第九十六話 青の聖騎士8
気がつくと、ウィリスは真っ暗闇の中に立っていた。
(ここはどこだろう?)
そう思った瞬間、暗闇の中から、ゆらゆらと三本の濃紫の陽炎が立ち上る。
その陽炎はやがて人型となり、ウィリスへと近づいてきた。
徐々に近づく陽炎は、やがて三人の人物へと成り果て、言葉を漏らした。
「ねぇウィリス。どうしてあの時もっと早く私達を助けにきてくれなかったの?」
「ウィリス。どうしてあの時ルッカを死なせた?」
「私を盾にして生き延びたくせに、どうしてウィルだけ幸せそうに生きてるの?」
生気のない顔をした母が、父が、姉がウィリスを責め立てる。
その三人を前にして、ウィリスはエルマーの言葉を思い出した。
(あぁ、これが僕の負の感情、いや、僕の場合、生きる負い目だろうな…)
ウィリスの予想通りの展開とはいえ、やはり家族の姿をした何かに心の傷を抉られるのは辛かった。
僅かの間両目を閉じていたウィリスは、覚悟を決めるとその目を開き、三人へ向いはっきりと告げた。
「父上、母上、ルッカ!守れなくてごめんなさい!僕だけ生き残ってごめんなさい!でも僕は生きるって決めたから、父上や母上やルッカの分も生きて、幸せになるって決めたから、だから僕はまだ死ねない!それに、僕の本当の家族は僕が不幸になる事なんて望むはずが無いっ!」
ふと気が付けば、右手には父の遺した破邪の剣が握られていた。
ウィリスは破邪の剣をぎゅっと握り直すと、自分の家族の幻へ向けて剣を振り上げた。
「さよなら、僕の家族…」
そう呟いたウィリスは、自分でも信じられないくらい冷静なまま、三人の幻影を切り捨てた。
(例え幻でも、姿が見れて嬉しかった…)
暗闇の中でウィリスがそんな感傷に浸っていると、今度は聴き慣れた少女の声がした。
「どうしてウィルがその剣を持っているの?父様に預けているんじゃなかったの?」
闇の中に浮かび上がる少女の姿を目にした途端、ウィリスは苦々しい表情を浮かべた。
「剣を持てるのなら、どうしてもっと早く戦ってくれなかったの?そうしたら私、こんな怪我をしなくても済んだのに…」
目の前に佇むレイリアは、左の腹部から流れ出る血を手で抑え、痛みを堪えるように顔を歪ませている。
自分の弱い心が見せている幻だと分かっていても、ウィリスはそのレイリアの姿に胸が痛くなった。
「ごめん、レイリア…。守れなくて、本当にごめん…。でも次は、絶対守ってみせる!この剣に誓って!」
破邪の剣を目の前に掲げたウィリスが、レイリアの幻へと誓いを立てたところへ、背後から何者かの声がした。
「本当に守れるのか?今まで二度も大切な人を守れなかったのに?次も守れないんじゃないのか?」
「そんなこと無い!次は何があっても守ってみせる!」
振り向きざまにそう叫んだウィリスの前に現れたのは、もう一人の自分。
「守ってどうするんだ?いつか他の男に取られるかもしれないのにさ」
「ずっと一緒にいるって約束した!」
「それは友達としてだろ?」
「レイリアはそうは言ってない!」
「まぁ、確かにはっきりとそうは言ってないけど、考えてみろよ。レイリアの人生の伴侶に僕が選ばれる訳無いじゃないか。『穢れた血』の僕が…」
久々に耳にした忌まわしい言い回しに、ウィリスは思わず背筋をぞくりとさせた。
「レイリアは侯爵家の娘ってだけじゃない。センティアナの王族、西家の血を引く尊い血筋の令嬢なんだ。僕のような穢れた血を持つ者が、結婚相手として相応しいはず無いじゃないか。いくら何でも身の程知らず過ぎる願望だろ」
「そんな事無い!レイリアはゼピス家の人間だ!血筋より、人柄や能力で相手を選ぶはずだ!」
「本当にそう言い切れるかな?」
「何が言いたい!」
憤るウィリスをもう一人の自分が覗き込む。
「ファウス様は何と言っていたか覚えてるだろ?レイリアを侯爵家の娘として相応しい相手に嫁がせるって言っていたんだぞ。そこに血筋が含まれないとでも思っているのか?」
「それは…」
ウィリスは遂に言い返せず立ち尽くした。
「な?これで分かっただろ。お前が望むものは、絶対手に入らないんだよ。だからお前は、もうここで終わってもいいんじゃないのか?」
もう一人の自分がウィリスの耳元で低く囁くと、どこからか現れた濃い紫の靄がウィリスを足元から覆い始めた。
(何だこれ?)
靄に触れたところから段々と力が抜けていく。
ガクリと膝が崩れて床へとへたり込むと、濃紫の靄はどんどんウィリスを包んでいく。
段々と意識がぼやけてきて、考える事が億劫になってきた時、目の前に銀色の光の柱が現れた。




