第六十八話 救国の英雄と殲滅の魔女7
レイリアとウィリスを乗せた魔導列車は、ほぼ到着予想時刻通りの夕刻前にグレイベラ駅へと到着した。
西陽と言うにはまだ少し早い時間帯ではあるため、明るい陽射しがグレイベラ駅へと差し込んでいる。
その中をレイリア達六人に加え、ゼピス家ハーウェイ家双方の迎えを含んだ十人が、駅員を先頭に駅構内を歩いて改札へと向かう。
やっと改札を通り過ぎ、駅前に用意されたそれぞれの家の魔導車の前までやってきた所で、駅員が挨拶をして離れていった。
「領主様だ」
「一緒にいるのは誰だろう?」
「あの紋章は、ゼピス家のお方か?」
「あの髪色は、レイラ様のお孫様か?」
夏の長期休暇を前にしたこの時期には、貴族がグレナを訪れる事が少ないからだろうか。駅前に停められた紋章入りの魔導車を目にした人々が、どこの貴族がグレナにやってきたのかと気になったらしく、駅前へと集まってきていた。
そして、レイリア達を遠巻きにしながら、到底 囁き声とは言えない音量で会話をしている。
無駄に注目を浴びているこの状況に居た堪れず、つい溜息を漏らしたレイリアへウィリスが呼び掛けてきた。
「レイリア」
「ん、何?」
慌ててウィリスへと振り向くと、そこには対外的な無表情の仮面を貼り付けたウィリスがいた。
折角周囲を自領の民に囲まれているというのに、その無愛想さは領主として少々問題があるのではないだろうか?ウィリスの笑顔は周りを虜にする魅力に溢れているのだから、ちょっと微笑んで手を挙げて民へと応えれば、領主としての人気取りに効果を発揮するだろうに、勿体無い…。
レイリアがそんなどうしようもない事を考えているとは露程も知らないウィリスが、硬い表情のまま話し続けてきた。
「頼みたい事があるんだ」
「何?」
「レイラ様へ、後ほど面会を申し込む使者をお送りしますと伝えてもらいたいんだけど良いかな?」
「もちろん良いわよ。それじゃ私達はここで失礼するわね。またね、ウィル」
一刻も早くこの衆目から逃れたいレイリアが、ぎこちないながらも笑顔をウィリスへと向けると、ウィリスの瞳が僅かばかり揺らめいた。
「あぁ、うん。それじゃ、また後日」
レイリアは簡単な別れの挨拶をウィリスと交わすと、足早にその場を離れ、扉にゼピス家の紋章が描かれた濃茶色の魔導車へと体を滑り込ませた。
魔導車が動き出し駅前から離れると、すぐに宿屋や商店が連なる繁華街へと出た。
人も多い賑やかな場所を通り過ぎると、今度は二階建てや平家が建ち並ぶ住宅街となる。
更に進むと、次第に建物が疎らになっていき、やがてグレナ湖畔の道路へと出た。
グレナ湖を右手に、魔導車が湖沿いを走る。
その車窓からは、午後の陽射しを受けたグレナ湖の水面が、そよ風を受けて柔らかく揺めきながらキラキラと優しい輝きを放っているのが見えた。
暫くすると、山へと向かう分かれ道がいくつか現れた。
それらの道は、大抵がハーウェイ家と懇意にしている貴族や富豪の別荘へと続く道だ。
レイリアが乗った魔導車もまた、グレナ湖畔道から山へと向かう脇道の一つへと進路を取った。
両側を深い緑に覆われた林道を幾ばくか行くと、目の前に濃灰色の屋根と、周囲の緑に良く映えた白い壁を持った、二階建ての木造建築が見えてきた。
この建物こそグレナ領に構えるゼピス家の別邸であり、祖母レイラの領域だ。




