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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
その剣を手にする覚悟
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第八十八話 少年と老婦人6

「僕はね、小さい頃から父上にこう言われて育ったんだ。剣を向けるという事は相手に対して命を奪うと宣言する事だから、無闇に人に剣を向けるな、って。その代わり、剣を向けなければならない時は、相手の命を奪う事を躊躇ためらうな。一瞬の迷いが、自分や仲間の命を失う事に繋がる、って。だから僕は、誰かに剣を向ける時が来たら、迷わず相手を斬らないといけないんだと思ってる」


「グエン様が、そんな事を…」


 レイリアはウィリスから告げられたグエンの言葉に衝撃を受けつつも、ウィリスが抱えている問題を指摘した。


「で、でも、今のウィルじゃ、剣を持てないでしょ?剣で誰かを斬るなんて、今のウィルが出来るわけないじゃない!だってあんなに剣を怖がっているんだもの!」


 ムキになるレイリアに、ウィリスがフッと悲しげに笑んだ。


「今はもう、剣を持てるようになったよ」


「え?いつから?」


「この前の港の事件の後だよ。あの事件で、やっぱり自分の身くらい自分で守れるようにならないといけないんだって、凄く思ったんだ。それに、もう二度と、誰かが僕を庇って傷付く姿を見たくない…」


「……」


 ウィリスと同様、かばわれて生き残ったレイリアは、ウィリスの言葉の意味が痛い程良く分かった。


 レイリアの中で、リジルに対する感謝と申し訳なさはいつまでも消える事が無いし、リジルの命を背負って生きなければならないという使命感は、月日をごとに増している。


 だからこそレイリアもまた、周りだけではなく、自分を守るためにも強くありたいのだ。


「レイリア」


「何?」


「僕もリシュラスの剣術大会に、グレナの道場の代表として出る事になると思う」


 ウィリスからそう告げられたレイリアは、自然と両手を握りしめた。


 レイリアはウィリスとの手合わせで、今まで一度も勝てた事が無かった。


 そこには身長差をものともしないウィリスの、圧倒的な強さがあったからだ。


 レイリアの知る限り、実力者揃いと言われているイラバ剣術道場内にさえ、ウィリスより強い剣士の卵はいなかった。


 そのウィリスが剣術大会に出ると言うのだ。


 必ずウィリスは優勝争いに絡んでくる。


(勝てるかな…)


 一瞬、昔の恐ろしく強かったウィリスの姿が脳裏のうりよぎり、レイリアは気弱きよわになったものの、そんな自分を奮い立たせるように自分自身に喝を入れた。


(大丈夫!ウィルは一年半以上剣の練習をしていないから腕が落ちているだろうし、この一年半で私だって強くなった。きっと今の私ならウィルに勝てるはず!)


 そう自分に言い聞かせたレイリアは、覚悟を決めてウィリスへと告げた。 


「ウィル、私ね、兄様と約束したの。今度の大会で優勝出来なかったら、剣士を辞めるって」


「え?」


 初めて聞く話に、ウィリスは驚くと共に動揺した。


「だから私は絶対大会で負けられない。例えウィルにもね。だからウィルと私は今から敵同士よ!」


「え?いや、ちょっと待って。敵って?え?」


 レイリアからの敵宣言に慌てるウィリスの姿を見て、レイリアがくすりと笑った。


「もちろん大会に出る選手としてよ?」


 レイリアがそう言った途端、ウィリスは明らかにホッとした表情を浮かべた。


「ウィルが強いのは分かってる。でも私はウィルが剣を持てなかった間もずっと一生懸命稽古してきたの。だから負けない。一年半以上も剣を握っていなかったウィルになんて、絶対に負けないから!」


 レイリアからの宣戦布告に、ウィリスは表情を引き締めた。


「レイリアには悪いけど、今の僕は剣に関してだけは誰にも負けたくない。だから僕が目指すのは優勝だけだ。例えそのせいでレイリアが剣を手放す事になったとしてもね」


 父親から受け継いだ剣術に誇りを持つウィリスには、例えレイリアの未来が掛かっているとしても、剣の勝負で手を抜くと言う考えは無かった。


 レイリアもまた、ウィリスが剣の勝負で手心を加えてくるような人物だと思っていない。


「望むところよ!ウィルに勝てるくらい強くないと、騎士になんてなれるはずないもの!」


 先程までの涙する姿とは打って変わり、ウィリスへと闘志を燃やすレイリアを見てウィリスはほっとすると、ここへ来た本来の目的を口にした。


「ところでレイリア。アトスと魔法勝負する話って、結局どうなったの?あぁ、あと僕がここに来るまでカイと何してたの?って言うかさ、カイがいるって昨日の手紙に書いていなかったんだけど、どういう事?」


「え?」


 急な話題転換にレイリアは戸惑う一方、ウィリスは両腕を組んで少しムッとした表情をレイリアへと向けた。


「だいたいあんな手紙が夜になってから届けられたんだ。僕が今日ここに来るまでどれだけ心配していたか、君に分かる?」


 だんだんと説教じみた言い方になってきているウィリスを前に、今度はレイリアが慌て出した。


「だ、だってね、仕方がなかったの。手紙を出した後に兄様に会ったから…」


「ふーん。それじゃあ昨日の夜カイに会った後の話からしてもらおうか?それと君の場合、手紙の書き方についてもきちんとおさらいした方がいかな?」


 見るからに黒い笑みを浮かべるウィリスに、レイリアはたじろいだのだった。

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