第七十二話 救国の英雄と殲滅の魔女11
「そう考えているのであれば、ファルムエイド家の御子息でも良いのでは無いかしら?確か御子息は、カイと同じリシュラスの魔術学院に在籍していたはずですし」
祖母の言葉に驚いたレイリアが早口で捲し立てる。
「な、何を言っているんですか、お祖母様!兄様は首席ですけれど、アトスは成績上位者名簿にさえ名前が載らなんですよ。将来魔導士になんて、アトスがなれる訳ないじゃ無いですか!?」
「あら、そうなの?でもこの間学院長とお会いした時に、ファルムエイド家の御子息についてもお話を伺ったけれど、かの御子息は魔力量もそこそこ多いし、魔力制御もなかなかにお上手だと褒めてらしたわよ?」
「確かにアトス本人からも、実技の成績は良かったと自慢されましたが…」
「私達魔術士にとって重要なのは実戦よ。実技の成績が良いのであれば、魔術士として充分将来性があるわ」
アトスに対するレイラの評価が高いらしい事に焦ったレイリアが強い口調で言い返す。
「だがらと言って座学を疎かにして良いとは思いません!」
「座学で習う事なんて、学院に在籍している間に身に付かなかったとしても、そのうち実戦を経験していけば嫌でも身に付くわ。将来性を考えれば、実技の成績こそ重要です」
レイラは静かな口調でそう言うと、紅茶を優雅に口元へと運んだ。
その祖母の姿を見たレイリアは、一度そっと深呼吸をして自分を落ち着かせてから、再び祖母へと意見を口にした。
「だとしても、アトスはファルムエイド家の長子です。将来魔術士として生きていくとは思えませんが?」
「まぁ、そうでしょうね」
「ですから、アトスが将来王国魔導士になる事は無いと思います」
「そうだとしても、貴女、先程自分がなんと言ったか覚えていて?」
レイラの問いに答えることが出来ず、戸惑う様子を隠せないレイリアへ、レイラが意地の悪い笑みを浮かべた。
「自分よりも強いか、魔導士と同じくらい強い人とならば、結婚しても良いと言ったのよ?」
「はい。確かに言いました」
「だとしたら、貴女の相手はファルムエイド家の御子息でも良くなくて?」
祖母の言葉が意味するものに気がついたレイリアが、驚きの声を上げた。
「お祖母様はアトスが魔導士と同じくらい強いとでも仰るんですか!?」
「流石にそうとまでは言いませんが、将来性のある魔術士の一人だとは思っていますよ。それに、かの御子息は今の貴女よりは強いでしょうし」
祖母のその台詞に、レイリアは一気に怒りを表し、声を荒げた。
「お祖母様!私は自分がアトスより弱いだなんで思っていません!これでも私とてゼピスの人間なんですから!」
レイリアがそう言った瞬間、レイラの纏う空気が一変し、厳しいものへと変わった。
「そこまで言うのでしたら、ファルムエイドの御子息と魔法勝負をなさい」
レイラの下した意表を突く命令に、レイリアは一瞬言葉を失った。
「…魔法勝負、ですか?」
「えぇ。貴女が勝てば、貴女の望む通りにファルムエイドの御子息との婚約の話は未来永劫お断りしましょう。但し、負けた場合には大人しく婚約なさい」
「なっ!お祖母様、私は…!」
レイラの命令に言い返そうとするレイリアへ、レイラは圧を込めた目を向けた。
「異論は認めません。自分より強い相手とならば結婚するという条件は、貴女自身が決めた事なのですから」
今や蛇に睨まれた蛙の如くその身を強張らせたレイリアは、ただ力無く祖母へと承諾の意を示すしかなかった。
「……分かりました」
「では早速ファルムエイド家にお手紙をお送りするから、貴女はもう下がりなさい」
「はい…」
しょんぼりしながら席を立ったレイリアが、
「あっ」
と、小さな声を漏らした。
ウィリスからの伝言を思い出したのだ。
「お祖母様」
「何です?」
「ウィル、ではなくて、グレナ伯爵から後ほど面会を求める使者を送りますとの伝言を預かりました」
「そうですか。分かりました」
冷めた口調のレイラに対し、レイリアは心の中で怒りをぶち撒けながら、静かに頭を下げた。
「それでは、私はこれで失礼致します」
そう言うと、レイリアは見た目だけは令嬢然とした態度でレイラの部屋を辞したのだった。




