第八十六話 少年と老婦人4
レイラのもとを辞したウィリスは、手紙で知らせた通り、レイリアへ会いにいく事にした。
グレイベラへ戻ってから考えなければならない事が多くあったウィリスは、まだ別れてから丸一日経っていないにもかかわらず、もう何日もレイリアに会っていないような気分だった。
逸る気持ちを抑えつつ、レイリアが居ると教えられた場所へと向かったウィリスが目にしたのは…。
「何レイリア泣かしてるんだよ!」
カイに抱かれて泣いているレイリアの姿だった。
ウィリスの声に驚いたカイとレイリアが、ウィリスの方へと顔を向けた。
「ウィル…」
泣き腫らした顔を向け、弱々しい声音で零れ落ちるようにウィリスの名をを呼んだレイリアを見て、ウィリスは一気に胸が苦しくなった。
一方カイは、気まずそうにウィリスを見ている。
レイリアを泣かせた元凶であろうカイを睨みつけたまま、ウィリスはツカツカと二人に近づいた。
「レイリア、何があったの?」
出来る限り冷静にと思いながらも、ウィリスは自分の声がいつもより低くなっているのが分かった。
「兄様が…」
嗚咽を漏らしながら、泣いている原因は兄だとレイリアが示した事で、ウィリスはカイへと射るような視線を向けた。
ウィリスの目を見たカイは顔色を失い、
「いや、待て。誤解だウィリス!」
と弁解するも、ウィリスは鋭くカイを睨め付けている。
そこへレイリアが言葉を詰まらせながらも、ウィリスへと話し続けた。
「兄様が、私のこと、心配だって」
「?」
「それで、嬉しくて…」
どうやらレイリアが泣いていた理由は、カイに嫌な事をされたからでは無いらしい。
そう理解したウィリスがその瞳から剣呑さを霧散させると、カイはホッとした表情を見せた。
「だから誤解だって言ったじゃないか!」
「ごめん、カイ。レイリアが泣く事なんて殆ど無いから、カイがレイリアの嫌がる事でもしたんじゃ無いかと思って」
「お前なぁ…」
申し訳なさそうにする訳でも無く、しれっと謝るウィリスに、カイは呆れ顔になった。
「それより、何でカイがここに?」
カイへとそう尋ねながらも、ウィリスは視線をカイには向けず、未だしゃくりあげているレイリアへ、
「レイリア、これ使って」
と優しく語りかけ、ハンカチを差し出していた。
ウィリスのその様子に白けながらも、カイは質問へと答えた。
「巫女様からお祖母様宛の親書を預かったから、届けにきたんだよ」
「へぇー。それでいつこっちに?」
「二日前かな」
「ふーん。で、いつまでいるの?」
「神殿の調査が終わるまでかなぁ」
「カイも神殿の調査に行くの?」
「あぁ」
カイがそう答えた瞬間、俯きがちにハンカチで涙を拭っていたレイリアが、カイへと勢いよく顔を向けた。
「兄様!」
「ん?何だ?」
「私も神殿の調査に行きたい」
「無理」
即答されたレイリアが不快そうに顔をしかめる。
「何でよ?」
「足手纏いだから」
「酷い…」
しょんぼりとするレイリアを見たカイが、困り顔で言った。
「本当の事なんだから仕方ないだろう」
「そうじゃなくて、言い方が酷いって言ってるの!だいたいさっきだってそうよ。あんな風に言わなくたって、いいじゃない…」
先程カイに言われた事を思い出したレイリアが、その水色の瞳に再びじわりと涙を滲ませる。
その様子を見たウィリスが、心配そうにレイリアを覗き込んだ。
「レイリア、カイに何か酷い事言われたの?」
「うん…」
レイリアの言葉を受けてカイを見上げたウィリスの目に、珍しく真剣な眼差しをレイリアへと向けるカイが映った。
「別に僕は酷い事なんて言っていない。本当の事を言っただけだ」
「でも…」
「さっき言った事については、僕の本心だ。だから謝らないし、これ以上話す事は無い」
「兄様…」
そこでとうとう我慢が出来なくなったレイリアが、ぽたりと一雫の涙を零した。
レイリアの涙を目にしたカイは、一瞬その顔を僅かに歪めたものの、すぐに真顔へと戻し、ウィリスを見た。
「ウィリス、済まないが僕は先に中へ戻る」
カイはそう言い残すと、二人に背を向け屋敷へと立ち去った。




