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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
その剣を手にする覚悟
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第九十三話  青の聖騎士5

 レイリアがレイラの部屋の扉を開けると、廊下にはメルベス夫人と驚いた顔をしてレイリアを見つめているウィリスがいた。


「どうしたの?そんな顔して」


 廊下へ出てきたレイリアに怪訝けげんな顔を向けられたウィリスは、思わずしどろもどろになった。


「いや、その…。なんて言うか…」


(綺麗だ…)


 裾の長い青色の優美な装いに、髪を全て結い上げられているレイリアの姿は、年相応の可愛いらしさと淑女としての美しさが混在しており、ウィリスの心を充分にき乱した。


 だが、ウィリスの気持ちを知らないレイリアとしては、目を泳がせて言葉を濁すウィリスの態度にいらついていた。


「ウィル、言いたいことがあるならはっきり言ってくれる?」


「えっと、だから、別人みたいで驚いたっていうか…」


「悪かったわね、別人みたいで。どうせ私にはこういう格好は似合っていないわよ」


 ムッとした顔を向けてくるレイリアに、ウィリスは慌てて弁解しようとした。


「いや、悪いわけじゃ無くて…」


 ウィリスがそこまで言った時、丁度レイラの部屋の扉が開き、エルマーが顔をのぞかせた。


「失礼。レイラ様がグレナ伯爵を呼んでいらっしゃるんだが?」


 何の感情も籠っていないような平坦な声の主へと目を移したウィリスは、その人物が身に纏っている青い服に気が付くと息を呑んだ。


(青の、聖騎士…)


 しかも、その肩や胸元にある徽章きしょうと階級章を確認すれば、その人物が誰なのかもウィリスには分かった。


(第一位でいらっしゃる巫女様の弟君、エルマー=セディス卿がどうしてここに…)


 青の聖騎士第一位のエルマー=セディスは、現在の巫女であるエライラ=セディスの双子の弟だ。


 エルマーはウィリスも幼い頃に受けていたトランセアでの従騎士候補生教育を、わずか十歳で修了した天才だった。


 その後のエルマーは、トランセアの教団兵史上最年少で従騎士となり、十四歳で聖騎士、そして十六歳で青の聖騎士となると、弱冠二十一歳で教団兵の頂点である第一位にまで上り詰めた。


 エルマーがこれ程までに強い理由は、超一流の剣士でありながら高位魔術士でもあるからだ。


 そして、この大陸において剣と魔法の両方にここまでひいでた者は、恐らくエルマー=セディス以外には居ないであろうとさえ言われている。


 そんな大陸最強と噂される人物を前にウィリスが体を固くしていると、エルマーの開けた扉の隙間からレイラの声がした。


「レイリア、早くグレナ伯爵をお連れしなさい!」


「はい、お祖母様!」


 部屋の中のレイラへと返事をしたレイリアが、エルマーとウィリスへ向き直った。


「セディス様、お手数をおかけしてしまい申し訳ございませんでした。グレナ伯爵、足止めさせてしまいました事をお詫び申し上げます。お二人ともどうぞ中へお入り下さい」


 レイリアに促される形でウィリスとエルマーが部屋へ入ると、レイリアが中に入らないまま扉が閉じられた。


 エルマーによって内鍵が閉められる扉を見つめながら、ウィリスはレイリアのあの姿はこれで見納めかもしれないと思い、少し残念な気持ちになった。


「グレナ伯爵、こちらへ」


 レイラが招いた先は、何とレイラの隣の席だった。


 流石のウィリスもレイラが招いたからと言ってその席にいきなり座る勇気は無く、椅子の脇で立ち止まり、レイラへと挨拶を述べた。


「ご機嫌麗しく存じ上げます、レイラ様。本日は私のためにこの様な場を設けて頂き、心より感謝申し上げます」


 これから何が行われるのかを理解しているウィリスがレイラへと頭を下げた。


「ご機嫌よう、グレナ伯爵。こちらにいらっしゃるのは、私の知り合いであるフロディア教団の青の聖騎士、エルマー=セディス卿よ」


 エルマーを正式に紹介されたウィリスが、自己紹介と共にエルマーへ向けて貴族の略礼をった。


「先程は失礼致しました。わたくしはグレナの地を拝領はいりょうし、伯爵位をたまわっております、ウィリス=ハーウェイと申します。本日は私事わたくしごとの為にこの地へご来訪頂きましたこと、心より感謝申し上げます」


「ご丁寧な挨拶を頂き痛み入ります。私は、青の聖騎士第一位、エルマー=セディスと申します」


 騎士の礼をり、頭を上げたエルマーが更に言葉を続ける。


「貴方は確か、巫女様に仕えられていた元女官のリーナ殿と、聖騎士であられたグエン殿の御子息でしたね」


「はい」


「大変遅くなってしまい申し訳ありませんが、ご家族の件をお悔やみ申し上げると共に、もしお許しを頂けるのならば、後日で結構ですので、墓前へ祈りを捧げる事をお許し頂けませんか?」


 エルマーの申し出に、それまで固かったウィリスの表情がわずかにやわらいだ。


「セディス卿は父や母をご存知なのですか?」


「はい。リーナ殿には女官として巫女様のお側にいらっしゃった頃に幾度いくどか顔を合わせておりましたし、グエン殿とは私が従騎士時代よりの知り合いでした。伯爵は覚えていらっしゃないかと思いますが、伯爵やお亡くなりになった姉君がまだお小さかった頃に、何度か私はハーウェイ家を訪れた事もございます」


「そうだったんですか…」


「その様なご縁もあり、本来であるならば訃報ふほうに接した際にこちらへ伺うべきだったのですが、私の立場では一個人のために動く事は許されません。ですので、いつの日かこの地を訪れる機会があれば、その墓前へ参りたいと思っておりました」


「私の家族をその様に気に掛けていて下さっていた事、感謝申し上げます。是非家族の眠る墓前へお越し下さい。父や母や姉もきっと喜ぶと思います」


 思いもよらない人物から家族の話が出た事に、ウィリスは目頭が熱くなるのを感じながら、エルマーへと軽く頭を下げた。


「ありがとうございます。湖底神殿の調査が終わり次第、参らせて頂きたいと思います」


「その際にはどうぞご連絡下さい。墓前へとご案内させて頂きます」


「お願い致します」


 しんみりとした空気が漂い始めたところで、レイラの声が響いた。


「お二人とも、取り敢えずお掛けになったら?」


 レイラにげんに従い二人がソファ座ると、レイラがウィリスへと語り掛けてきた。

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