表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
その剣を手にする覚悟
85/142

第八十三話 少年と老婦人1

 時は少しさかのぼり、丁度レイリアがカイによって地面に埋められた頃、ウィリスは従者のルッジを伴いゼピス家のグレナ領別邸へと到着した。


「お待ちしておりました、グレナ伯爵」


久方ひさかたりですね、デイエル殿」


 魔導車から降りた硬い表情のウィリスを迎えたのは、別邸管理人のデイエルだ。


 ウィリスはこの管理人を祖父が生きていた頃より見知っているが、未だこの人物を前にすると緊張した。


「では大奥様がお待ちですので、ご案内致します」


 デイエルに連れられたウィリスが向かった先は、一階にある応接室ではなく、二階にあるレイラの自室であった。


 デイエルの案内でウィリスが部屋へ入ると、メルベス前男爵婦人を脇に控えさせたレイラがソファに座っていた


「ご無沙汰ぶさたしております、レイラ様」


 ウィリスはレイラの近くへと歩み寄ると、ルタルニアやグランシアの男性が行う礼をった。


 両足を揃え、握り締めた右手の親指側を胸に当てて腰を折り軽く頭を下げる。


 この礼式はグランシア時代から変わらず続いており、右手で自らの急所を示す事で、己の命をって相手に敬意を表するという意味合いを持っていた。


「久方振りですね、グレナ伯爵。どうぞそちらにお座りになって」


 レイラの合図で、メルベス夫人がレイラの対面となる席へとウィリスを案内した。


 ウィリスが着席するのを見計らい、レイラが口を開いた。


せんだってはレイリアがまた迷惑を掛けたようで、申し訳なかったわね」


「いいえ。私の方こそレイリア嬢には守って頂き、挙句あげくは怪我を負わせてしまう形となってしまった事、お詫びの言葉もございません…」


 謝罪の言葉を口にする間、ウィリスの脳裏のうりにはレイリアが魔法を受けて倒れた時の姿がよぎった。


 己の手を強く握りしめて頭を下げるウィリスに、レイラが軽く手を振った。


「頭を下げないでちょうだい。巻き込んでしまったのはこちらの方よ。伯爵位を持つ貴方を危険が見込まれる場所へ連れ出すなんて、本来あってはならない事ですからね」


「ですが、今の私はレイリア嬢をお止めするべき立場でもあります」


「そうは言ってもねぇ…。あの子を止めたところで止められるのならば、誰も苦労はしないのよ」


 そう言うと、レイラは

「はぁ…」

とやたら大きなため息を吐いた。


「前回のデルゼルト子爵令息との決闘といい、その前のシラー伯爵令嬢の件といい、本当に、あの子は次から次へと…」


 レイラは目を閉じて苦悩の表情を浮かべると、こめかみへと手を添えた。


 レイラの言うシラー伯爵令嬢の件というのは、レイリアが同じ学年のシラー伯爵令嬢ミサーレ=カーウィスを平手打ちした件についてだ。


 ウィリスとレイリアの通うノイエール学園は、その年に六歳を迎える年から三年間の初等部、九歳を迎える年から四年間の中等部、そして、十三歳を迎える年から三年間の高等部に分かれている。


 初等部と中等部に関しては貴族のみに門戸もんが開かれているが、高等部からは入学試験に合格し、高額な入学金と授業料を納めることが出来るならば平民でも入学が認められた。


 そのため、高等部の生徒には貴族と平民が混在していた。


 学園側は平民の生徒と貴族の生徒との軋轢あつれきを無くし、互いに切磋琢磨せっさたくまさせようと、高等部の規則に

『学園内における身分による上下関係の強要禁止』

という条項をもうけていた。


 しかし、身分社会の中に身を置いて育った貴族の子息子女の中には、平民が自分達より下の存在である事は当然だと考え、規則を平然と破り、平民の生徒に対して身分を盾に無理難題を吹っかけたり、一部では暴力を振るう者もいた。


 そして、その様な振る舞いをする中にシラー伯爵令嬢ミサーレ=カーウィスがいた。


 年が明け、レイリアとウィリスが高等部へと進学して間も無い白の月の終わり頃のある日、二人は学園内の廊下でミサーレが女生徒に平手打ちをした場面に出くわした。


 驚いたレイリアが二人から事情を聞くと、平民の女生徒がミサーレの命令に従わないからと、ミサーレが平手打ちをしたらしかった。


 侯爵令嬢であるレイリアが立ち止まって二人の女生徒と対峙している姿に、何事が起こったのかと周囲に生徒達が集まり出した頃、事件が起こった。


「成る程。分かったわ。貴女は身分の下の者が身分の上の者の意に沿わない時には、身分の下の者を叩いても良いと言うのね?」


「当然ですわ!」


「ならば、私の意に沿わない貴女を私が叩いても良いと言うことよね?」


「え?」


「だって、私は学園の規則を守る事は当然だと思っているもの。なのに貴女はその意思が無いのでしょ?つまり、貴女は私の意に沿わない相手なのよ。だから…」


 その後に響いたレイリアがミサーレの頬を打つ音に、周囲で見守っていた生徒達からざわめきが起こった。


 まさかレイリアがいきなりミサーレを平手打ちすると思わなかったウィリスは、思わず

「レイリア!」

と声を上げたが、レイリアはウィリスを無視してミサーレへと話し続けた。


「どう?自分と違う考えを持つ、身分が上の相手から暴力を振われた気持ちは?」


「……」


 恐らく今まで誰からも手をあげられた事が無かったであろうミサーレは、叩かれた左頬を手で押さえながら呆然としていた。


「とても嫌な気分よね?そのとても嫌な気分を貴女は彼女にさせていたの」


 チラリとレイリアが平民の女生徒を見れば、その生徒は目にいっぱいの涙を溜めていた。


「平民とて私達と同じ人間よ。心があるわ。それに、平民はこの国を支えてくれている土台であり、この学園にいる平民ならば、将来私達貴族を支えてくれる立場になるかもしれない者達よ。そんな彼らに理不尽な行いをするなんて、貴族としても最低よ。ミサーレ=カーウィス。貴女に機会をあげる。今すぐ自分の考えを改め、彼女に謝りなさい!」


 ウィリスには分かった。


 レイリアが周囲にいる平民卑下派の生徒達にも聞こえるよう、少し大きな声で話していた事も、彼らに考えを改めろと脅している事も。


 シーンと静まり返った廊下に、ミサーレの小さな声が響いた。


「申し訳ありません…」


「私に対して謝るのではなくて、彼女に謝りなさい」


 レイリアに引っ張られ、ミサーレの前へと連れ出された女生徒が体を小さくさせた。


「さぁ、彼女に謝って」


「申し訳、ありません…」


「あ、あの…。いいえ…」


 ミサーレと女子生徒が小声でやり取りをする中、レイリアが二人の手を掴んだ。

 レイリアに次は何をされるのかと二人が怯えていると、レイリアは二人に向かってニッコリ微笑んだ。


「はい、これで仲直り」


 そう言うと、レイリアは二人の手を無理やり握らせた。


「これからは、同じ学園の仲間として二人とも仲良くしてね。それと、ミサーレもごめんなさいね。本気で叩いた訳では無いからそんなに痛くはなかったと思うけれど、でも、心は痛かったでしょ?もし私の事を許せないと思うなら、私の頬を叩いても良いわよ」


 『どうする?』と首を傾げるレイリアに、ミサーレは目を見開きながらぶんぶんと首を横に振った。


 こうしてこの件は解決したのだが、数日後、シラー伯爵が娘のミサーレを連れてゼピス家へとやってきた。


 もしやレイリアがミサーレを平手打ちにした事に対する抗議かと思いきや、むしろその逆だった。


 社交界でのレイリアの評判は、令嬢らしくない令嬢であると有名だが、明朗快活めいろうかいかつで正義感が強い人物とされている。


 そんなレイリアがミサーレを叩いたのだから、シラー伯爵はミサーレが余程の無礼ぶれいをレイリアに働いたと思い込み、謝罪に来たらしかった。


 話し合いによりシラー伯爵の誤解は解け、以降ミサーレとレイリアは随分と仲良くなった。


 この事件以降、一年生の貴族生徒による平民生徒への嫌がらせや暴力は減ったらしく、レイリアは同学年の多くの平民生徒から人気を得た。


 初等部や中等部から持ち上がりで高等部へと進学した貴族生徒は、元から誰に対しても友好的なレイリアへ好感を抱いていた者が多く、高等部進学早々、レイリアは一年生の大部分の生徒から信頼を寄せられる存在となった。

ノイエール学園のお話は第四章。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ