第六十六話 救国の英雄と殲滅の魔女5
翌日の朝。
出発を前に玄関ホールへとやってきたウィリスは、レイリアを目の当たりにして固まった。
何故なら、ノイエール学園の制服以外では殆どスカートを履かないあのレイリアが、吸い込まれそうな程に美しい水色の髪を両サイドから編み込んでハーフアップにし、フレアスタンドの襟元にリボンブローチを飾り付けた、白と薄黄色のミモレ丈のワンピースを身に纏っていたからだ。
あまりの可憐さに思わずレイリアを凝視してしまったウィリスに、レイリアが訝しげに尋ねてきた。
「どうしたの?そんな驚いた顔して?」
「だって、レイリアのワンピース姿って、珍しいから…」
(でも、凄く似合ってて可愛い!)
立場上、大事な後半部分を口に出来ないもどかしさを感じているウィリスへ、何も知らないレイリアが小さな溜息を漏らした。
「仕方が無いじゃない。私が男の子みたいな格好をしていると、お祖母様ったら不機嫌になって、まともに相手をして下さらないんだもの…」
レイリアの祖母のレイラは、昔からレイリアが剣術を習う事に反対するだけではなく、レイリアが男装をしている事に対しても快く思っていなかった。
そのため、レイリアが令嬢らしい装いをしていない限り、レイラはレイリアの話に耳を傾けてはくれないのだ。
「あぁ、うん。そうだったね」
そう言って苦笑したウィリスの前で、レイリアは肩に流れ落ちる自らの水色の長い髪を右手で弄った。
「この長い髪も鬱陶しいから結びたいし、スカートも動きにくいから履きたくないのだけれど、お祖母様の所にいる間は仕方がないから我慢するしかないわね」
はぁー、と今度は大きく息を吐いたレイリアの後ろで、侍女のエイミーが呆れた様に言った。
「我慢も何も、今のレイリア様の装いこそが、本来はなさるべき日常のお姿のはずなのですけれど…」
「分かっているわよ、それくらい」
むすっとしたレイリアがエイミーへと言い返した時だった。
「そろそろ出発か?」
二階へと続く階段から、ゼピス家の当主たるファウスが降りてきた。
主を迎えるべく玄関ホールにいた使用人一同とウィリスが頭を下げる中、レイリアだけはファウスの側へと駆け寄った。
「父様!」
ニコニコと父へと笑顔を振りまくレイリアの肩へ、ファウスが片手を置いた。
「レイリア、昨夜も言ったがファルムエイド家の事は私が何とかするから、向こうでは大人しくしているんだぞ」
「はい!」
元気良く返事をする娘を明らかに心配だという目で見ていたファウスが、ウィリスへと顔を向けてきた。
「ウィリス」
「はい」
ファウスに呼ばれたウィリスが、レイリアの隣に並び立つ。
「グレイベラまでレイリアを頼むぞ」
ウィリスはファウスから声を掛けられると、真っ直ぐにファウスを見上げて頷いた。
「はい」
そんな男二人のやりとりを見ていたレイリアが、不満そうに声を上げた。
「父様は私の事を心配し過ぎだと思うの。私、列車に乗ってグレイベラまで行くだけなのに…」
「そうは言っても、レイリアの場合は途中で勝手に列車を降りた過去があるからなぁ」
「それは小さな頃の話で、流石に今はしません!」
苦笑いを浮かべるファウスにレイリアがむくれていると、その隣でウィリスが何ともいえない顔をレイリアへ向けていた。
「何よ?」
「いや、脱走しないように、ロープで縛って連れて行った方がいいのかと思って…」
「しなくて良いわよ、そんな事!」
レイリアの抗議の声に、ウィリスがフッと笑った。
「冗談だよ」
「もう!」
「二人とも、そろそろ出発しないと列車の時間に間に合わなくなるぞ」
言い合っていた二人は、ファウスから声を掛けられると、ハッとした顔となり、大人しく玄関へと向かった。
「では二人とも、気を付けて行ってきなさい」
「「はい!」」
わざわざ玄関先まで見送りに来たファウスへ二人は揃って返事をすると、共に旅立つそれぞれの侍女と従者、そして護衛二人を引き連れて、二台の魔導車へと乗り込んだ。




