第九十話 青の聖騎士2
レイリアが玄関ホールへ向かうと、そこにはレイラと別邸に仕える大多数の使用人が揃っていた。
レイリアの知る一家総出状態で出迎える客人と言えば、侯爵家よりも高位となる王家もしくは公爵家の人々だ。
それにも劣らない出迎え体制を祖母に敷かせる客人とは、いったいどれだけ位の高い聖職者なのか。
そんな驚きと好奇心を抱えながら、レイリアはレイラへと呼び掛けた。
「お祖母様」
レイリアの声に振り向いたレイラが、孫娘の愛らしい姿に目を丸くした。
「まぁ、レイリア!一瞬誰かと思ったわ」
レイラの漏らした感想に、思わずレイリアが
「あはは…」
と苦笑いを浮かべると、その様子を見たレイラがため息を吐いてきた。
「貴女とて装えば充分可愛らしいのだから、もう少し日常的に着飾ってみたらどうなのかしら?」
「それは無理です、お祖母様。私は見た目よりも動き易さを重視しているので」
「全く貴女という子は…」
レイリアの発言にレイラが呆れたところで、デイエルの声がホールに響いた。
「お客様のお車が到着致しました」
客人を迎えるため、ホール中央にレイラとレイリアが並び立ち、その後ろに使用人達が並ぶ。
別邸の玄関扉が開かれ、先ずはカイが先導役としてホールへと入ってきた。
そして、その後ろから現れた人物に、レイリアは目が釘付けになった。
(青の聖騎士様!)
現れたのはレイリアが予想していたような老齢の司祭では無く、フロディア教団の青の騎士服に身を包んだ二十代半ばと思われる茶色の髪と瞳を持った人物だった。
「ご無沙汰しております、レイラ様」
レイラに頭を下げる事なく一切表情を変えずに挨拶の言葉を口にした青の聖騎士を見て、レイラは怒るどころかにこりと微笑んだ。
「こちらこそお久しゅうございます、セディス卿。この度はわざわざこちらまで足を運んで頂きました事、御礼申し上げます」
レイラはそう言うと、なんとこの年若い青の聖騎士に向かって頭を下げた。
二人のそんなやり取りを目にしたレイリアは驚愕した。
(いくら相手が青の聖騎士様とは言え、お祖母様が頭を下げるなんて…。この方はいったいどういう方なの?)
レイリアが思わず青の聖騎士をじっと見つめていると、茶色の瞳がチラリとレイリアへ向けられた。
「こちらは?」
「ファウスの娘のレイリアです。レイリア、セディス卿へご挨拶を」
「お初にお目にかかります。レイリア=ゼピスと申します。以降お見知りおき下さいますよう、よろしくお願い申し上げます」
初対面の相手への挨拶として最上級に近い文言を口にしたレイリアは、胸元に両手を重ね置くと、右足を後ろに下げて両膝を曲げながら頭を下げた。
「丁寧な挨拶、感謝申し上げます。私は、フロディア教団に所属する青の聖騎士第一位、エルマー=セディスです」
ウィリス以上の無表情さで目礼のみ返してきたエルマーの態度とは正反対に、レイリアは胸の前で手を握りしめると、体をぷるぷると震わせ、目をきらきらと輝かせた。
「セディス様は、青の聖騎士の、第一位でいらっしゃるのですか!?」
「はい」
エルマーの静かなる肯定に、レイリアは完全に落ち着きを失った。
聖騎士と言えば、フロディア教団の教団兵の中でも上位の実力者にのみ与えられる称号だ。
その選ばれし強者である聖騎士の中から、更に選りすぐられた九名の剛の者が巫女直属の『青の聖騎士』である。
そんな大陸中の剣士、魔術士の誰もが憧れる彼らは、単なる剛者では無く、女神フロディアに仕える司教の地位を持つ高位聖職者でもある。
フロディア教の信者であれば、巫女と同じく一度はその姿を拝したいと願わずにはいられない尊い存在なのだ。
その九名の青の聖騎士は、第九位から第一位へと、数字が小さくなるにつれ位階が高くなる。
つまり、第一位のエルマーは、青の聖騎士の頂点に立つ人物だ。
「まさか、第一位の青の聖騎士様にお目に掛かれる日が来るなんて、夢のようです!」
相変わらず目を輝かせて自分を見つめる少女に、エルマーは内心苦笑していた。
「ではセディス卿、どうぞこちらへ」
エルマーはレイラに促されてその場を離れると、レイラとメルベス夫人と共に二階にあるレイラの部屋へと向かった。




