1: この状況はなんですか?
「美波、お風呂洗うといて」
美波と呼ばれた少女は、メッセージアプリに送られたそれを見て渋々風呂場に向かった。
パキッと音を立て、折り畳まれる風呂場のドア。
(めんどくさいなぁ、ホンマ…)
美波は溜め息をつきながらも、バスタブのカバーをめくった。
[ペラッ]
[チラッ]
(…チラッ? え、なに? チラて)
俗に言う「そっ閉じ」をした美波。なにかの見間違いだと思った美波は、もう一度カバーをめくってみる。
[ペラッ]
[チラッ]
…
[ピッ、プルルル…ガチャ]
「母ちゃんバスタブに変態がおるー」
「バカお前っ…誰が変態だ無礼者!」
バスタブの中では、全裸の男が体育座りしていた。
見知らぬ赤髪の男。変態と呼ぶにはふさわしい。
「あんた誰やねん! なんで人ん家の風呂場におんねん! 変態! ロリコン! デカチン!」
齢17歳の美波は男性経験が皆無であり、幼き日に目の当たりにした実父のものが記憶の片隅にあるのみである。
「いたっ…いや痛くはないが…とりあえずそれで叩くな!」
美波は父親のブルーのボディタオルでペシる。
「マジでどっから入ってきてん? 警察呼ぶでホンマ!」
「俺はっ…ワールドクリスタルを取り戻しただけだ!」
「わ、わーるどくりすたる?」
「そうだ…ほら、これが実物だ」
[コロン…]
[ピッピッピッ…]
「見てみ? 緑のボタン押したらあんたはもうお縄や。全裸のまんましょっぴかれるんやで?」
美波がスマホの画面を見せてすごんだ。そのときだった。
[ピカーン!]
「何何!? 何その光!?」
「はっ!? まずい!」
突如としてバスタブの奥から…男の背中のあたりから紫色の光が力強く現れた。美波はもちろん、男までもが焦りを見せ、慌ててバスタブから出てカバーをかけた。
「おいお前! このカバーもっとキツくできないか? ビッチビチに!」
「えとえーっと…あ、強めのガムテープやったらあるで!」
「が、がむてぇぷ?」
緊急事態の一体感は、変態もノット変態も問わないようで、美波がお手本を見せると男は即座に理解した。
2つ用意されたガムテープ。バスタブはたちまち茶色いミイラになった。
「よし…おいお前! 服をくれ!」
「なんやねんあんたさっきから! 変態の分際でエラそ…」
[ガタッ!]
「ひっ!?」
バスタブが物音を立て、男は美波の口を塞いだ。全裸の男が女子高生の口を塞いでいる。
「静かにしろ…まずは服をよこせ…」
耳元で囁かれた美波は首を縦に振る。
(あんなええ声で…いやええ声ちゃうわボケ! 変態に惑わされんなアタシ!)
美波は頭の中で叱責しつつもタンスの中をあさる。
「とりあえずこれ着てや。父ちゃんのやつやけど…」
ジーパンと白いTシャツを手渡し、下着はどうしようかと迷っていたところ、男はそのままジーパンを通した。
「ちょおまっ…ノーパンやんけ!」
「俺は普段からノーパンだ!」
(ええ…)
[ガンッガンッ…ビリッ!]
「やばい…」
男が着替え終えた頃、風呂場からガムテープの一部が剥がれるような音がした。
「とにかくアレやんな? やばいやつがバスタブに出てくるっちゅう話やろ?」(やばさでいうたらコイツも大概やけど…)
「ああ…どこか身を隠せる場所はないか?」
ポケットに例のクリスタルをしまった男は尋ねた。
「トイレ…は見つかったら終わりだし、押し入れもダメだし…とりあえず2階いこ!」
美波はそう言って、男とともに忍び足で階段をのぼった。
そのとき…
[ガチャッ…]
[ガンッ、バリィ!]
玄関の鍵が開く音と、バスタブのガムテープが完全に剥がれる音…その2つが同時に鳴り響いた。
「誰だ?」
「母ちゃんや…とんでもないことになった…」
2階からだと玄関は丸見えだが、肝心のバスタブから出てきた者の姿は見えない。
「美波〜? なんやバリィ聞こえたけどナニィ?」
(のんきにバリィとナニィで韻踏んどる場合ちゃうて…)
「あれが母親か? 随分と肥えてるな…」
「あんたそれ…母ちゃんの前で言うてみ? 殺されるで…」
2階の陰から見守る2人は小声で話す。
「はっ!? 誰!? なんで裸なん!?」
「あかんな、ここからやと手すりが邪魔で見えん…けど裸やってことは分かるわ」
思わずカバンを床に落とす母親。
「また男や…けどあんたと違って髪が黒…ちょっと?」
ふと見ると、男は完全に青ざめていた。
「どうしたんや…あの人そんなに怖いヤツなんか?」
「怖いなんてものじゃない…あいつは…」
「あいつは?」
「…魔王だ」
[ドゴッ!]
鈍い音が聞こえた。顔を見合わせていた2人は、まさか母親が殴られたのではないかと思い視線を向ける。
「…まぁ、うちの母ちゃんに限ってそんなわけないわな」
「う、嘘だろ?」
美波の母親は、赤髪の男のいうところの「魔王」の顔面に拳をめり込ませた。
「あれ? 美波…そのひと誰ぇ? 外人さん?」
母親は美波たちの存在に気がついたようで、美波に続いて赤髪の男は、おそるおそる階段をおりた。
「母ちゃん大丈夫やった? 全裸の変態になんかされんかった?」
「なに言うてんのぉ。…なんかされる前に一発カマしたる! それが母ちゃんの流儀やで!」
笑いながらジャブを打つ母親…
「ところで美波ぃ…そちらの方は?」
「あー…」
(誰やろ…けど誰かわからんかったらこの人も殴られるんじゃ…)
「俺…いや、私はカインズ・アンダルシアと申します。ミナミさんの…友人でございます」
(こいつ強い人には敬語なんかいな…あからさまやわぁ…)
カインズは冷や汗をかいて丁寧な言葉遣いをした。
「あら、日本語がお上手なこと! …この変態は?」
「そいつの名前はランドブレイク…魔王です」
「やだ私ったら! 魔王ワンパンやんけ! あはは!」