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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
その剣を手にする覚悟
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第七十一話 救国の英雄と殲滅の魔女10

「怪我をしたとの事だけれど、体調の方はもう良いのかしら?」


「はい。しばらくリシュラスの屋敷内でゆっくりと過ごさせて頂きましたので、今はもうすっかり元気になりました」


「そう。それは良かった。リシュラスでの事件については、私のもとにも色々と伝わってきていましたからね。私も貴女あなたの事を心配していたのですよ」


「それは、申し訳ありません…」


 しょんぼりと項垂うなだれるレイリアへ、レイラが目を細めた。


「まぁ、貴女あなたが無事で何よりです。それにしても、まさか貴女あなたがファルムエイド家の御子息ごしそくと将来を誓い合う程の仲だったとは…」


 レイラの言葉にレイリアは勢いよく顔を上げた。


「私はアトスとなんて将来を誓い合っていませんし、誓う予定もありません!」


「あら?でもファルムエイドのご子息から頂いた手紙には、貴女あなたとファルムエイドのご子息は想い合っていて、今回の事件で貴女あなたが怪我をしたのは、盗賊からファルムエイドのご子息を守る為だったと。事件に巻き込み怪我を負わせた責任もる事ながら、命をして自分を守ってくれた貴女あなたの想いに心を打たれたゆえに、のご子息は貴女あなたに求婚したと書かれていましたよ?」


 レイラより伝えられた手紙の内容に、レイリアはいきどおった。


「何ですか?その嘘偽うそいつわりにまみれた手紙は?私が怪我をしたのはウィ…、グレナ伯爵をかばったからですし、私はアトスに対して一欠片ひとかけらの好意も抱いておりません」

 

 レイリアはウィリスの事をいつも通りウィルと呼ぼうとして、慌てて言い直した。


 何故なら、ウィリスがグレナ伯爵位を継いだその日より、レイラはウィリスを一人の伯爵として扱い、ウィリスの呼び名も『グレナ伯爵』としたからだ。

 

 そのため、レイリアもレイラの前でウィリスを呼ぶ時には、『グレナ伯爵』と呼ばなければならなくなった。


「では、手紙に書かれていた内容は全て嘘だと?」


「私がアトスから直接言われたのは、私が怪我をした事に対してアトスが責任を取るという形で結婚する事で、ゼピスの血をファルムエイド家に加える事が出来るという話です」


「では、貴女もファルムエイドのご子息も、互いに好意を持っているわけでは無いのね?」


 レイラの確かめる様な問い掛けに、レイリアは頷いた。


「無いですね。お祖母ばあ様もご存知でしょう?アトスがグレナ伯爵を嫌っている事を。私はグレナ伯爵をいじめる人は嫌いなんです。それに向こうも私が好きで求婚してきた訳ではなく、ゼピスの魔術士としての血が欲しいだけですから」


「そう」


 レイラは一つつぶやくように答えると、わずかばかりの沈黙の後、

「ねえ、レイリア」

と、彼女にしては随分ずいぶんやさしげに孫へと語り掛けた。


「はい」


「一つ聞きたいのだけれど、貴女は一体どういう方と結婚したいの?」


「は?」


 突然繰り出された予想外の質問に、レイリアは目をパチクリとさせた。


「あの、お祖母様。私、まだ十二歳なんですけれど…」


「そうね。でも、後三年と少しで貴女も成人になるわ。そうなれば結婚も可能だもの、そろそろお相手を決めても良い年頃でしょ?」


 祖母の言葉にレイリアは眉を寄せて小さく

「うーん…」

うなった。


 貴族令息の婚姻適齢期こんいんてきれいきが十八歳から二十五歳と幅広いのに対し、貴族令嬢の婚姻適齢期は成人である一六歳から十八歳と世間一般では言われている。そのため、レイリアの周りにも既に婚約者が決まっている令嬢が多くいる。


 そして、レイリアとて曲がりなりにも上位貴族たる侯爵家の令嬢だ。


 この微妙な貴族令嬢の婚姻適齢期問題と、父であるファウスがレイリアの幸せな未来として結婚をげていた事から考えると、そろそろこの話題から逃げてばかりはいられないのかもしれない。


 レイリアはそんな事を思いながら、では祖母に対して何と答えるべきかなのかと思案していると、ふとノイエール学園の同級生であり、同じ剣術道場に通うダーバ伯爵家の長男であるラウル=キーシェとのやり取りを思い出した。


 それは、ラウルとの共通の友人が婚約した事について話をしていた時だった。


 ラウルから、

「レイリアみたいな男女おとこおんなはこのままだと嫁の貰い手なんて無いだろから、仕方が無いからそのうち俺が貰ってやるよ」

と、冗談で言われたことがあった。


 それに対してレイリアはケラケラ笑うと、

「お気遣きづかいありがとー、ラウル。でも私、弱い男の嫁にはなりたく無いのよねー。せめて騎士か魔道士くらい強い男じゃなきゃお断り!」

と答えた。


 その時ラウルからは、

「高望み過ぎるだろ!」

と突っ込まれたが、果たしてその答えは確かに自分の望む条件なのだと、今更ながらにレイリアは気が付いた。


「お祖母様、私、結婚するならば私より強い人か、私と同じくらい強い人が良いです!出来れば、騎士か魔導士くらい強い人!」


 目を爛々《らんらん》と輝かせながらそう宣言してきた孫に、レイラは内心苦笑した。


 それは、己が夫を選んだ基準とかなり近しいものであったからだ。


 レイリアの中に自分との共通点を見出みいだしたレイラがつい笑みを深めるも、相対あいたいするレイリアからすれば、レイラの笑みは提示した結婚相手の条件を馬鹿にされている様にしか見えなかった。


「駄目ですか?この様な条件では?」


 恐る恐る尋ねるレイリアに、レイラは首を振った。


「いいえ。結婚相手に何を望むのかは人それぞれですもの、良いのではなくて?」


 とりあえず祖母から肯定の言葉を引き出せた事にレイリアがホッとしたのも束の間、レイラはレイリアを一気にどん底へと突き落とす発言をしてきた。

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