第八十九話 青の聖騎士1
レイリアがグレナ領へとやってきてから四日が経った。
二日目の午前中に言い合ったカイからは、その日の昼食前に、
「悪い、さっきは少し言い過ぎた。でも、言った事に関しては悪いとは思っていない」
と謝られた(?)事で、レイリアはカイに対する怒りを取り敢えず収める事にした。
もっとも、その直前までウィリスから手紙の書き方について懇々と説教をされていたので、カイから謝られた頃のレイリアは、精神的な疲労からカイに対する怒りが随分と小さくなっていた、という理由もあった。
その後の二日目の午後と三日目は、カイから地の魔力の扱い方をしっかり学んだ。
お陰でレイリアは、三日目の夕刻には火の魔力とほぼ同程度まで地の魔力を生み出せるようになっていた。
そして、グレナ領滞在が四日目となった今日、ゼピス家のグレナ領別邸では朝から使用人達が忙しなく働いていた。
管理人であるデイエルが屋敷内を動き回り、メイド達がいつも以上にあちらこちらを磨き上げている。
それを横目で見ながら、レイリアは朝食までの時間を走り込みと剣術の鍛錬に充てていた。
やがて朝食の時間が近づき、エイミーが屋敷横の訓練場へとレイリアを迎えに来た。
「ねぇ、エイミー。今日は誰か偉い人でも来るの?」
レイリアは部屋と向かいながらエイミーへと尋ねた。
「フロディア教団の高位聖職者様がいらっしゃるそうですよ」
「グレナ湖の湖底神殿の調査団の方かしら?」
「レイラ様の個人的なお知り合いの方だそうです」
「ふ〜ん」
(お祖母様のお知り合いの高位聖職者って、どんな方かしら?まぁどうせ、かなりお年を召した方だろうけれど…)
部屋へ戻ったレイリアは、レイラの客人に興味を持ちながら、いつもの男装からレイラ好みの清楚感たっぷりのワンピースへと身支度を整え直し、食堂へと向かった。
食堂に着くと既にレイラがおり、しかも朝食を食べ終えようとしているところだった。
「おはようございます、お祖母様。遅れてしまい申し訳ありません」
レイリアとしては指定された時間に来たつもりだったが、この屋敷ではレイラが全てだ。
レイラより遅い到着は許されないと思ったレイリアが、レイラへと謝罪の言葉を口にした。
「おはよう、レイリア。別に貴女は遅れていなくてよ。ただ、今日はこの後大切なお客様がいらっしゃるから、私が少し早めの食事を取っていたのです。それと、カイにはお客様を出迎えに行かせたから、貴女は一人で朝食を取りなさい」
「分かりました。ところでお祖母様、教団の高位聖職者様がお客様と伺ったのですが?」
席に着いたレイリアが尋ねると、レイラが小さく頷いた。
「えぇ、そうです。以前私がトランセアへと招かれた折に魔法を教えていた関係で、今もご縁が続いています」
「つまり、お祖母様のお弟子さんですか?」
「そうなるのかしらね」
「どんなお方なのですか?」
「それはお会いしてみれば分かるわ」
「私もお会い出来るんですか?」
「挨拶くらいはさせますよ」
レイラがそこまで答えたところでレイリアの食事が運ばれて来たため、二人の会話は中途半端にそこで終了した。
朝食を食べ終わったレイリアは、客人を迎えるためにと再び着替えさせられ、髪を結い直されていた。
レイリアが着せられたのは、青色を基調とした七分袖のロングドレスで、裾や胸元には白いフリルが、袖口には白いレースが使われ、それが青色と相まって、全体を上品且つ優美に見せている。
だが、ふくらはぎより長いスカートを穿き慣れていないレイリアにとり、床ぎりぎりの長さのドレスは動きにくいだけだった。
ドレスに着替えたレイリアは、鏡台の前に座らされると、髪を全て結い上げられ、首元にゼピス家を表す色とも言える水色の宝石が嵌め込まれた大振りのブローチを付けられた。
髪を彩る髪飾りには、迎える客人がトランセア人である事も考慮して、カイからのトランセア土産である蝶の形の髪飾りを飾った。
やっとの事で着付けが終わり、レイリアが鏡越しに全身を確認すると、そこには見た目だけは完璧な令嬢が映っていた。
その令嬢姿の自分自身に違和感しか感じられないレイリアが、思わず顔を顰めたところで、エイミーが声を掛けてきた。
「とてもお綺麗ですよ、お嬢様」
満足そうに微笑みながら、エイミーが褒めてくる。
「ありがとう。でも動きにくくて面倒…」
「それは我慢して下さいませ」
「お客様にご挨拶したら着替えても良い?」
「お帰りになられる際のご挨拶という意味で仰っているのならば、構いませんよ」
「えぇ〜っ」
笑顔でレイリアの希望を挫いたエイミーに、レイリアが抗議の声を上げたところで、メイドが玄関へと向かうよう伝えに来た。




