6: 次に入るのは誰ですか?
「ほんで…カインズくんとはいつどこで知り合うたんや?」
食器を片付けた父親は再び席についた。ランドブレイクはひとまず記憶喪失の料理人として、残すところはカインズだ。その頃にはカインズは食べ終わっており、美波の言葉を待っている。
「カインズとは…1週間くらい前に…」
天井を見上げて嘘を考える美波。カインズは息を呑み、ランドブレイクは水をひとくち飲んだ。
「ジ、ジムで出会うたんや」
近所の犬の遠吠えが聞こえた。両親は不思議でならなかった。
「ジム…? あんたが?」
母親は指をさす。
「運動が嫌いな美波が?」
父親は目を見開く。
「いうてもアレやで? 学校から帰りよったらたまたまカインズが…その、なんていうの? アレよほら…そう! バーベル! 仰向けでこ〜やってから…」
美波は座ったまま両腕を動かした。母親は続きを促した。
「うん、ほんで?」
「カインズが頑張るとこ見て…あ〜、ああやって頑張る人ってなんかええなぁ思て、応援しとうなったっていうか…」
上手く嘘はつけているだろうか。そう思って美波はモジモジし始めた。
「…なるほどなぁ、カインズくん確かにマッチョマンやもんなぁ」
母親は、美波とカインズを見比べてニヤニヤしている。父親は特に気にせず「うんうん」と同意した。
「カインズさん」
「…はい?」
「美波のこと、どうかこれからも仲良ぉしたってくださいね」
時刻はもうじき20時を迎える。カインズはしばし黙り込み、やがて口を開いた。
「…分かりました」
こうして5人は食事を終え、いよいよ入浴の時間となった。
「みんなぁ、母ちゃん先に入っていい? バレーして汗かいたんよ」
美波の特殊な事情により、母親は風呂に入る前に食事を済ます結果になってしまった。
「そう? あんまり汗かいてなさそうやけど…」
美波が言うように、その日はさほど汗ばんではいなかった。
「そういう風に見えるだけよ。ホンマは早ぉ入りとうてたまらんかったわ。…カインズくんとランドブレイクくんも、母ちゃんが先でもええ?」
母親の問いかけに文句を垂れる者は特段いなかった。
「俺は全然かまいませんよ」
「私もかまわない。ゆっくりしてきてほしい」
一番風呂の切符を手に入れたのは母親であった。ママさんバレー期待の星、そんな彼女の湯浴みを邪魔する者など存在しない。
「にしてもよぉ…美波の母さんってすっげぇ良い人だな!」
「そう? まぁアタシもそう思うけど」
「父ちゃんも今の母ちゃんと結婚して正解やったと思うわ」
「父君もなかなかの人格者ではないか」
「ランちゃん嬉しいこと言うてくれる〜」
母親の風呂上がりを待つ4人は、リビングで思い思いに過ごした。
20時30分になる少し前、母親は風呂を出た。
「気持ちよかったぁ。次誰入るぅ?」
「アタシ入りたい」
二番手に名乗りをあげたのは美波だった。
「美波が入りたがるなんて珍しいなぁ。いっつもめんどくさがるのに」
「9時からMトレやねん」
「あーそうか」
美波の言葉に2人は首をかしげる。
「美波、Mトレってなんだ?」
「私も気になるぞ」
「んっとね、『ミュージックトレイン』っていう音楽のテレビなんやけど…」
2人がこの世界に来て2時間ほどが経つ。「テレビ」というものがリビングにある四角いものだと感覚的に分かっているようだ。
「ずっと気になっとったんやけど、お2人は外国の方?」
父親はカインズとランドブレイクに疑問を投げかけた。
「外国…はい、外国…っすね!」
「顔立ちが違うので、もしかすると私は異国から来たのかもしれぬ」
実際のところ国境や海では飽き足りず、時空までもを飛び越えてきた2人。とてもではないが信じてもらえないし、信じられては都合が悪い。
20時50分頃、全身ピンクのパジャマに身を包んだ美波が出てきた。
「カインズとランドブレイクはどうする? 父ちゃんは最後やろうけど」
この家庭では、父親が最後に追いやられるようにできているらしい。
「俺はMトレってやつが観てみたい」
「私もだ。この世界の音楽が気になる」
2人はすっかり家族に馴染んでいた。カインズもこの頃には魔王に恐怖心を抱かなくなっており、ソファに隣同士で腰かけている。
「そっか」
美波も2人と並んで座った。
「BT$はやっぱ最後の方かな〜 人気あるし」
「ビーティー…なんだ?」
右隣のカインズが不思議に思っているので、美波は画像検索した画面を見せた。
「…こんなのが人気なのか?」
「一応世界中で人気らしいよ」
「珍妙な世界だな…」
カインズとランドブレイクは現実世界でカルチャーショックを受けたようだ。
「…うおお! そんなこと言うてる場合やない! 不里がもう出とるやんけ!」
「美波が好きな歌手やんな?」
父親はコーヒーを片手に首を突っ込む。
「うん。『びしょ濡れフラワー』って曲で有名なんやで! 今からそれやるらしい!」
「独特な名前だな…」
「朝露かなにかだろうか?」
時刻は22時。
お目当ての不里のみならず、あいふぉん、クラゲクションなどが出演し、美波にとって有意義な1時間になったという。
「早口で薄っぺらい歌ばっかりだったな…」
「同感だ。もっと心を揺り動かすような歌を聴かせるべきだ」
…異世界の2人には、全体的に不評だったようだ。
「文句言うんやったらはよ入って!」
美波は機嫌を損ねてしまった。
「いや、お前が言ってたフリとかアイフォンはいい歌だったと思うぞ?」
「うむ。特にクラゲクションは歌詞も伴奏も美しかった」
「…わかっとるやん」
この女はチョロかった。夜が深まりつつあることもあり、美波は父親の買ってきたアイスを食べるかどうかを迷っていたが、気分が良くなったので食べることにしたらしい。
「ほんで2人とも、どっちが先入る?」
冷蔵庫に姿を消した美波の代わりに、母親は投げかけた。
「カインズ、君が先に入りたまえ」
ランドブレイクは譲った。…いや、守りに入っただけなのかもしれない。
(俺が入ってる隙にどっか隠すだろ…ワールドクリスタル…!)
カインズとて元護衛兵。魔王相手に完全に心を許したわけではなかった。
「いや…あんたが先に…」
3番目に誘導しようと反論しかけたカインズだったが、彼はとっさに踏みとどまった。
(ちょっと待てよ…? 俺が見張ればいいんじゃねぇか?)
「ランドブレイク、俺と一緒に入らないか?」