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8: 竜一って誰ですか?

 トイレから戻ってきた父親は苦笑いをしながら話に入ってきた。

「殴りたいは言いすぎやけどな…強いて言えばシバきたいやな!」

「どっちもおんなじやろ」

 母親がツッコミを入れた頃、美波みなみもまたリビングの扉を開けた。歯磨きを終えたようだ。

「兄ちゃんの話? …2人はわからんよな。ええで、話してあげるわ」


[パチン…]

[ブワッ…]


「うお!?」

「くっつくな馬鹿者、ただのミナミだ」

 美波は突然リビングの明かりを消し、スマホの懐中電灯で自らの顔を照らした。

「私の兄貴…浜安辺はまあべ竜一りゅういちの数奇な人生をお話ししましょう…」

「…美波、机の上には座らんといて」

 母親に促され、ソファの前のローテーブルから降りた。


「兄ちゃんは『生きていれば』今年で21歳になるはずや」

「ちょっと待て。生きていればってどういう意味だ?」

 カインズは護衛兵として生きてきた経験もあってか、命に関わることには敏感だった。

「兄ちゃんはな? 18で家出したんや」


 それは美波が14歳の頃の出来事だった。就職も進学も選択せず、いよいよ高校卒業の日を迎えてしまった竜一。ある日、竜一は高校時代に稼いだバイト代をすべて下ろして姿を消した。


「…それだけで済んだらよかったんやけどねぇ」

美波は腕組みをした。そこで母親はリビングの明かりをもう一度つけ、思い出したかのように語り出した。

「バイト代はええんよ。自分で稼いだやつなんやし。…問題は父ちゃんや母ちゃんの貴重品をかっさらったところや!」


 母親はとてつもない剣幕でローテーブルを叩いた。それを見たカインズはのけぞり、ランドブレイクは眉をひそめた。

「…母ちゃん、2人ともビビっとるで」

父親は2人の気持ちを汲みとってか母親をなだめた。

「そうは言うけど、父ちゃんやって大事なもん盗まれたやろ?」

「…いうてそんなに被害なかったけどなぁ?」

 それを聞いた母親はあからさまに溜め息をついた。


「あんたは平気やったかもしれんけど、こっちは服やらネックレスやら盗まれとるんや! ただの装飾品やない! あんたと若い頃に行ったデートとか、大事な局面で身につけとったモンを盗まれたんや!」


 母親は溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように言葉をぶつけてきた。父親も父親で苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「…わかっとるよ」

「わかってないわ! よりにもよってピンポイントで思い入れのあるモン盗まれたんやで? 『タンスの奥にあるからいらんやろ』みたいな軽い気持ちやったかもしれんけど…いるから! バチクソにいるから!」


 母親は長々と怒りをぶちまけ、荒くなった息を整えた。

「…それで…その竜一()()は盗んだものをどうしたんすか?」

「カインズ、さん付けせんでええであんなヤツ。…そうやな、なんか芸人に弟子入りするとか言いよったな。交通費とかにあてたんとちゃうか?」

美波は冷たい声で大まかな動向を説明した。

「芸人? 芸人とはなんだ?」

 そのような疑問を口にしたのはランドブレイクだった。カインズも気にしている。


「2人とも外国の人やもんな。芸人っちゅうのはコメディアンのことや」

父親は美波の代わりに答えたが、残念ながら英語にしたところで異世界出身の2人には分からない。

「要するに笑わせる人のことや。人を笑わせたらお金になる…そんな仕事があんねん」

 首をかしげる2人を見かねて、美波はよりかいつまんで話した。2人はより一層疑問が増したようだ。


「人を笑わせたらお金になる…?」

「呑気な仕事だな…本当にそのようなことができるのか?」


 ランドブレイクがそのように口にしたので、母親の消えかかっていた怒りの炎にさらに燃料が加わった。

「そこなんよ! よう言うてくれた! 芸人になるんやったら才能も努力も人一倍必要になってくる! やのにあのバカ息子はなんにも分かってない! 認識が甘い! 人工甘味料みたいなヤツや!」

 母親はこう見えて飲酒はしない。しかしこの瞬間ばかりは酔っているかのように見えた。


「才能とか努力以前にそんな仕事…」

「人間というやつはつくづく滑稽よのお…」


 2人はヒソヒソと話している。特に母親の肩を持ったつもりはないが、結果としてそうなったようだ。

「とにかくその芸人になるために、芸人の大先輩のもとに直談判しにいったらしいねん。僕を弟子にしてください言うて」

美波は話を続行した。

「弟子…うん、弟子だな、それは分かるぞ! …それで、弟子にはしてもらえたのか?」

 カインズはなんとか話を理解しようとした。師弟関係のことは分かっているらしい。


「…それがわからんねん」

「分からないとはどういうことだ?」

「音信不通になったんや。…ほら」

 ランドブレイクの疑問に対し、美波は実物を見せた。スマホの画面には…


「メンバーがいません…?」

 横から覗き見たカインズは読み上げた。

「そう。アタシも父ちゃんも母ちゃんも、兄ちゃんと話ができへんようになった。こうなったらどこにおるかもわからん」


 行方をくらませた長男。それは浜安辺家はまあべけを暗くさせる唯一の話題だった。

 彼らは23時を迎えようとしていた。


「ごめんな2人とも。家族の話に長々付き合わせてもうて…」

 時間が経ち、母親は落ち着いていた。

「いえいえ…付き合わされたなんてそんな…」

「そもそも話に巻き込んできたのはミナミなのでね。母君に落ち度はない」


 ランドブレイクは美波を親指でさし、歯にきぬ着せぬ言い方をした。美波は思わず目を逸らす。


「そんなはっきり言わんでも…ふぁ〜あぁ…なんか眠くなってきた…」

 美波が目をこすると、母親や父親も釣られてあくびをした。

(めっちゃ家族って感じだな…)

カインズはその様子を微笑ましく思いながらも、あまりの共鳴に少しだけ恐怖も感じた。


「少し早いかもしれないが、私はもう休もうと思う」

 先陣を切ったのは意外にもランドブレイクだった。

「そうやな…ランドブレイクくんは記憶喪失やし、いっぱい知らん人に囲まれて疲れたやろうしな!」

 父親はキラキラした瞳で言い放った。

「お気遣い感謝する。…部屋は2階だろうか?」

「そうやで。2階に上がってすぐ右側にあるから! ゆっくり休み!」

 父親の言葉を最後に、ランドブレイクは丁寧に礼をしてリビングを出た。

「なんかあの子…貴族みたいやな」

 母親はその様子をそう形容した。

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