第六十三話 救国の英雄と殲滅の魔女2
「で、何の用で来たのかしら?」
応接室でレイリアの目の前に座るのは正真正銘の貴公子。
だがそんな相手にレイリアは敢えて挨拶もせず、明らかに迷惑そうな顔を向けた。
その相手は、ラシールでの事件の元凶たるファルムス侯爵令息、アトス=ファルムエイドだ。
出来ればもう会いたくないし、関わりたくもない人物なのだが、珍しく正式な訪問手順を踏んでまでレイリアのもとを訪れた侯爵家の嫡男を、レイリアが無下に追い返す訳にはいかなかった。
「今回の件に対して、僕自身からも謝罪をさせて欲しいと思ってね」
当初この事件は、アトスが婚約者候補である考古学好きのレイリアのため、ガトーレで奪われた石版を取り戻そうとして窃盗団と戦闘になり、その際アトスだけでは無く、アトスを心配して同行していたレイリアも巻き込まれて怪我を負ったという事に、世間ではなっていた。
もちろんこの話を耳にしたレイリアは怒り狂い、即座に己の持つ人脈全てを駆使し、レイリアとしての真実を書き記した手紙をばら撒いた。
社交界の重鎮たる父方の伯母アイリーン=フォーン侯爵夫人をはじめ、その娘であり仲良し従姉の皇太子妃ルルーリアまで味方に付けているレイリアが、社交界の情報戦で負ける事はまず有り得なく、近々この噂も消え去るはずだ。
「謝罪でしたら先日、ファルムス侯爵様より直々に頂きましたので、もう結構です」
もうお前の父親から謝ってもらったから早く帰れ!と、レイリアがほぼストレートで伝えると、流石のアトスも苦笑した。
「いや、そういう訳にはいかないさ。今回の件では、レイリアに一生消えない傷まで負わせてしまったとさえ聞いている。全ては父が知らぬ間に事を起こした僕のせいであり、全責任は僕が負うべきだ。だから…」
アトスはそこまで言うとニタリと嫌な笑みを浮かべ、信じられない言葉を吐いた。
「傷モノとなってしまったレイリアを、僕は責任をもって娶ろうと思うんだ。勿論結婚は成人してからで、今は婚約という形になるけれどね」
アトスがその口をつぐんだ瞬間、レイリアの体からフワリと冷気が漂った。
「お嬢様、落ち着かれませ」
背後に控えた侍女のエイミーが、そっとレイリアの耳元に囁いた。
「分かってるわ」
アトスに対する怒りで、レイリアは無意識の内に魔力を冷気へと変換させ、周囲へと放っていたらしい。
レイリアは一つ息を吐くと、アトスを睨み付けた。
「傷モノだなんて随分な言われようね。指の先くらいの小さな傷が残っただけよ」
「それでも侯爵令嬢たる君の体に、跡が残る傷を付けてしまったんだ。責任を取ってレイリアをファルムエイド家に迎え入れるのが当然だろう」
「別にアトスのせいで怪我をした訳ではないわ」
「だが、そうなる原因を作ったのは僕だ」
反省の弁を述べているのかと思いきや、アトスのその目には全く後悔の色は見えず、寧ろその口元は薄笑いさえ浮かべている。
それはまるで、レイリアを手に入れる為の正当な口実が得られたことを喜んでいる様にさえ見える。
「そうね。確かに元の原因はアトスだわ。だからといって、私はアトスにそんな形で責任を取ってもらおうだなんて、露ほども思っていないの。寧ろ私にはもう関わって欲しくないくらいよ」
突き放す様な物言いのレイリアに、アトスがフッと笑った。
「残念ながら、そういう訳にはいかないんだ」
「どうしてよ?」
レイリアの問いに、アトスがスッと目を細めた。
「それは、僕がどうしてもレイリアを欲しいからさ」
その答えにレイリアの全身がゾワリと粟立った。
「アトスがそこまで私を望む理由は何?少なくとも、アトスが私の事を好きだなんていう理由では無さそうなのだけれど…」
睨む様に見据えてくるレイリアを、アトスは相変わらず嫌な笑みを浮かべたまま見てくる。
「単刀直入に言えば、魔力を持った子供が欲しいからさ」
「ファルムエイド家は魔術師が欲しいって事?」
不思議そうに首を傾げたレイリアに、アトスが小さく頷いた。
「ああ。うちの血筋にはなかなか現れない力だったから今まで軽視されていたが、僕が生まれた事で、魔力とはあればそれなりに有用だと分かったからな」
「それがどうして私が欲しいになる訳よ?」
「ゼピス家の娘であるレイリアとの間ならば、高い魔力を持った子を儲けやすいからさ」
アトスが話した内容に、レイリアは得心した。
「確かに高い魔力を持つ親からは魔力を持った子供が産まれやすいって、私も聞いた事があるわ。でもそれならば、私では無くともオーベンヌ家のパドス様でも良くなくて?」
六侯家の一つ、オーベンヌ侯爵家にいるレイリアより一才歳上の令嬢も、かなりの魔力を持っていると聞いている。
あちらもまだ婚約者が決まっていないはずだからと、レイリアはアトスに勧めてみた。
「オーベンヌ家の令嬢では確実性に乏しい」
「それを言うのなら、私が産んでも同じだと思うのだけれど?」
訝しげに眉を顰めるレイリアに、アトスは残念なものを見る様な目を向けてきた。




