27、古人形
次の日の朝早くに携帯が鳴った。
「ああ、はい」
俺は座卓の上の携帯に手を伸ばし、起きたばかりだというような声を出した。
「仕事だ。ギルドまで来てくれ」
それだけを言うと電話は切れた。露九戊からだ。
すっかり忘れかけていた。俺は冒険者だ。仕事があれば働かなくてはならない。
制服に着替えてギルドに向かう。
ギルドでは猿田とノエルが既にいて待っていた。
「よお、おはよう」
「おはようございます」
その奥で露九戊がいつものように座っていた。
「仕事は死兵の破壊だ。場所は地図にある通りだ。すぐに当たってくれ」
死兵討伐? そんなもののためにドメインと呼ばれる人間が三人も行かなければならないのか?
俺はこのときはまだ、白の量産型死兵しか相手にしたことがなかったからわからなかった。
「破壊でいいのですね?」
「そうだ、破壊でいい」
猿田が確認した。任務の通達文では破壊Aとなっている。Aランクの仕事だ。
「では向かいます」
「頼むぞ」
そう言って俺たちはギルドを出た。
外に出ると猿田は制服の上着を脱いでシャツ一枚になった。上着を肩にかけて歩き出した。
「久しぶりの仕事だ。さっさと片付けよう」
あとにノエルと俺が続く。四月ももうすぐ終わりだ。うららかな春の日が差す街の中を歩いていく。まだ春の香りが残っている。今まで過ごした春の景色がよみがえってくるようだ。入学式、卒業式、俺はいつも一人だった。親が来るということは一度もなかった。それでも新しい生活には緊張と期待で心が弾む予感があった。道を行く子どもたちを眺めながら昔を思い出していた。
人々はそれぞれの生活を営んでいた。店の中で番をしている人。通りをほっつき歩く犬や猫。家の中で食事をつくる人。
場所はフアン草原地帯。白井を出て南東に向かった先にある。
六時間ほどかけて街を出て、さらに二時間ほど外地を歩いた。歩き慣れている俺たちだが、結構な距離だ。猿田は時々足運びに内功を込めている。わざと緩急をつけているようだ。見ていても飽きない。
どのような身体操作にも内功は込められる。俺はスキルに必要なものだとばかり思っていた。すぐに再現するには日数が必要だった。
場力は相手に向けてつくり上げるが、内功は自分一人の中で完結している。空箱と一緒だ。場力は奮い立たせるように気を込める必要があるが、内功は衝動のようなものを身に纏う。どちらも簡単にはできない。砂川の場力は受けて心地よかったが、猿田の内功は曲芸でも見ているような気分になる。
しばらく歩くと目の前に草原が広がった。
人間の手が入っていない自然の風景だ。俺はそれを初めて見た。どこまでも広がる草原。所々に背の高い木が立っている。人間という妨げを感じずにそれはどこまでも振り切って見えた。風は柔らかく草木を揺らしている。街中よりもそれは澄んで見えた。深呼吸すると景色の中に吸い込まれそうになる。
草原の真ん中ほどにそれはいた。
黒い人形だった。
昔、真夜中の学校や林の中でカブトムシやクワガタを見つけたときのような感覚を思い出した。珍しいものを発見したときの感じだ。
それは武道の型のような動きを黙々と取っていた。
不気味な光景だった。何もない場所で突きや体重移動をひたすら行っている。自分の世界に没頭しているようだ。
今まで見た人形とは明らかに違う。生命力のない無機質な動きと違い、人間特有の癖のようなものが感じられる。動く影は滑らかで人間そのものだった。
「あれだな」
そう言うと猿田は上着を草原に放り投げ、挨拶も抜きに人形の後ろに回り込んで一気に間合いを詰めた。
気配を殺して迫り、インパクトの瞬間に源力を爆発させる。
猿田の殴殺が背面を捉え、人形を殴り飛ばした。
ゴッ、ガゴン、ガラガラ
十数メートル吹き飛んでいって止まった。全力の殴殺だったが、あまり効いていないようだ。人間のように起き上がると下を向いた。何故下を向くのかよくわからないが、ようやくこちらに気付いたようだ。
「頑丈だな」
人形はそう言う猿田に狙いを定め、襲いかかろうとした。
そのとき。
ゴオ、――ガンッ
真横から衝撃が入り、横に傾いた。
ノエルの【弩投石】が命中した。大振りのオーバースローが目に映った。頭部に傷がついたが、やはり倒すまではいかない。
「どれ、根気よくいくとするか」
そう言うと猿田は深く構え、人形と向かい合った。
そして懐に踏み込むと同時に右の殴殺を振った。
ゴン、ゴン、ゴン、がゴン
連打を浴びせる。
顔面、顔面、土手っ腹、体が浮いたところを上から殴りつけた。
全ての攻撃を食らい、よろよろとよろけたかと思うと、人形は猿田の体に手を回してきた。投げの体勢に入る。ジャーマンスープレックスだ。
咄嗟に体の力を抜いて沈むように落ち込んだ。まるで砂袋のように体が重くなる。七十キロの猿田を投げられない。今度は猿田が人形の首を掴み、投げる動作に入った。
背負い投げで地面に叩きつける。そのまま左肘で首を押さえつけ、右手で腰の辺りを探る。
腰に下げたそれを取り上げると人形の腹に押しつけ、後ろに下がり、距離を取った。
「伏せろ!」
耳を塞いで口を開けて伏せる。咄嗟にノエルと俺も同じようにした。
ドゴオオ――ン
強力な手榴弾が炸裂した。
激しい爆風が辺りを包む。
風が吹き、土煙が払われると小さなクレーターが浮かび上がった。草地が剥げ、地面が抉られている。
その真ん中に人形が崩れ落ちていた。
やったのだろうか――。
壊れたようにも見えるが、まだわからない。
ガラガラガラら
人形は再び起き上がるとクレーターから這い出してきた。
体はひしゃげているが、まだ壊れていない。
「なるほど、これは厄介だ」
空は曇りだし、雨が降り始めた。
ときどきこうして武道と遠隔操作の訓練をしている死兵に出くわすことがある。直接操作の直参だ。それらはときどき人を襲った。
数年前の事件から、死兵は見つけ次第破壊するのが決まりになっていた。実害があるかないかは関係ない。
直参の人形は痛覚は無効だが触覚は戻って来る。打撃の反発や重量は感じることができる。
実戦の経験を積めることを喜ぶかのように、人形は両手を広げ空を仰いだ。鷹揚な仕草だ。
しかし、もう遅い。
降り注ぐ雨に濡れて人影が揺れた。
どうやらお天道様が催促しているようだ。
気がつくと目の前に猿田が迫っていた。
人形は咄嗟に両手を広げて受け止める体勢を取った。
ゴオッ
一撃、攻撃を入れられたように見えた。
しかし実際は五発、全身に入れられていた。
殴り飛ばされた人形はそのまま空中で分解した。
「雨天結構」
それだけを言うと壊れた残骸を一欠片、拾い上げた。
死兵討伐。
あとには春の景色の中を雨の打つ音だけが残った。




