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女神の雫〜ルタルニア編〜  作者: 山本 美優
その剣を手にする覚悟
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第六十七話 救国の英雄と殲滅の魔女6

 リシュラス中央駅は、商業施設が多く存在するリシュラス中央地区の西寄りにあった。


 中央の尖塔から左右に広がるような形をしているこの巨大な駅は、リシュラスを中心にルタルニアの国土を縦横断する五本の路線全ての始発・終着駅である。


 それ故、朝の時間帯の駅構内はリシュラスへと列車で到着した者と、これから出発する者達でごった返していた。


 そんな人混みの中、貴族専用口から駅へと入ったレイリア達は、駅員に先導されながら、グレイベラを経由するラバルーズ行きの魔導列車のホームへと向かった。


 駅員に先導されるほどの高位貴族を目にする機会なぞ一般人には殆ど無いため、多くの人々がレイリア達に好奇の目を注ぐ。


 そんな中を通り抜け、やっとの思いで魔導列車内の一等客室へと辿り着いたレイリアは、人目を浴びた事に疲れてしまい、席に着くなりぐったりとなってしまった。


「別にいつものことなんだから、そんなに疲れる事ないと思うんだけどなあ」


 レイリアの向かい側に座ったウィリスがさらりとそう言ってきたが、今日は今までと明らかに違う点がある。


「いつもは父様や兄様が一緒だから、私はそんなに注目されないもの」


 柔らかな座面に埋もれるように座ったレイリアが、ため息を吐いた。


 それから暫くすると汽笛が鳴り響き、魔導列車が動き出した。


 魔導列車が街中を過ぎた頃になると、揺れもだいぶ収まってきたため、エイミーがお茶の支度をし始めた。


 簡易ティーセットがテーブルの上に並べられると、そこからはレイリアの受け持ちとなる。


 レイリアがいつもより小ぶりなティーポットに茶葉入れ、水筒の湯を注ぐ。


 水筒は長時間湯の温度を保っていられる魔道具付きのものだ。


 茶葉を蒸らしたところで、携帯用の取っ手が折り畳み出来るマグカップにレイリアが最後の一滴まで紅茶を注ぐ。


 ウィリスの分と、自分の分。


 いつもならばエイミーやルッジの分もついでに淹れるが、馴染なじみのない護衛がいる手前、使用人たる彼らの分を用意する事は出来ない。


 心の中で若干の申し訳なさを抱きながら、二人分の紅茶を淹れ終わったところで、レイリアはマグカップに口を付けた。


「やっぱりイマイチね」


「そうかな?僕は充分美味しいと思うけど?」


「でもいつもより香りも微妙だし、美味しくないでしょ?」


「そうだね。でも、いつもレイリアが淹れてくれる紅茶が美味過ぎるんだと思うよ?」


 不意打ちの褒め言葉に、思わず照れたレイリアが、ウィリスから視線を外す。


「当然でしょ。茶葉毎に手順まで変えて淹れてるんだから」


 照れ隠しに拗ねる様な態度を取るレイリアの様子が可愛らしくて、ウィリスはついクスリと小さな笑いを洩らした。


「で、今回のお茶の出来具合に対する不満の原因は何?」


「水筒のお湯を使っている事が一番かしら?そのせいでお湯の温度が足りないのよ」


「そこまで旅先に求めるのは厳しいんじゃないかなあ?」


「分かっているわ。でも、やっぱり美味しい紅茶が飲みたいでしょ?」


「それは、リシュラスに戻ってからの楽しみに取っておくよ」


 ウィリスの言葉にレイリアが驚いた様子を見せた。


「グレナに行ったら会えないの?」


「会えない訳ではないけれど、流石に毎日は会えないよ」


「そっかぁ…」


 そう言ってしょんぼりとなるレイリアを見たウィリスは、内心喜んだ。


 ウィリスに会えない事をレイリアが寂しく思ってくれている事が嬉しかったのだ。


 こうしてお茶を飲んで一息ついた頃、ウィリスがレイリアへ尋ねた。


「それにしても、良くファウス様がレイリアのグレナ行きを許して下さったね」


「父様にはファルムエイド家の件は心配しなくて良いって言われていたけれど、あのお祖母様までが相手となると、やっぱりちょっと不安なのよね…。だからどうしてもお祖母様と直接話をしたいって父様に伝えたら、父様から、丁度良いから行っておいでって」


「丁度良い?」


「リシュラスにいると、またアトスが来るかもしれないでしょ?そうすると変な噂が広がるかもしれないからって」


「あー、なるほど」


「それで昨日の夕方、父様がお祖母様に私を預かって欲しいっていう手紙を転送石でお祖母様に送ったら、お祖母様からはすぐに了承して下さるお返事が来たらしいわ」


「ん?ちょっと待って。まさかと思うけど、僕が昨日レイリアの部屋に行った時って、まだレイラ様へ会いに行くって伝えて無かったの?」


「父様にはすぐにお祖母様のところへ行きたいっていう手紙を送っておいたから、行く準備だけはしておこうと思って」


「…なんと言うか、君のその有り余る行動力にはいつも脱帽するよ…」


 呆れた様子で小さな嫌味を述べてきたウィリスへ、レイリアはすまし顔で言った。


「あら、グレナ伯爵にお褒め頂けるなんて恐縮ですわ」


 嫌味返しにとわざとらしい笑みまで浮かべたレイリアは、それから紅茶を一口飲むと、今度はウィリスへ問い掛けた。


「そういえば、お祖母様がウィルに会わせたいお客様ってどんな方なの?」


「フロディア教団の方だよ」


「教団の方がウィルに何の用があるの?」


「グレナ湖の湖底にある古代神殿の調査がしたいから、調査の許可と神殿の封印の解除をして欲しいってさ」


「あぁ、だからウィルが呼ばれたのね」


「うん」


 グレナ湖の湖底にある古代神殿は、その名の通り神殿が湖の底に封じられており、通常は神殿内部へと入る事は出来ない。


 神殿内へ入るには湖底神殿を水上へ浮上させる必要があり、湖畔の祠にある湖底神殿の浮上装置の起動には、登録された領主の血が必要だ。


 古代遺跡として重要な意味を持つ湖底神殿については、フロディア教団によって内部調査が数年おきに行われている。


 その件を利用して、レイラはウィリスをグレナへと呼び戻したのだ。


「それならウィルも神殿の調査に行くの?」


「いいや、行かないよ。僕はレイリアみたいに古代語がわかる訳じゃ無いから。僕なんかが付いて行っても調査の邪魔になるだけだよ」


「それなら古代語が分かる私は、教団の方にお願いすれば連れて行ってもらえるかしら?」


 パッと顔を明るくさせたレイリアに、ウィリスの従者のルッジが答えた。


「無理だと思いますよ。今回の調査は正式な教団の調査ですからね。基本的に教団関係者以外は調査に参加出来ないはずです。それに、教団にはレイリア様以上の古代語学者も多くいらっしゃると思いますから」


「そうよね…。私程度の古代語学者なんて、教団にはきっと沢山いるわよね…」


 はぁ、と大きな溜息と共に窓べりへ頬杖をついたレイリアを、ウィリスが申し訳無さそうに見ていた事に、レイリアは勿論気が付かなかった。

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