節分の次の日だから【令和の時代のオニ退治】
鬼は居るのだ。
いや、俺の正気を疑うな。そんな突拍子も無い話なんかじゃ、無い。
そも、鬼とは何だ。
退治の対象。かもしれない。人は事有る毎に鬼退治に奔走してきた。昨日も老若男女問わず、煎り豆を見えぬ鬼目掛けて投げつけてたでないか。一億玉砕鬼退治、である。
しかし、鬼は何処だ。
居ないではないか。虎皮の衣を纏い、棘付きの金棒を振るう怪力乱麻。そんなのが居たら皆逃げ惑うではないか。然り、然り。だが、そんな者は何処に居るのやら。
鬼は、内。
福豆を投げて追い払う鬼だが、そも何故に豆か。古くは鬼が嫁を盗りに来たり。なれど嫁に出さんとする親御は「この豆が芽吹いたら祝言」と約束し、煎り豆を託したと言う。何も知らぬ鬼は煎り豆を蒔いて芽吹きを待つが、一向に芽吹かず。鬼、春に泣きながら逃げる。果たして鬼はどちらか。
鬼は、内。
人無き所に鬼は居ず。足跡皆無なツンドラ地帯に鬼が居たら【新たなUMA発見】となるやもしれぬ。それはさておき、鬼は人の心に住まう。妬み、嫉み、やっかみ。アイツが憎いと怒りに我を忘れれば、即ち鬼と成る。人の内に鬼が居るのだ。
「こんなもんで、俺らが怯むもんかい」
鬼はそう言うと足元に転がった豆を掴み、バリバリと食ってしまった。
「なぁ、あんた。どうして俺らは豆を避けるか知ってるかい」
一通り豆を食い終わった鬼は、そう言いながら通りの向こうを指差した。
「鬼はな、豆が怖いんじゃない。ああやって豆に籠められた殺意が怖いのさ」
鬼はそう言いながら向こう側に向かって用心しながら歩き始め、足元に転がる豆を踏まないように脇へと避ける。
「怖くないんじゃないのかい」
「怖くはねぇよ。ただ、撒いて直ぐは情念が籠りたてだから生々しくてな……ひりつくんだよ」
言われて見ても、豆は豆だ。別に判る訳でもない。
「でもこの国は複雑だよ。片や鬼は皆殺しみたいなマンガが流行ってるのに、片や鬼って言葉をホイホイ使いたがる。親しみを籠めて使われたり、何だりでな」
そう鬼は言いながら、でも一番恐ろしいのはよ、と前置きしてから、
「……人間に忘れ去られちまう事さ」
そう言って道端に転がる、事故死した者を弔うつもりで置かれた花束を指差す。
「……枯れてどんだけ経ったか知らんが、もうきっと誰も此処で手を合わせる事なんざ無かろう。こーなると……もう、誰も思い浮かべんさ」
最後にそう言うと、鬼は町の喧騒に溶け込むように姿を消していった。