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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
その剣を手にする覚悟
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第八十二話 兄と妹10

 レイリアが地上へ出られた喜びに充分浸ったところで、カイがレイリアに問い掛けてきた。


「なぁ、レイリア。どうして今まで地の魔力を上手く使えなかったか分かるか?」


 レイリアは小さく

「うーん」

うなりながら考えてみるものの、結局何も思い浮かばず、

「分からないわ」

と答えた。


「レイリアが地の魔力がどんなものなのか、よく分かっていなかったからさ。魔法を使うには、自分の魔力を使いたい魔法の属性に変える必要があるんだ。だけど属性の魔力がどんなものなのかが分かっていないと、自分の魔力を使いたい属性の魔力に変えづらいんだ」


「なるほどね〜。だから私は魔力がそこそこあっても、地の魔力が殆ど使えなかったのね」


 レイリアは疑問に思っていた事が解決したからか、スッキリとした顔になったが、対してカイは苦笑いを浮かべていた。


「あぁ。でもな、レイリアも昔は魔法を学んでいたし、四属性の魔力くらいはある程度扱えると思っていたんだ。それが、想定以上に出来なさ過ぎて驚いた」


 カイの正直な感想に、レイリアからは、

「ははは…」

という乾いた笑いが漏れた。


「だから無理矢理にでもレイリアに地の魔力がどんなものなのかを分かってもらおうと、この兄は心の中で涙を流しながら、可愛い妹を土の中に埋めたんだ」


 わざとらしく右手を胸に添え、申し訳なさそうな表情を浮かべながら語ったカイに、レイリアはムッとした顔を向けた。


「そんな事言って、兄様散々笑っていたくせに」


「いやぁ、自分でやっておいて何だけど、レイリアが埋まっている光景があまりにも衝撃的過ぎてさぁ。ははは」


「もう、兄様ったら笑わないでよ!」


 ペシリとレイリアがカイの腕を叩くと、カイは、

「悪い悪い」

と軽い口調で謝ってきた。


「でもこれで、レイリも魔法の使い方が分かってきたんじゃないか?」


「魔法の使い方って、属性の魔力を込めて、呪文を唱えればいいんでしょ?」


 カイの質問に対し、さも当然のようにレイリアはそう答えたのだが、その答えは次の瞬間、あっさりとカイに否定されてしまった。


「そんな事ある訳無いだろ?もし、その通りなら、属性の魔力を作り出せる魔術士は、誰でも呪文さえ唱えればどんな魔法だって使える事になるんだぞ?」


「あ、そっか」


「僕が思うに、魔法を使うには、自分の魔力を属性の魔力に変えられる事も重要だれけど、それ以上に想像力と創造力が必要だと思うんだ」


「ソウゾウリョクとソウゾウリョク?」


 同じ言葉が並んだ事で、意味が分からないという顔をしたレイリアが、こてりと首を傾げた。


「思い描く方の想像と、創り出す方の創造な。魔法を使う時ってさ、魔法をどうやって使えば問題が解決されるのかを想像して、そこから想像した通りの魔法を創り出して発動させているんじゃないと、僕は思っているんだ。だから、想像力と創造力って言ったんだ」


「成る程ね〜。想像力と創造力か…」


「この二つが魔術士とっては大事だと思うから、レイリアも覚えておいた方が良いかもな」


 レイリアは、カイの言葉に素直に『はい』とは言えなかった。何故なら…。


「あのね、兄様。私、剣士になりたいんだけど…」


「あぁ、分かってる。でも剣術大会で優勝出来なかったら、魔術士になる約束だろ?」


「それって兄様が一方的に言ってきただけじゃない」


 ムッとなったレイリアがそう言い返した途端、カイのまとう空気が一変した。


「なぁ、レイリア。お前、本当に自分が剣士に向いていると思っているのか?」


 真剣な面持おももちで、先ほどまでより幾分か低い声で語りかけてきたカイに、レイリアは堂々と答えた。


「もちろん思っているわよ?だって、この歳で大会に出られるくらい強い訳だし!」


「剣術の腕前の話をしている訳じゃない。剣士の本質と覚悟の話だ」


「剣士の本質と覚悟?」


 『剣士の本質』と言えば、『剣で人を守る事』だろう。


 ならば『剣士の覚悟』とは、幼いレイリアを魔族からその身をていして守ったリジルのように、『誰かを守るために己の命を掛ける事』だ。


 そう考えたレイリアが口を開くよりも早く、カイが言い放ってきた。


「この際だからはっきり言ってやろう。お前に人が殺せるのか?」


「なっ!」


 問われたその内容があまりにも非常識かつ衝撃的過ぎて、レイリアは返す言葉を失った。


「出来ないだろ、お前には」


 カイは口元に笑みを湛えながらも、その目は冷たくレイリアを見据える。


「剣は武器だ。武器を手にしている以上、剣士の本質は剣で敵を斬る事だ。お前に敵を斬り、そして殺すだけの覚悟があるのか?」


「……」


 レイリアにはとてもでは無いが『ある』とは言い切れなかった。


 レイリアの目指す剣士は、魔族から人を守る剣士だ。


 だが、剣士として軍に所属すれば、いつかはレイリアも人を相手に剣を振るう事になるだろう。


 そうなったとしても、戦う際に出来るだけ相手を傷つけないやり方で無力化出来れば良いのであって、命まで奪う必要は無いと思っている。


 実際先日のラシールでの戦闘でも、レイリアは敵となった者達の命を奪う事までは考えていなかった。


「僕の知る剣士は皆、戦う時には命を懸けて戦っていた。敵も、味方も含めてな」


「……」


 レイリアはカイの話に戸惑いを覚えた。


 それはまるで、戦場を知る者のような話の仕方だったからだ。


(兄様は、人が死ぬ様な戦いを経験した事があるの?)


 いつ?どこで?


 レイリアは浮かんだ疑問を解決しようと、カイの行動を思い起こしてみた。


(そうだ。去年王国魔導士となってからの兄様は、家にいない事が多かった。父様の名代みょうだいだけでは無くて、王国魔導士としての仕事もあるって言っていたし、もしかして…)


 そう考えるレイリアをよそに、カイは話を続ける。


「剣は魔法とは違う。敵を斬る事しか出来ないんだ。だからこそ戦場での剣士の戦いは、斬るか斬られるか、命を奪うか奪われるかのどちらかの結末しか無いんだ。お前に敵を斬り、命を奪う覚悟があるのか?答えろ!レイリア!」


 突然厳しい口調で問われたレイリアは、思わず本音でこたえていた。


「命を奪わない剣士がいても良いじゃない!」


「甘いんだよ、お前は!」


 カイの怒鳴どなるような大声に、レイリアの体がビクリと跳ねた。


「実戦は子供の喧嘩けんかじゃ無いんだ!どちらかが死ぬまで戦わないといけない事なんて、戦いの中じゃいくらでもあるんだぞ!お前みたいな考えの奴は、真っ先に殺されるからな!」


 それまでレイリアを真っ直ぐに見つめていたカイが、顔をゆがませうつむいた。


「心配なんだよ、お前の事が…。今回の件でも、お前が怪我をしたって聞いた時、頭の中が真っ白になった。今回は無事だったから良かったものの、僕はもう、五年前みたいな思いをするのは嫌なんだ…。大切な妹が傷付く所を、僕はもう、見たく無い…」


 レイリアは、兄がそこまでレイリアを心配してくれていた事に初めて気が付いた。


 そして、五年前の誘拐事件後のレイリアの姿が兄の心の傷になっている事に、申し訳なさでいっぱいになった。


「兄様…」


 いつの間にか、レイリアの空色の大きな瞳には、涙が溜まっていた。


 その涙が瞬きをした瞬間、ほほへと流れ落ちた。


 それをぬぐう事なく、レイリアはカイを見続けた。


「お前は、僕や、父上や、お祖母様と違って、非情になんてなれないから、いざとなっても、命のやり取りなんて、きっと出来ない…。だから、戦う事しか出来ない剣士なんかになるのは、辞めてくれ…。剣士になるのは、頼むから、諦めてくれ…」


 絞り出す様な震える声で語られた兄の心の内の言葉にレイリアは胸が締め付けられ、思わず兄へと抱きついた。


「兄様…」


 レイリアとて、『辞めてくれ、諦めてくれ』と言われて、『はい、分かりました』と簡単に言える程、軽い気持ちで騎士を、剣士を目指していた訳ではない。


 だからレイリアは、兄の願う通りにする気はなかった。


 それでも今は、兄の気持ちが嬉しくて、レイリアはその胸にしがみつきながら、声を押し殺して涙を流し続けた。

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