パート2
世界観の設定とかは実は深く考えていません。
いやごめんなさい。
あれから彼女が教えてくれた事々の梗概を簡潔にまとめてみる。
この世界は、いわゆる死後の世界。といっても一般的に「あの世」と呼ばれているようなものではなく、この世(現世)とあの世の中間に位置する場所だそうだ。それも例のスクランブル交差点で亡くなった人の精神体だけがこの世界に来ると。オカルトチックで全体的によく分からないが、三途の川みたいな場所なのだろうか。
彼女は例の交差点で最初に死んだ人間らしい。時期は異なれど僕と同じ立場のようだ。「妖精」より「幽霊」の方が正確に僕たちを名状しているように感じる。
僕は二人目というわけか。さりとて名誉の死とも言うまい。
「そうそう、こちらの世界から現世を覗き見ることもできるんです。勿論、あなたが事故るところもばっちりと。いやぁ、壮観でした。意外と外見からでは致命傷と判らないんですよ。救急車が来て運ばれていったんですけれど、もうその時には絶命していたのでしょうねぇ。野次馬もぞろぞろ来てましたし、道路も封鎖されていたので車の運転手からは恨まれているんじゃあないですかね(笑)」
事故だったのか。まあそれはそうか、交差点で死ぬといったら交通事故だろう。
それにしても彼女は何故人間が事故で絶命した話をさも楽しそうに語れるんだ。『壮観でした』って何だよ。(笑)を使うな。人の皮を被った悪魔なのか? いや、妖精か。
「全く、にわかには信じられない話ですよ。死後の世界ですか。人間に考えつくようなものが実在するなんて、ロマンの無い話ですね」
「現象が、存在が、全てが全て理論で説明できるなんて幻想を抱いては駄目ですよ。世の中には例外だらけなのだから」
研究者なんかが聞いたら気を悪くしそうだ。かくいう僕も理系なので、あまり聞いていて心地よい話ではなかった。
「ふぅん」
適当に相槌を打っていたが、僕の心は彼女の話には無かった。
僕が気になっていたのは唯一つ。
「質問、いいですか?」
「構いませんよ。私の知識なんてたかが知れていると思いますがね」
では、お言葉に甘えまして。
単刀直入に切り込む。
「『現世に還る』ことは、できるのですか?」
「……現世に?」
驚いている様子こそ無かったが、彼女は少し意外そうな調子で聞き返してきた。
「つまり――生き返りたいと?」
「はい。もしできるのならば……現世で続けたいのです、僕の人生を」
人生を過信するのもよくないのだろうけれども、十五で散るなんてのは流石に嫌だ。僕はこんな所で終わる男じゃあない。なんて言ったら鼻で笑われるかもしれないが。
「へぇ……なるほど。確かに、死にたくない人だっていますものね。いや、むしろ私のような人間が少数派なんでしょうか、世間一般では」
ん? これまた随分と思わせぶりな発言を。
「つかぬことを伺いますが……ひょっとして、死んだことを後悔していないのですか?」
「……まあ、色々あったり無かったりしたもので……」
こんな時、何とコメントしたらいいのだろうか。
「……あれですね、生死に対する倫理観の違いってやつでしょうかね? 多様化社会ですから、生きたいも死にたいも尊重されるべき意見だと思いますよ、はい」
道徳の問題と同じで正解は無いのだろうけれども――少なくとも今のはハズレだ。どちらかというと的外れか。
「別に慰めて下さらなくても結構です。私の事は置いておいて、ですよ。あなたが生き返れるのか否か――」
彼女が半ば強引に話を戻した。
「――結論から言いますと、十中八九『不可能』です」
……無理なのか。
ショックだ。
死ぬほど。
「なぜ、言い切れるんですか?」
「言い切ってはいませんよ。根拠は、『なんとなくそんな気がしたこと』とでも言っておきましょうか」
「なんとなく……」
漠然ととしている。生死の分け目をなんとなく見限られたらたまったもんじゃあない。
「ああいえ、違うんですよ。当てずっぽうでって意味じゃあなくて。こちらの世界に来て数日経ちますと、なんというか、こう、――悟れるんです。んー、この感覚ばかりは一度経験した人にしか解ってもらえないと思いますが。現世を覗き見るのに使っているのもこの力です。あと数日もすれば、あなたも悟れると思いますよ」
「クトゥルフ的なやつですか?」
僕のSAN値は持つのだろうか。
「共感覚、お揃いですね」
「微妙な嬉しさ!」
「なんなら今まで全部感覚で喋っていましたね」
「感覚で人にものを教えていたんですか?」
「A高生に感覚で知識マウント取るの楽しかったー」
「そこに優越感を覚えていいんですか!?」
それを知識マウントとは呼ばない。
「まあ真面目な話、何せこの世界に関する情報を入手する手段が存在しないので、感覚と推測に頼らざるを得ないんですよ。私が――いえ、私たちが正しいと思えば正しいんです。私たちがこの世界のルールですから」
「はぁ……」
なんだか腑に落ちない。悪魔の証明臭いところがある。
「というかルール云々以前に、肉体が滅んでいるのですから不可能に決まっているじゃあないですか。あなたの身体は今頃火葬されているかもしれませんし、既に骨と灰になった後かもしれませんから」
さっきから思っていたけれど、この人はなぜ辛辣な物言いを繰り返すんだろうね。
こういうことを言うと特定の人から怒られるかもしれないが、顔立ちが整っているだけに余計に心に刺さる。苛立ちの矛先を向けられず、もやもやとした感情が心の中に残る。
「あと。これは私の価値観なので無理に共感を求めようとは思いませんが……」
「なんですか?」
「ズルいと思うんですよね」
……ズルい?
「例の事故、あなたには非がありません。悪いのは轢いた側、ルールを破っていたのは轢いた側」
でもですよ、と彼女は続ける。
「あなたは、『運が悪かった』んです。こう言ってはなんですが、あなたは理不尽にも人生の敗北者なんです。なのに、『死んだ』という事実を消し去る? ……人間に許される事ではありません。死んだ人間が――あなたが、コンテニューできるはず無い。できていいはず無い。人命は、ゲームみたいにコイン一個で買えるほど安っぽいものではない、と私は思いますね」
「……」
「人生は、一度きりなんです」
彼女は。死んでから今まで、そういったことをずっと考え続けているのだろう。生きるとは何か。死ぬとは何か。
当然、数年ぽっち考えるだけで答えが出る問いではない。でもきっと彼女は、揺るぎない価値観を見つけて持っている。
その一つが、「人生は一度きり」なのだろう。僕の十五年の人生で何百回耳にし目にしたことか分からない。その度その度で安易に異なる意味合いを持っているように感じていたが、それは大きな勘違いというものだ。
そうであるように、そうである。
ただの事実。
教訓なんててめえで作れ。
今になって――死んで、ようやく理解できた。皮肉なことに。
「解りやすく言えば、敗者復活戦出場権が与えられないという点で平等が保たれなければいけない、みたいな」
これはとても遠い比喩。
「そうですね……。うん。そういうことです」
「じゃあ、もしあなたにその千載一遇の生還チャンスが回ってきたら?」
彼女はうすら笑いを崩さずに、
「生憎ながら生き返りたいと感じたことがないもので」
と呟いた。
「そうですか」
ヨウセイ過去編、気になるなぁ。
もっと仲良くなったら聞いてみよう――ものぐさな作者がヨウセイの設定まで作り込んでいるのか疑わしいが……。
「ま、慣れればどうってことありません。現世に戻りたいなんて思わなくなるかもしれませんよ」
「どうってことないって……。総人口二人のこの世界じゃあ娯楽もろくに無いでしょう?」
「私がいる。それだけで充分じゃあないですか」
なんだその自信は。そういうのは自分で言ったら駄目だろう。勿論、一人きりより断然マシだとは思うが。
……。
一人きり。
彼女は死んでから今まで――何年間か分からないけれども、ずっと一人きりで生きてきたというのか――否。死んでいた、か。
否、死んでいた、か。
「やっぱり、渡辺さんが来てくれて良かったと思います。寂しい以上に、私一人では退屈極まりないですよ」
「いえいえ、死んだだけですから」
「それが良いんですよ。本当に、死んでくれてありがとうございました」
ん?
「ちょ、ちょっとそういう言い方は――」
ブラックジョークだとしても、それは流石に失礼ではないか。しかし彼女はその勢いを止める事無く。
「この調子でもっと多くの人が死んでくれるといいんですけどねぇ」
と。
この発言にはさすがの僕も閉口した。
いやいやいやいやお前倫理って知ってるか!?
「ヨウセイさん! 謹んでください!」
「おっと」
さっき『人生は一度きり』とか言っていたのはなんだったんだ。感動を返せ。
「これは失礼……」
言いつつ、彼女にはまるで悪びれているような様子が無い。
もしかして、悪いと思っていないのか。
妖「東方紅魔郷のオマージュが含まれているそうですよ」
歩「ふぅん」