第八十七話 少年と老婦人5
残されたウィリスがレイリアを見ると、レイリアは真下を向き、ウィリスが渡したハンカチを握りしめていた。
声を殺し、泣くのを我慢していると分かるレイリアの姿は痛々しいものの、ウィリスは何と声を掛けて良いのか分からず、ただ傍に寄り添い立ち尽くしていた。
暫くして、レイリアからポツリと声がした。
「私、剣士に向いてないと思う?」
それはレイリアと出会ってから五年以上の歳月の中で、ウィリスが初めて問われたものだった。
「何で急にそんな事聞くの?」
「兄様に、私は剣士に向いていないから、剣士になるのはやめろって言われた」
「そっか…」
「ウィルも、そう思う?」
『思う』と答えるのは簡単だ。
だが、ウィリスにはその答えがレイリアを傷付けるものだと分かっていた。
「カイには何て言われたの?」
レイリアからの問い掛けから逃げるため、ウィリスがカイの話を持ち出すと、レイリアは深呼吸を一つしてから答えた。
「人を殺す覚悟が無いのなら、剣士になるのは諦めろって…。剣士は人を斬ることしか出来ないし、剣士の戦いは、命を奪うか奪われるかしか無いから…。それが出来ない私は、剣士に向かないって…」
ウィリスは、剣士でも無いカイが剣士について随分まともな話をレイリアにしたな、と心の中で感心した。
「ねぇ、ウィル。ウィルはどう思う?」
三度目となる問い掛けに、ウィリスはそれでも無駄な抵抗を試みた。
「何が?」
「だから、私が剣士に向いているか、いないか」
潤む水色の大きな瞳が、真っ直ぐにウィリスの漆黒の瞳を捉えて語る。
本当の事を言って欲しいと…。
だから、ウィリスは諦めた。
その目に見つめられながら嘘を吐く事は、今のウィリスには出来ないから…。
「ごめん、レイリア。僕もカイと同じ意見だ…」
申し訳なさそうにそう言ったウィリスへ、レイリアが即座に噛み付いてきた。
「何で!?どうしてウィルまでそんな事言うの?前までずっと一緒に剣の練習してたじゃない!」
問い詰める様に話すレイリアに、ウィリスは出来るだけ平静を装って言葉を紡いだ。
「あの頃の僕は、剣を振るう本当の意味を知らなかったから…」
「だったら何?ウィルは剣を振るう意味を分かったとでも言うの?」
「少なくとも、レイリアよりは分かったと思う」
「何よそれ!」
「剣は相手を傷付ける事しか出来ないんだ。魔法みたいに怪我を治したりは出来ない」
「知ってるわよ、それくらい!」
レイリアは当然の事を言うウィリスに、馬鹿にされているのかと思い声を荒げた。
だが、ウィリスの意図は違った。
「分かってないよ、レイリアは…」
「何がよ!」
「僕はね、目の前で家族を、剣で殺されたんだ」
ウィリスの突然の告白に、レイリアは息を呑んだ。
ウィリスは家族が殺された事件について、今まで一度もレイリアへ話そうとしなかった。
レイリアもウィリスの心の傷に触れてはいけないと、事件について尋ねた事は無かった。
そのウィリスがあの事件について口にした事に、レイリアは驚いたのだ。
「あの時、もし僕が魔法を使えたら、ルッカだけでも助けられたのにって、何度も思った…」
「……」
「剣は、魔法とは違う。人を殺す為の道具だ。僕はあの日、それを身をもって知った。だから僕もカイと同じで、人を斬れないレイリアに、剣士は向かないと思う…」
「それならウィルは、人が斬れるの?」
人を斬るどころか、人を斬り殺した事さえある。
だがそれをウィリスはレイリアには言えなかったし、言いたくなかった。
誰かが傷付く事を厭うレイリアに、人の命を奪った事があると知られたら、嫌われるどころではなく、そばに近づく事さえも許してもらえなくなるだろうから。
(あの日僕が生き残った理由をルッカに守られたからだとレイリアが信じている以上、本当の事は教えられない…)
だからウィリスは、都合の良い真実の一部だけを告げた。




