第七話 少年と少女7
それから数日後。
その日はレイリアとウィリスが通うノイエール学園高等部の授業が午前中のみだったため、午後からは論文の授業での個人発表の下調べも兼ね、二人は王立図書館へ行く事にした。
レイリアは、『勇者ルエインの冒険』と呼ばれる隣国グランシアを舞台にした古くから読み継がれている有名な物語を題材に、その内容が事実であったのかどうかを発表する予定で、図書館内では文学やグランシアついて書かれた書物のある場所へと向かった。
他方ウィリスは、動力源としての貴秘石についてまとめた内容を発表するため、レイリアとは離れて科学分野の書物がまとめられている場所へと向かった。
魔力を内包する貴秘石は、それぞれの秘める属性により風属性の水色、土属性の茶色、水属性の碧色、火属性の赤色をしている。
大型機器や魔道具の動力源として利用される前までの貴秘石は、破邪の剣や魔術士の持つ杖に嵌められるか、その色味から安い宝飾品として加工されるだけであった。
それが、百五十年ほど前に貴秘石が内包する力を取り出す方法が発見されると、その約二十年後には、貴秘石を動力源として利用する方法が編み出された。
以降は、如何に貴秘石を効率よく利用出来るかや、どの様な機器や魔道具を新しく作り出せるかが課題となっている。
夕方にはレイリアの知り合いがゼピス邸を訪れる事になっているので、それまでの間、ウィリスは調べたい事が書かれている書物を漁り、必要な事項を書き留める。
それを何度か繰り返し、区切りがついたところでふと壁にかけられた時計へと目をやると、帰るために待ち合わせた時間にだいぶ近くなっていた。
手持ちの鞄に書き付けたメモ用紙や筆記用具をまとめて入れ、待ち合わせ場所である館内ホールの出入り口付近へと足を進めると、男性の声で、
「ウィリス」
と呼び掛けられた。
名前を呼ばれた事でつい振り向いてしまったのが運の尽きだったのだろう。今のウィリスにとって最も好まざる男が自分へと近づいてきた。
(げっ。アトス)
内心ではこれ以上無い程の嫌悪を感じていたが、特に親しい相手以外にはほぼ無表情で接する事が常であるウィリスは、今もまた己の抱いた感情など微塵も表に出す事なく、自分より家柄も、年齢も、身長も上の相手へと、わざと恭しい礼を執って挨拶をした。
「ファルムエイド家のアトス様に対し、グレナ伯爵ウィリス=ハーウェイがご挨拶申し上げます。この様な所でお会いするとは、奇遇ですね」
ファルムエイド家はゼピス家と同じルタルニア王国に存在する六つの侯爵位を持つ家、所謂六侯家と呼ばれる家の一つで、代々王国の財務を担当する家柄だ。
そのファルムス侯爵の長子であるアトス=ファルムエイドは、レイリアの兄のカイと同じく今年十六歳となる年齢で、現在はカイと同じ、力量高い魔術士のみが入学を許されるリシュラス魔術学院に在籍している。
カイと似た様な境遇の生まれと育ちではあるが、個人の能力を重視するゼピス家の人々とは違い、アトスは家柄や血筋によって人を判断して対応を変えてくる人物だった。
その為、特に権力を持つ家柄でも無く、他国の平民出身の母を持つウィリスに対し、父方の叔父同様、まるで汚らわしいものでもあるかのような扱いをしてくるのだが、それに関しては、ウィリスとしても、アトスはこういう人物だから仕方が無いのだと我慢が出来た。
問題なのは、女性関係の噂が絶えないこの無駄に見た目と家柄の良い男が、巷で噂されているレイリアの嫁ぎ先候補の中の最有力候補者な事であり、その事がウィリスにとっては一番気に入らなかった。
「レイリアはどこだ?」
目の前へとやってきたアトスは、髪色と同じ真紅の瞳を細め、いつものごとく上から蔑む様な視線を浴びせてくる。
こんな奴には必要最低限の情報しか渡さない。
「ここにはおりませんよ。それでは、御前失礼致します」
再び頭を下げたウィリスがスタスタとその場を去ろうとするも、
「おい。ちょっと待て」
と、アトスに行く手を阻まれた。
「お前がここに居るという事はレイリアも居るんだろ?どこに居る」
微かに凄みを含んだその声音に、答えなければどうなるのかわかっているのか、という脅しが見え隠れする。
ここで下手に隠し立てをすれば、相手はアトスだ。何をされるか分からない。
そして、大小なりとも騒ぎが起きれば、結局は、自分を引き取ってくれたゼピス家に迷惑をかける事になる。
どうすればこの目の前の男に穏便にお引き取り頂けるかとウィリスが思案していると、出来れば今はこの場に現れて欲しくなかった少女の声がした。