう……力仕事の方がいいかもしれないけど」
そんな話をしながら、必要物品をそろえる。
「今回が初めての試みだからね……何が必要か分からないな……」
「手探りでやっていこうぜ」
皆、笑いながら手伝ってくれる。それにスズエは胸が温かくなる。
「教育係をやらせてくれ」
受け入れを始めると社員に言うと、そんな申し出があった。彼はあまりいい噂を聞かない人だったが、
「まぁ、いいんじゃない?いざとなればボクとレイさんが代わるよ」
と、ユウヤに言われ、スズエは「それなら、一日やって評価がよければ任せるよ」と条件付きで許可を出した。
一か月後、受け入れが始まる。今回は初めてということで十人程度だ。
「すみませんね、任せてしまって」
「ううん、君も大学とかあるんだから仕方ないよ。ここは任せて」
「昼には一度戻ってきますし、夜も見回りには来ますから」
スズエは研究所に残る人達に任せ、ランとシルヤと一緒に大学に向かった。
そのあと、受け入れを頼まれた十人がやってきた。そのうちの一人がとても礼儀正しい人で、ユウヤとレイの記憶に残った。
昼食時、スズエが戻ってきて「どうですか?」と聞いた。
「うーん、まぁ予想通りだね」
「あ、でも一人だけ礼儀正しい人がいたよね?ユウヤ。確か、シロヤさんだっけ?」
その話を聞いて、「なるほど。それなら様子見ですね」とスズエはメモを取った。
そのあと、夕方になって大学から戻ってきたスズエは簡単に支度を済ませ、研究所に向かった。
「定時です。一通り終わった方から帰っていいですよ」
皆にそう言って、スズエは所長として仕事を始める。
「スズエ、先に帰りますね」
「うん。夕食なに?」
「今日はオムライスにしましょうか」
「楽しみにしてるね」
エレンがスズエに声をかけ、家に帰っていった。今、所内にいるのはスズエとシルヤ、それからランだけのハズだ。
「ちょっと見回りに行ってから帰ろうか」
「あぁ、オレ達は仕事を進めておくな」
二人にそう言って、スズエは見回りを始める。しばらく歩いていると、電気がついていることに気付いた。その部屋は出所した人の受け入れを開始した場所だった。
中に入ると、一人の男性がパソコンの前でうなっていた。彼こそ、ユウヤやレイからの評価が高かったシロヤだ。
「どうしたの?」
後ろから声をかけると、彼はビクッと肩をはねた。
「あ、あの、その……」
シロヤは怯えたようにスズエを見る。
「分からないことでもあった?」
「え……?」
「今なら時間あるし、答えるよ」
そう言うと、彼は「その……ここが分からないのですが……」と見せた。スズエは「あー、ここね」と教える。
「ゆっくり覚えていけばいいからね。ところで、今日の教育係はどうだった?」
スズエが尋ねると、「その……おれが言うのもおこがましいですけど、何も教えてくれなかったです……」と答えてくれた。
「なるほどね。ちょっと待ってね」
スズエはユウヤに電話を入れる。
『もしもし、スズエさん?』
「もしもし、ユウヤさん。やっぱりあまりよくなかったみたいですね」
『まぁ、だろうね……じゃあ予定通り、ボクとレイさんが教育係になるよ』
「はい、すみません。お願いします」
電話を切ると、彼の方を見て、
「明日から教育係が代わるから、その人に教えてもらって。その人でも分からないことがあったら次の日までには説明するようにするよ」
「え、あ、ありがとうございます……」
「ごめんね。あの人、あまりいい噂は聞いてなかったんだけど、やりたいって言ってたから。私達も初めての試みでね、また不満点とかあったら教えてほしい。出来る限り改善はするから」
スズエが時間を見る。もう九時を回っていた。
「ほら、あとは明日でいいから今日はもう帰る!残業代はちゃんと出すからタイムカードを押してね」
そう言って彼を帰した後、スズエもシルヤとランと一緒に帰った。
次の日、シロヤが始業前にパソコンの前に座って分からないところをやっていると、
「おはよう、早いね」
後ろから若い男性の声が聞こえ、驚いたように振り返る。そこには銀髪の男性――ユウヤが立っていた。
「お、おはようございます……」
「もう少し遅くてもよかったんだよ。君も大変だろうし」
「あなたは……?」
「ボクはユウヤ。新しく教育係を任されたんだ」
そして、スズエと同じようにパソコンを覗き込んで、
「あぁ、そこが分からないんだね。ここ、難しいから出来なくて当然だよ」
そう言って笑って教えてくれた。
「ユウヤ、ほかの人達は来てる?」
「レイさん、いえ、まだですね」
今度はレイがやってくる。そういえば昨日、若い女の人がユウヤという名前を呼んでいたような……?
「あの、お二人は……?」
「あぁ、ボク達は所長さんの知り合いなんだ」
そう言われ、不意に疑問を抱く。
「そういえば、所長さんって誰なんですか?」
そう尋ねると、二人はキョトンとする。
「君じゃなかった?昨日所長さんと会ったの」
「え?」
「ほら、昨日の夜、君に話しかけた女の人いるでしょ?その人だよ、所長さん」
その言葉にしばらく理解が追い付かなかったが、
「そ、そうだったんですか!?あの若い人が!?」
驚いた声を上げる。
「うん。あの子現役東大生で二十歳だよ」
あっけらかんとレイが答える。自分より若い……と思っていると、みんなが来たらしい。みんな、昨日とは違う人が教育係と聞いて緊張しているようだったが、二人はとても優しく教えてくれた。
昼食時、野菜ジュースと栄養ドリンクを持ってスズエがやってくる。
「様子はどうですか?」
「やっぱり、パソコンが使えない人も多いね」
「そこは俺達が教えるから、スズエは心配しないで。どうしてもって時は相談するからさ」
「あと、野菜ジュースと栄養ドリンクだけじゃダメだよって言ってるよね?」
「時間ないから許して……」
そうやって飲んでいると、シロヤが声をかけてきた。
「あ、あの、所長さん。昨日はありがとうございます。おれのような人の声も聞いてくださって……」
頭を下げた彼に、スズエは「私は当然のことをしただけだよ」と笑う。
「二人の教え方はどう?」
「すごく分かりやすいです。でも、慣れるまではまだかかるかなって……」
「それはゆっくりでいいよ」
三人は笑う。
「君達が自立するのが目的だからね。真面目にやっていたら、ほかの職場も紹介できるからやりたいことがあったら相談して」
その言葉に、シロヤは頷いた。
入社して半年たったある日、
「シロヤさん、一緒に出張に行ってみる?」
スズエからそんな提案があった。
「え、いいんですか?」
「うん。ランも一緒だけど」
実は、シロヤは少し前にそう言ったことをやってみたいと話していた。でも、やるとしてもユウヤとかレイとか、ほかの人達の時だと思っていたのだ。
「お得意さんのところだからね。事情も説明するから、大丈夫だよ。行くなら、あとで所長室に来て。ランと三人で話し合おう」
そう言って、スズエは所長室に戻った。
シロヤがやってくると、ランがお茶と菓子を出してくれる。
「まず、シロヤさんは勉強として行くことになっているから。分からないことがあったら聞いてね。
今回はこの研究のことについてだって。私の得意分野のところだから、どうにかなると思う。それから会議もあるから、会議中に寝ないようにね」
そうやって話し合い、解散という時になって、
「そういや、シロヤさんの出張手当ってどうなるんだ?」
ランが尋ねた。スズエは、
「もちろん出るよ。日帰り出張ではあるけど、残業があったらもちろんそれも出す。それから、君が休みの日に行くから別の日に休みを振り替えるよ」
そう答えた。ランは「了解。じゃあ後でどの日に休みがいいか聞くな」とシロヤに言った。
「け、結構手厚いですね……」
「うちは超ホワイトで有名だからね。よほどのことをしない限り、クビにはしないし」
確かに、と思う。受け入れてもらうと言っていたからどんなブラックなところだろうと身構えていたのに、かなりの好待遇で驚いたぐらいだ。
「……それに、君は冤罪で捕まっていたんでしょ?」
突然そんなことを言われ、ドキッと心臓が跳ねた。
そう、シロヤは冤罪で捕まり、有罪判決を下されたのだ。誰に話しても、そんなこと信じてもらえなかった。それこそ、親に話してもだ。
どうせここでも同じだろうと思って、何も言わなかったのに。
「目を見たら分かるよ。君が罪を犯すような人じゃないって。知り合いにもそんな人がいてね、どうしても助けたいって思うんだよ」
そう言って笑うスズエは、まるで女神のように見えた。
入社してから一年、
「シロヤさん、所長さんから話があるから、あとで所長室に来てほしいって」
ユウヤに突然言われ、何かあってしまったかとひやひやした。
四時に所長室に来ると、「そこのソファに座って」とスズエに言われた。ランがお茶を出し、スズエの横に立つ。ビクビクしながら話を聞く。
「ユウヤさんとレイさんから話は聞いているよ。君は真面目にやってくれているって。それで、私から提案なんだけど、ここの正社員にならない?」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「え、おれが、正社員……ですか?」
「うん。ユウヤさんとレイさんからの提案だよ。私は真面目にやる人には、相応の機会を与えてあげたい。ちゃんとしていたら、こんなこともあるんだって教えてあげてほしいんだ。もちろん、君がやりたいことがあればそっちを優先させてほしいけど、嫌じゃなかったらここで働いてほしい」
そう言ってくれたことに、シロヤは感動した。
誰も見ていないと思っていたが、そうではなかった。
「お、おれ、ここで働きたいです……!」
そう言うと、スズエは笑って「だったら、四月から正社員として働けるように手続きをするね」と言った。
「これからもここの社員としてお願いします、シロヤさん」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
握手した少女の手は、とても小さくて優しかった。
シロヤが正社員になることに反対した人はいなかった。
「彼、真面目だったもんな。ほかのところに渡すには惜しい人材だって思ってたぜ」
「そうですね。それに彼なら、出所した人達に寄り添うことも出来るでしょうから」
シンヤとエレンがそう言う。この二人にもこんな高評価を得ることが出来るとは、やはり彼の誠実さが伝わったのだろう。
「では、全会一致ということでいいですね」
スズエが言うと、盛大な拍手が沸き起こった。
そして、シロヤは正社員になった。
「ユウヤさん、これを教えてください」
「別に、呼び捨てでいいよ。もう正社員なんだしさ」
「いえ、ユウヤさんとレイさんと所長さんがいなかったら、今のおれはいなかったでしょうから」
いまだに礼儀正しい後輩に、ユウヤは苦笑いを浮かべていたのが見えたがこれもまぁいいだろう。
これから、シロヤも少しずつ教育係として、そして役員として成長していくだろうとスズエは笑った。