第八十五話 少年と老婦人3
このように、レイリアは周囲の話題となるような問題を数ヶ月毎に引き起こしていた。
更に小さなものまで含めればかなりの頻度になるだろう。
日頃からレイリアのそばにいて、レイリアの起こす大小の問題事に慣れてしまったウィリスならまだしも、離れた場所でレイリアに関する報告のみを受けるだけのレイラには、レイリアの起こすアレコレはきっと頭の痛い出来事ばかりなのだろう。
ウィリスがそんな事を思っていると、レイラがしみじみとした口調でウィリスに語りかけてきた。
「貴方にはあの子の事で色々と苦労を掛けるわねぇ…」
「いえ、レイリア嬢に関して特に苦労だと感じた事はありません」
レイラへ向けはっきりとそう言い切るウィリスに、レイラは思わず苦笑を漏らした。
「本当に貴方、レイリアに関しては昔から変わらないのね。貴方のそういう所を私はとても好ましく思っているし、私としては貴方にならあの子をあげても良いと思っているのよ?」
レイラのこの言葉は本心だった。
レイラとウィリスが初めて会ったのは、今から約四年前。
グレイベラで毎年春に開かれる芸術祭に招待されたレイラが、式典前日にグレナ湖の湖畔で趣味の絵を描いていると、突然強い風が吹き、周囲に置いていた荷物があちこちへと飛び散った。
そこへ、レイラと同じく芸術祭に参加するためにグレイベラへと戻ってきていたウィリスがたまたま現れ、レイラの荷物を拾う手伝いをしたのが二人の出会いだった。
お互いどこの誰だか分からなかったものの、その時レイラが描いていた絵をウィリスが褒めた事で、少年と老婦人は仲良くなった。
二人はその後、敷布の上で一緒にお茶を飲み、お菓子を食べながら色々な話をした。
その中には当然少年の好きな女の子の話があった。
まさか少年の恋の相手が自分の孫娘だとは思わなかったレイラは、親身になって助言した。
それから暫くして、少年が帰らなければならない時間となった。
少年はお茶とお菓子をご馳走になった事と、悩みを聞いてもらったお礼をレイラへ述べると、
「またいつかお会いできれば嬉しいです」
と、随分可愛らしい笑顔を向けて立ち去った。
しかし次の日に行われたグレナ芸術祭において、ウィリスはハーウェイ家の子息として、レイラは前ゼピス侯爵夫人として、二人は顔を合わせる事となった。
お互い驚いたものの、レイラはグエンからウィリスを紹介されると、
「また会いましたね」
と、微笑みながら声を掛けた。
対してウィリスの方は、呆然としたまま、
「まさか、レイリアのお祖母様だったなんて…」
と呟くと、次の瞬間ハッとなり、レイラに縋り付いた。
「お願いです!昨日の話は絶対レイリアには言わないで下さい!」
顔だけではなく、耳まで真っ赤にして希うウィリスを見て、少年が話していた恋の相手が孫娘のレイリアだと気が付いたレイラは、この瞬間からレイリアの相手にはこの少年が好ましいと考えるようになった。
だが、レイラがそんな思いを抱きながらウィリスに接しているとは知らないウィリスは、レイラの言葉を冗談だと捉えて思わず言い返した。
「ご冗談を。もしレイラ様が本気でそう思われていらっしゃるのなら、レイリア嬢にファルムエイド家のご子息と魔法勝負をし、負けたら彼のご子息と婚約するよう仰るはずがありませんし」
「あら、もうその話を知っているのね」
「昨日の内に、レイリア嬢より手紙を頂きました」
「そう」
レイラは不機嫌そうに見つめてくる少年へと目を細めた。
「つまり貴方は私の孫が、ファルムエイドの小倅に負けると思っているのね」
アトスを示すレイラの呼称に蔑みを感じたウィリスは、ある可能性に気が付いた。
レイリアからの手紙には、魔法勝負でアトスに負ければアトスと婚約させられるが、勝てばもう二度とアトスとの婚約の話は無いと書いてあった。
つまり、レイリアが勝てば今後一切アトスにレイリアを奪われる心配が無くなるのだ!
ただ、ウィリスが知るだけでもここ五年以上魔法の練習をしていないレイリアが、曲がりなりにも魔術学院の生徒であるアトスに勝てるとは思えない。
それでもレイラの言葉に望みをかけて尋ねた。
「レイリア嬢は、勝てますか?」
「勝たせるのよ」
そう言って不敵な深い笑みを見せたレイラに、ウィリスは背筋がぞくりとした。
それからレイラはティーカップへと手を伸ばし、紅茶で喉を潤すと、再びウィリスへと語り掛けた。
「そういえば貴方、剣術の稽古をまた始めたのですってね?」
「はい」
「お父様のような立派な騎士を目指すのかしら?」
「はい。出来ればそうなりたいと思っています」
「そう。それならば、リシュラスの少年剣術大会には出場するの?」
「はい。その予定です」
「だったら貴方、どんな事をしても優勝するしか無いわねぇ」
「優勝ですか?」
「えぇ。あの子は自分よりも強い男性と結婚したいと言っていたから、あの子に勝てば少しは異性として認められるのではなくて?」
「レイリアがそう言ったんですか!?」
それまではレイラ相手に淡々と会話を交わしていたはずのウィリスが、流石にこの話題には驚きから素で返してしまった。
「えぇ。ただ、結婚するならば、出来れば騎士か魔導士が良いとも言っていたけれど」
「騎士か、魔導士…」
レイリアの望む結婚相手の条件が高すぎる事に、ウィリスは一瞬目の前が真っ暗になった。
「あら。貴方は将来、お父様の様な騎士になられるのでしょう?それならば特に問題は無いのではなくて?」
「いえ…、その…。なれるかどうかも分かりませんし、なれたとしても、いつなれるのか分かりませんし…」
ウィリスの弱気な発言に、レイラは鋭く目を細めた。
「私はそんな情けない発言をする男に、あの子を任せるつもりはありませんよ?貴方が本当にあの子を得たいと思うならば、騎士となるため死ぬ気で精進なさい!良いですね!」
思わぬレイラの命令口調に、ウィリスは
「はい!」
と条件反射の様に答えた。
そのウィリスの返事にレイラは満足そうに一つ頷いた。
「では、少年剣術大会での貴方の優勝を楽しみにしているわ。ふふふ…」
その後のレイラとウィリスの話し合いは、フロディア教団の高位聖職者が二日後にこの別邸を訪れるので、それに合わせてウィリスも訪問するという話を以って終了した。




