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DEATHGAME ~chaotic world~  作者: 陽菜
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アイトルート 後日談

アイトと結ばれた時の後日談です。

話の構成上、彼との話が一番長いです。また、精神病の描写も含まれているので読む際は気を付けてください。

 スズエは大学を休み、裁判所でシナムキ改めカオリの判決を聞いていた。

「被告には、汲むべき事情がある。よって保護観察付きの執行猶予とする」

 そのことに、スズエは一人安堵していた。

 ホープライトラボになる前、モロツゥは残酷な人体実験を繰り返していたとして生き残った職員はみな逮捕されていたのだ。しかし、一部の人は逃げていると聞いている。

 そんな中での判決だった。

 法廷から出て、帰ろうとした時スズエに声がかかった。


 研究所に戻り、アイトに声をかける。

「アイト、カオリさんのことだけど……」

 スズエからそれを聞いたアイトは安心した表情で「……そう、よかった」と言った。

「それで、なぜか私が保護司になることになった」

「は?なんで?」

 突然のことに今度は驚いた顔をした。スズエは「法務大臣に指名されたらしい」とため息をつく。

「そういうの、本当は出来るか調査したり研修するものなんだけどね……」

「え、引き受けたの?」

「仕方ないよ……はぁ、問題児も押し付けられたし」

 ため息をつく恋人に、アイトは不安を覚えた。


 数日後、金髪に染めたいかにもヤンキーですと言った雰囲気の少年がやってきた。トラブルになりそうだったので、ほかの人達は先に研究所に行ってもらっている。

「初めまして、君がヒビキ君だね。今日から少なくとも一年間はここが家だから」

 そう言ってスズエは歓迎するが、当の本人はめんどくさそうだった。

「何かあったら言ってね」

「金くれ」

 開口一番がそれか、とスズエは動きが止まったが、

「働かざる者食うべからず!ちゃんと働きなさい」

 そう言ってほうきを渡す。彼は「へいへい」と嫌そうにそれを受け取った。

「あ、こっちの部屋だけでいいよ」

 そう言って自分の部屋(ちゃんとパソコンなどは避難させている)に連れて行くと、ヒビキは適当にやり始めた。

「あ、やべっ」

 そう言うと同時に物を壊したり、

「あ、これもーらい」

 と置いてあった封筒のお金(食費)を盗ったり、もう散々だった。

(これは骨が折れそうだ……)

 自分の部屋でよかった……と安堵しながら小さくため息をついた。

 一時間後、見ていられなくなったスズエはそこで止めて、千円を渡した。

「はい、お礼」

「千円だけかよ……」

「もう少し丁寧にやってくれたら五千円は渡したわ……それに人のもの盗ったでしょ……ほかの人でやったら犯罪よ」

 文句を言ってくるヒビキに、スズエは頭を抱える。

「私だって鬼じゃないわ。ちゃんとやってくれたらそれ相応のお礼はあげる。門限も設けないから「常識の範囲内」で遊びに行ってもいいよ」

 常識の範囲内、という言葉を強調する。そうでないとこの子は本当に再犯をしかねない。

「じゃ、これもらうわ」

「それ私の財布!返しなさい!」

 ……胃に穴が開きそうだ。


「疲れた……」

 夜、珍しくぐったりして弱音を吐いたスズエに珍しいと同居人たちは思う。

「スズエさんが初日から疲れるなんてね……」

「あの後自分で片付けないといけなくなったし結局二万渡すハメになるし……わざわざ食費を引き落としに行かないといけなくなったし……もう散々だよ……」

「あー……しかもまだ帰って来てないもんね……」

 ユウヤが苦笑いを浮かべる。スズエがここまでぐったりしているのは見たことないからだ。

 不意に「あ、ちょっとバイト行ってくる……」とスズエが立ちあがる。

「バイト?また急だね」

 レイが首を傾げる。バイトは研究所を再設立した時にやめたハズだ。それなのになぜ?

「あー、彼のために預金は増やしておこうかって思ってね……深夜の方が時給もいいし、やっていた時のツテで入れてくれたんです」

 情報屋で得たお金は簡単に使うわけにもいかないし……とため息をつく。

「それに、毎回毎回給料から渡していたら生活が持たない……」

「あー……さっき、食費を引き落としに行ったって言ってたもんね」

 家計はみんなで管理しているが、基本的にはエレンとスズエだ。だからこそ心配しているのだろう。

「ヒビキ君が帰ってきたら、連絡するように言ってて……連絡してこないとは思うけど、私の方も報告はしないといけないからさ……」

「分かった。気を付けてね。帰ってくる時は連絡くれたら迎え行くからさ」

「ありがと、アイト。みんなも先に寝てていいので」

 スズエが出かけると、「一応、寝ておこうか」とユウヤが言った。

「そうだねー。あんまり心配かけるわけにもいかないし」

 ケイも頷き、みんな寝室に戻った。

 アイトが本を読んでいると、玄関が開いた音が聞こえた。誰だろうと思って見に行くと、ヒビキがあくびをしながら家に上がっていた。

「おかえり、ヒビキ君」

「あん?誰だ、お前」

「この家の住人だけど。それより、もう少し早く帰ってきた方がいいよ。スズエさんが心配するからさ」

「かんけーねーだろ」

「はぁ……まぁ、帰ってきたならスズエさんに連絡してね」

 アイトはそれだけ言って、寝室に戻った。

 朝、みんなが起きてくると、

「……スズエ?そこで寝てたら風邪ひくぞ」

 ランがソファで寝ているスズエを起こそうと身体を揺らす。

 今は五時三十分、起こすには早い時間だが、ベッドで寝かせた方が休まるだろうと思ってのことだ。

「うーん……どうしたのー……」

 寝ぼけながらスズエが起き上がる。そして時間を見て、

「あ、ご飯を作らないと……」

 一気に覚醒したらしく、大きなあくびをしながら立ちあがった。

「今日は無理しなくても、兄さんが代わりに作りますよ」

 エレンが言うと、「だったら、任せようかな……」とスズエにしては珍しく素直に受け入れた。

(相当疲れているんでしょうね……)

 そう思いながら、エレンは朝食を作り始めた。


 それから約一か月後、

「金くれ」

 相変わらずなヒビキにタカシが「てめっ、いい加減に……」と殴りそうになった。

「落ち着いて、タカシさん」

 スズエがそれを止めると、

「私、最初に言ったでしょ?ちゃんとやったらそれ相応のお礼はするって。適当にやってお金がもらえるのはせいぜい中学生までよ。大人になったらそんなの通用しないんだから」

 そう注意するも、彼は逆切れした。

「ちゃんと掃除したんだからいいだろ!?」

「はいはい、分かったから私の財布盗らない。外でやったら犯罪よ」

 どうやっても聞く気がないらしい。スズエは自分の財布から三万を渡す。

「それにしても、そんな三万も何に使ってるの?普通に過ごしてたらそんなすぐになくならないよ」

「別に何やってようがいいだろ?」

「家計に響いてるから聞いているの。私だって毎回出してあげるほどお人よしじゃないの」

 しかし、それも聞かずヒビキがさっさと出かけてしまった。

「まったく……」

「毎回あの調子なのか?」

 シルヤに聞かれ、スズエは「そうだよ」と頷いた。

「それにしても、ごめんね。また今日もご飯作れなくて……」

「いえ、それぐらいいいんですよ。スズエも大学行って仕事して、さらに深夜まで働いているんですから。むしろもう少し休んでください」

「いや、この後もバイトがあるから……」

 スズエは小さく笑う。そこには明らかな疲れが見えていた。

 この日も朝食を少し残し、スズエはバイトに行ってしまった。

「……スズ姉、また痩せたよな」

 シルヤの言葉にエレンも「そうですね……」と心配そうに頷く。

「多分、ストレスだよね……」

「最近ずっと休めてないもんな……」

 ユウヤとランも心配そうだ。それほどに、スズエの体調はよろしくない。

 具体的に言ってしまうと、若干うつ状態になっているのだ。「私が悪いのかな……?」とか「どこまでやればいいの……」とか、仕事中も呟いていることが多くなった。

「今のところ、社員に影響がないところが救いだね」

「でも、どうにかしないとダメだよ。あのままじゃスズエの方がつらいだけだもん」

 アイトとユミが言った。確かにその通りだ、でもスズエはギリギリになるまで何も言わない。それが困ったところなのだ。

「一応、ユキナ先生には連絡しておきますね」

 そう言って、エレンはユキナに連絡した。

『そうなの?分かったわ。ありがとうね、エレン君。君達も心配事があったら何でも話してね』

「はい、ありがとうございます」

 ユキナに話していたら、何があっても対応してくれるだろう。そう思いながら、エレン達も出かけた。


 さらに二週間後、

「スズエさん、来週デートだったよね」

 アイトが言うと、「あれ?そうだっけ?」とスズエは目を丸くした。

「うん。来週の日曜日だよ」

「あ、えっと……その日、バイト入れちゃって……」

 あちゃー、とアイトは思った。最近こうやって忘れていることが多くなったのだ。

「ごめん……ちゃんと確認してなくて……」

「ううん、いいよ。また今度入れちゃえばいいじゃん」

「でも……」

 心に余裕がないのか、こうしてすぐに落ち込んでしまう。

「スズエ、ボクは怒ってないよ。だからそんなに落ち込まないで」

「落ち込んでないもん……」

「そっか。それならいいけど。今日の夜、どっかに食べに行こ?エレンにはボクから言っておくからさ」

 アイトがスズエの頭を撫でる。

 エレンにそのことを報告すると、

「そうなんですね……分かりました、たまにはゆっくりしてきてください」

「ありがとう、義兄さん」

 そうして、二人で食事に出かける。

「何がいい?」

「……生姜焼きセット」

「ボクはハンバーグ定食にしようかな」

 二人で話していると、少しは元気になったようだ。久しぶりに恋人の笑顔が見られて、アイトもうれしくなった。

「せっかくなら、夜のショッピングに行こうよ」

 アイトの提案に、「開いてる場所なんてあるかな」と笑いながら了承した。

 少し早い時間に行ったため、開いている店が多くいろいろな場所に寄った。

「ありがと、アイト」

「ううん。ボクも行きたかったからね。今度はエレン達と一緒に行こうか」

「うん。みんなで食べた方がおいしいからね」

 帰り道、二人でそんな話をしていた。アイトからしたら、スズエが元気になったのならよかった。

 不意に、スズエがアイトの腕を掴んだ。

「どうしたの?ずいぶん甘えただね」

「ん……たまにはいいの」

 安心している恋人の顔に、アイトは小さく笑った。

 そのあと、スズエを寝かせてエレンに話すと、

「少しでも元気になったならよかったです。スズエはすぐに無茶しますからね」

 とこちらも安心した表情で笑う。

 そしてスズエの部屋に入ると、アイトを探しているのか寝ぼけたまま腕を動かしていた。

「うー……あいとぉ……」

「はいはい、今寝るから」

 アイトが布団の中にもぐり、抱きしめるとスズエはホッとしたように胸にすり寄ってきた。

 数日後、レイがリビングに行くとみそ汁のいい匂いが漂ってきた。

「スズエ、おはよゴフッ!」

 珍しく、レイが舌を噛んでしまう。それもそのハズ、スズエが下着姿で朝食を作っていたからだ。

「あ、おはようございます、レイさん」

「いやおはようじゃないよ!?」

「どうしたんですかスズエええええ!?」

 騒ぎを聞きつけたエレンが妹の姿を見て驚く。

「ははは早く服を着なさい!」

「あ、ごめん。服を着る時間なくて……」

「だからってさすがに驚きますよ!?」

 兄さんが代わりますから、と言われ、スズエは服を取りに行く。

「どうしたの?スズエさん。朝、服を着ていなかったってエレンさんに聞いたけど……」

 朝食時、ユウヤに聞かれ「あー……」とスズエは困った表情を浮かべる。

「実は最近、スケジュール管理が出来なくなってて……今日も帰ってきてからお風呂に入ってたらご飯作る時間を過ぎてて……」

 確かに、最近のスズエは時間に遅れてしまったり約束をすっぽかしてしまったりしてしまうことが多くなっていた。普段のスズエならそんなことは絶対にないのでどうしたのだろうと思っていたのだ。

「なんでそれを早く言わなかったんだ?」

 シルヤに聞かれ。スズエは「みんなの迷惑になると思って……」と答える。

「別に、それで迷惑だって思わねぇよ。むしろ困っているのはスズ姉の方だろ?」

 今まで出来ていたことが出来なくなるのはかなりつらいだろう。

「しばらくはボクが管理してあげるから、ゆっくりできるようになっていこう」

「うん……」

 アイトの言葉に、スズエは頷いた。

 しかし、まさかここまでひどくなっているとは思っていなかった。このままでは本当に生活が出来なくなってしまう。

「……さすがに、彼にも手伝ってもらう?」

 レイの言葉に、誰のことだろうとスズエは首を傾げた。


 それからさらに一か月後、見回りをしていると、

「いい加減にしろ!」

 そんな怒鳴り声が聞こえてきた。スズエが顔をのぞかせると、教育係のシロヤがヒビキを叱っているところだった。

「どうしたの?君が珍しい」

 スズエが首を傾げた。事実、彼がここまで怒ることはめったにない。それはユウヤやレイの教育のたまものなのだが、だからこそ不思議に思ったのだ。

「すみません、所長さん。外まで聞こえていましたか?」

「それは別にいいの。ただ、君が怒鳴るのが珍しくてね。ヒビキ君が何かやったの?」

 今回、研究所で午前中だけ働かせるという方向にしたのだが、この様子だと何かやらかしたのだろう。

「仕事中のミスが多くて。改善するそぶりを見せていたらおれも叱りはしなかったのですがそれすらまったくなくて、それで怒鳴ってしまって……」

「そうだったんだね。ごめんね、気付いてあげられなくて」

「いえ、おれもすぐ怒鳴ってしまってすみません」

「ううん。怒ることもたまには必要だから謝ることはないよ」

 二人でそんな会話をしていると、ヒビキが「もう遊び行っていいだろ?」と聞いてきた。

「午前中だけって約束でしょ?まだ終わっていないよ。給料が少なくなってもいいなら、構わないけど」

「えー?」

「当たり前でしょ?真面目にやっていたならまだ分かるけど、そうじゃないんだから同じだけの給料は渡せない」

 はぁ……とスズエはため息をつく。

(このままじゃほかの人にも悪影響が……申し訳ないわ……でも、ここで甘えさせるわけにもいかないし……困った……)

 そう思っていると、

(あ、れ……?めのまえ、まわって……)

 急に目の前が歪み、立てなくなったスズエはその場に倒れてしまった。

「所長さん!?大丈夫ですか!?」

 シロヤの声を最後に、スズエは意識を手放した。


 目を覚ますと、ユキナが務めている病院の天井が目に映った。

「起きた?スズエ」

 ユキナの声に、スズエはそちらを見る。

「過労とストレスだよ。ちゃんと休まないと」

「すみません……」

 スズエが謝ると、「怒っているわけじゃないの」とユキナは告げた。

「ただ、本当は入院してほしいぐらいスズエの精神状態は酷いの」

「そう、なんですね……」

「でも、今日は帰るんでしょ?」

「……はい、まだ仕事、残っているので」

 その言葉と同時に、扉が開いた。

「スズエ!大丈夫ですか!?」

 エレンだ。どうやら倒れたと聞いて慌ててきたらしい。

「過労とストレスが悪化しているね。今までみたいに気にかけてくれたらいいから。何かあったら私に連絡して」

「わ、分かりました。スズエ、立てますか?」

 エレンの言葉に、スズエは頷く。エレンの肩に腕を回すと、彼はスズエを車まで運んだ。

「少し待っててくださいね。会計をすませてきますから」

 そう言って、エレンは一度病院に戻る。そして、家に帰るとすでにみんなが研究所から戻ってきていた。

「スズ姉!大丈夫か!?」

「過労とストレスが悪化したみたいです。少し休ませますね」

 エレンがソファに寝かせると、スズエがキョロキョロと周りを見渡した。

「あー……仕事……」

「今日はもう休む。寝るまではここにいるからさ」

 アイトに言われ、スズエは「じゃあ、そうしようかな……」と目を閉じた。数分すると、寝息が聞こえてくる。

「少ししたら、スズエを部屋まで連れて行くよ」

 スズエの髪の毛を触りながら、アイトが告げる。

 その陰で、様子を見ている人がいた。


 次の日、見事なまでにスズエは熱を出した。

「うー……アイト、熱冷まし取って……」

「はいはい。今日はゆっくり休みな。彼は連れて行くからさ」

 アイトはスズエに薬を渡し、着替える。そして、

「何かあったら、すぐ連絡するんだよ」

 そう言って、仕事に行った。

 静けさが部屋を包み込んだ。一人だと、この広い家はこんなにも静かになるのか。みんなが来る前は、これが当たり前で過ごしていたのか。

「……仕事、しよ」

 スズエは起き上がり、机に向かった。

 そのころ、研究所内では、

「はっ!スズ姉が仕事してる気がする……!」

 スズエの探知機(笑)が何かを察知した。アイトはため息をつきながら、

「ちょっと行ってくるよ」

 と立ち上がった。

 ヒビキはシロヤに声をかける。

「あの、すみません……」

「どうした?遊びならまだ許可は出せないぞ。所長さんから止められているからな」

「いや、そうじゃなくて……」

 ゴニョゴニョと言っている彼に、シロヤは首を傾げる。

 アイトが家に戻り、スズエと自身の部屋に行くと、

「こら、スズエ。休んでないとダメでしょ?」

「やべ、バレた」

 仕事をしているスズエを見て、アイトははぁ、とため息をついた。

「……休まないんだったら」

 アイトがスズエの手首をつかみ、ベッドに押し倒す。

「ボクに構ってよ」

「え、えっと、アイト?」

 ニッコリと恐ろしいほどきれいな笑顔を浮かべている恋人に、スズエは冷や汗を流した。


 ほかの人達が昼過ぎに一度家に帰ってくると、「寝かせたよー!」とアイトがすっごく元気に言ってきた。これは何かやったな、と思ったがあえてつっこまないでおく。

「アイト、今日はスズエを見ていてください。また無茶しそうなので」

「もちろんだよ。じゃあボクはご飯を作っておくね」

「それだけはやめて」

 アイトにくぎを刺して、みんなは戻った。

 その夜、まだ帰ってこないヒビキにタカシがキレた。

「遅い!そろそろ本気で殴るぞあいつ!」

「はいはい落ち着いて。もう寝てていいので」

 スズエが止める。その間にもカタカタとパソコンを触っていた。どうやら仕事をさばいているらしい。

「うんまず君は休もうか」

 レイはスズエが今やっている作業を保存して、そのままブチっと電源を切った。この間、わずか一分程度。

「あー!いいところだったのにー!」

「何か文句かな?」

「……ナンデモアリマセン」

 ずもも……!と黒いオーラをまとっているレイにスズエは冷や汗を流す。この男もスズエの扱いに慣れてきた。

 その時、ヒビキが戻ってきた。

「おかえり。今日は早かったね」

 スズエが言うと、「あ、えっと……」とヒビキが戸惑った。

「その……」

「早く休んだら?明日も仕事だし」

 スズエが言うと、彼は「すんません。これ……」とケーキ屋の袋を渡した。

「うん?珍しいね、こんなの買ってくるなんて。まぁちゃんと食べるならいいけどさ」

「あ、いえ、それ、スズエさんにあげるもので……。シロヤさんに、そのケーキが好きだって聞いたので……」

「そうなの?君がそんな気を遣うなんて珍しい」

 首を傾げながら、スズエは冷蔵庫にそれを入れた。そして、

「あ、そういえばご飯食べた?」

 そう聞かれ、ヒビキは首を横に振った。

「いえ、まだ……でもいいっすよ」

「私が言うのもなんだけど、ご飯は食べた方がいいよ」

 ハンバーグでいい?とまったく聞く気がないらしい。

 スズエがハンバーグのタネを作り、あとは焼くだけというタイミングで、

「今日は何をしていたの?」

 スズエが尋ねる。ヒビキは言いどもるが、嘘をついても仕方ないと口を開いた。

「その……天竜組の人に脅されて」

「は、おど……!?」

 スズエがその言葉を聞くと、少しして倒れた。

「す、スズエさん!?」

 声をかけると、スズエは立ち上がる。そして冷蔵庫から水を取ってコップに注ぎ、

「それ、もう少し詳しく聞かせてくれないかなぁ?」

 ドンッ!とコップを机に置いた。明らかに怒っている。これは逆らえないと悟ったヒビキは「その……五十万を準備しないとお前が世話になっている女を殺すって言われて……」と言った。

 バリンッ!

 それを聞いたと同時に、ガラスのコップが握りつぶされた。

「うちの子脅すたぁいい度胸だ……しかも「この」アトーンメント様に向かってなんて、ねぇ?」

(ヒィ!?)

 スズエは笑顔だが、明らかな殺意があった。

 そのあとの行動は早かった。スズエはその組に即座に連絡を取る。

「あ、もしもし華道?実はそっちの組にうちで預かっている子が脅されたと聞いたんだが、何か知っているか?」

『あぁ、その件か。こっちの方でも報告が来ている』

「なら、話は早い。ボクもそっちに向かうから粛清は少し待ってくれないか?」

『分かった、親父さんにも伝えておく』

「ありがとう。お礼は弾ませてもらう」

 そうして切ると、スズエは「それじゃあ行ってくる」と黒い笑顔を浮かべながら出かけた。

「あ、あの……?」

 状況が分からない。スズエはなぜ天竜組とかかわりがあるんだ?

「あぁ、言ってなかったね。あの子、あぁ見えて情報屋なの」

 ユウヤの言葉にヒビキは驚く。その間に、エレンがスズエの作っていたハンバーグを仕上げた。

 二時間後、スズエが「けりをつけてきたよ」とご機嫌で報告した。顔と服には血がついている。……深堀するのはやめておこう。

「それから、何かあったらちゃんと報告しなさい。それを何とかするのも保護司の役目なんだから」

 スズエの言葉に、ヒビキのかたくなな心は溶かされた気がした。

「それじゃ、私はお風呂入ってくる。ちゃんとご飯を食べて寝なさいね」

「あ、いえ、待ってます……」

「そう?それならすぐあがるよ」

 スズエがお風呂に入っている間、シルヤに声を掛けられる。

「スズ姉もエレン兄さんも料理うまいんだぜ。今日はあれだったけど、今度また食わせてもらえよ」

「そ、そうなんですか?」

「それに、スズエはあなたが帰ってくるまで毎日夕食を食べていなかったんですよ」

 ちゃんと食べさせればよかった……とエレンは後悔を口にした。そこでようやく、自分が大事にされていたのだと気付く。

「上がってきたよ」

「早いな、もう少しゆっくりしてきてよかったのに」

「ご飯を食べたら、ゆっくり浸かるよ」

 本当に他人に優しいんだから……と思いながら、みんなでご飯を食べる。

 そのご飯は、とてもおいしかった。

 それから、彼は真面目に取り組むようになった。

「あの、これどうしたら……」

「それは……」

 そんなふうに、スズエを慕っているヒビキの姿があったらしい。

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